HOMECOMING・前編





ジェミナイによる世界滅亡を阻止して後の話。



カルドセプトの盟約により得られるという神の力を放棄し、
ソルタリアに留まることを望んだネイティオは、「武者修行」という名の旅を続けた。
レオとセレナ、ゴリガンと共に。
ゴリガン曰く、「カルドラ様より次の任務を与えられるまでは、ネイティオ殿のお目付役は終わりませんぞ!」
…ということらしい。


ソルタリアは広い。
邪悪な心を持つセプター・ジェミナイを倒すためソルタリアの各地を巡ってはきたが、
まだ足を踏み入れていない土地は遥かに多い。

ネイティオはまずデュナン村から西に向かい、港町センブルスから船でオルガナ島へ南下し、
ダーハン島の西に位置するエルズルム大陸を経て、パンボルグ大陸とヴォルザーク大陸に挟まれた
ムスペルム諸島を巡るルートを提案、仲間達も同意した。


小さな港町センブルスは漁業の町であるが、
オルガナ島への定期船が3日おきに出航している。
単にオルガナ島へ行くだけなら、デュナンから南西に向かった小都市バンヌへ向かった方が早いのだが、
ネイティオは敢えて遠回りのルートを選んだ。



「みんな、すまないな。わざわざ寄り道させて。」
「あら、そんなこと無いわよ。ネイティオの生まれ故郷をこの目で見られるんだもの。」
「そんな、大した所じゃないけどな。小さな町だし。」
にこにこと嬉しそうに見上げてくるセレナに対し、ネイティオは頬をかいて視線を泳がせた。
港町センブルスへ向かう前に、小都市国ウィンダムへ寄って欲しいと申し出たのは、
他ならぬネイティオであった。
一年の変わり目であるこの時に、両親の墓参りを済ませておきたいという考えがあったからだ。


穏やかな気候は、今が冬であることを忘れさせる。
日差しは柔らかく降り注ぎ、吹く風もまた穏やかで心地良い。
自然と足取りも軽くなる。


デュナンを過ぎて観光都市アルタラから二山越えると、徐々に人の往来が増え始めてきた。
時折、荷車を引いた馬に鞭を入れる農夫の掛け声が聞こえ、
また初老の男は溢れんばかりの野菜が詰まった籠を背負いよろよろと歩を進めていく。
「結構、人が多いわね〜。」
すれ違う人々を興味深げに見つめていたセレナが、急に瞳を爛々と輝かせる。
「ねっねっ、ネイティオ! もしかしてあそこ!?」
セレナの指差す方角に砦を認め、ふとネイティオの表情も綻ぶ。
「…帰ってきたか。かれこれ1年以上経ったかな。」
「あそこがウィンダムか。小さな町って言ってた割には賑やかそうだな。」
レオも目を細めて砦を見やる。
「まぁ、ちっこいけどアレで一応国だからな。」
破顔するネイティオから伝わってくるのは、この上ない喜びと幸福。
その様子をセレナもまた、幸せそうな笑顔で見つめていた。





「この手で、あのバルベリトとやらの顔をガツンと殴り飛ばせば、少しは気が晴れるかな…。」


プロムスデルを目前に控えた夜に打ち明けられた、ネイティオの真実。
武者修行と称した旅は、実は両親の命を奪った相手への復讐を秘めていた。
大らかでどことなく飄々とした印象の青年には到底似つかわしくない言葉であると、
今でもセレナは思っている。
己に眠る負の感情に打ち勝った彼は今、胸を張って故郷の土を踏めるのだろう。

カルドセプトを継承する者は、新たな世界を創造し、その神となる。
しかし、かつて「世界中を旅した後は故国に帰る」と口にしていたネイティオは、
とうとう主神ソルティスの前でもその考えを変えなかった。

「この世界が、俺のいる場所だから。」

(ネイティオは晴れ晴れとした顔でそんなことを言って、ソルティス様とゴリガンを驚かせていたっけ…。)
その時のことを思い出して、セレナは口許に笑みを浮かべる。



今ここにこうしてネイティオがいて、共に笑い、旅を続けることができる。
なんて幸せなことだろう。
いつかこの旅が終わる日が来るかもしれない。
その時は、たくさんの思い出を胸にしまって、せめて笑顔でネイティオを見送ってあげたい――。


「あー。そう言えば…。」
ほろ苦い笑みを湛えて物思いに沈んでいたセレナは、ネイティオのやや間の抜けた声でハッと我に返る。
振り返ると、声の主は立ち止まって小難しそうな顔をしている。
「どうしたの、ネイティオ?」
「最初に言っておくべきだったな、こいつは。
……みんな、悪いんだけどさ、今日の宿は俺ん家じゃないから。」
「え?」
「――は?」
「何ですと!?」
レオとゴリガンもまた歩みを止めた。
「実は、両親が死んだ時俺は寄宿舎住まいだったから、家を引き払ったんだよ。
旅から戻ったら新たに住むところを探せば良いか…なんて思ってたからな。
さぁて、今日はどうしたものか…。」
ここは大人しく宿にでも泊まるか…などと呟いた時。



