HOMECOMING・後編





「え〜それじゃ、新しい年を無事迎え、新たな仲間に巡り会え、
ついでにネイティオが無事戻ってきたことを祝して〜…。」


「……ついでかよ。」

ぼそりと呟いた言葉は、しかし食堂にいた誰の耳にもしっかり届いた。
どっと歓声があがる。