「あーっ、ネイティオ! あなた、ネイティオでしょう!?」

頭上から明朗な声が降ってきた。
見上げると、そこには豊かな漆黒の髪を束ね、鈍く光る銀の鎧に身を包んだ少女が力一杯手を振っている。
「お帰り〜。元気してたー?」
「…アリス!? お前砦の警備についてるのか?」
「そうだよ。つい最近ね。
みんなー、ネイティオが帰ってきたよ〜!」
くるりと背を向け、精一杯叫ぶ。
「…それにしても、あの泣き虫だったアリスが砦の警備とはな…。
同期で一番、騎士団に向いてないって言われてたのに。」
アリスの声を聞きつけ、次々と鎧姿の若者が砦から姿を現した。
ガチャガチャと鎧の音が喧しい。
「こいつ! 帰って来るなら来るって、連絡ぐらい寄こせや!」
「そうだそうだ! 暮れの準備なんか放っておいて、宴会の用意できたのに!」
「ランディ、お前またそーいうことを…。」
「まぁまぁ、何にせよ無事で良かったわ。」
鎧の集団にもみくちゃにされながら、ネイティオは嬉しそうに笑っている。

(ここが、ネイティオの帰る場所なんだ…。)
ほんの少し苦い思いを抱えて、セレナが騎士団の輪を眺めている。
「今はまだ、笑って見送るだけの覚悟が足りないんだわ…。」
自嘲気味に呟いた言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。


「あー…実はさ、今はまだ旅の途中で、近くまで来たから墓参りに戻ったんだ。
仲間達と一緒に。」
「「「仲間達?」」」
一方的に盛り上がっている騎士団連中を宥め、やっとのことでネイティオは
セレナ・レオ・ゴリガンを紹介できた。
歳が近いせいか、レオとセレナはあっという間に若き騎士団達と打ち解けた。
一方、世にも珍しいアーティファクト…ということで、ゴリガンには好奇の眼差しが集中した――。

「まぁなんにせよ、まずは墓参りに行ってこい。
ウォルター様とヒルダ様の墓は、俺ら交替で毎日掃除しているから、安心しろや。」
「すまんね、ナイジェル。」
「なぁに、どうってことないさ。
お前の両親は、我らウィンダム騎士団にとっては永遠の憧れなんだから。」
ナイジェルと呼ばれた男は豪快に笑って、ネイティオの肩をばしばし叩く。
日焼けした肌にがっちりとした体躯、短く刈り上げた銀の髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「よーし、俺達は宴会の用意だ!
年越しの祝いを兼ねた、ネイティオの一時帰還祝いといこうぜ!」
ナイジェルは仲間達のリーダー的存在らしい。
彼の一言で、話に花が咲いていた騎士団の面々は散り散りとなった。
「じゃあなネイティオ、今宵は『緑の寮』の食堂で年越しだ! 絶対に来いよ!」
「ああ…っておいちょっと待て、よりによって『緑の寮』かよ!?」
「いーじゃんか、いざとなったらそのまま『緑の寮』に泊まっちまえば良いんだし。
ふふん、懐かしいだろう?」
「――あまり思い出したくねぇ…。」
「まぁ、そんなこと言うなよ。今でも俺らは何かあったら、『緑の寮』で騒ぎまくってるんだ。
アウグスト教官の雷付きで、な。」
にやりと笑みを浮かべ、ナイジェルが手を振りながら去っていく。
「…何だか、面白い人たちね。」
セレナはくすくすと笑みをこぼしている。
「豪快な連中だな。」
身も蓋もないことをレオが口にする。
「……こいつも、最初に話しておくべきだったか。
――それにしても、あいつら全く変わってねぇ…。」
肩を竦めて、ネイティオがぼやく。
その様子に、レオもセレナも、ゴリガンまでもが笑い出した。


「ご両親のお墓はここからどの位ですかな、ネイティオ殿?」
ようやく笑いが治まったのか、ゴリガンが今度は神妙な顔つきで尋ねてくる。
「それ程遠くないから、あまり遅くはならないと思う。みんなは――。」
「じゃあ早速行きましょ、ネイティオ。」
「……?」
ぽかんとした顔で見つめてくるネイティオに、セレナは極上の笑みを返す。
「私達も、ネイティオのご両親にご挨拶したいわ。ううん、そうさせて欲しいの。」
「せっかくここまで来たんだしな。俺も付き合う。」
「もちろん、私もお供いたしますぞ。」
三人三様、当たり前のように同行を申し出る。
「…そっか…。ありがとな、みんな。」
墓参りにまで来てくれるとは予想していなかったのか、照れくさそうに頬をかいてネイティオが笑う。
「何よ水くさい、ネイティオと私達の仲じゃない。」
ネイティオと向かい合っていたセレナはそっと右手の方に移動し、「どっち?」と言いたげに見上げる。
「よーし、ちゃちゃっと墓参り済ませて宴会行くぞ!」
太陽が沈む方角を指差し、意気揚々と歩き出すネイティオ。
並んで歩くセレナ、数歩後に続くレオとゴリガン。


傾きかけた太陽が、4つの影を大地に作り出した。




To be continued


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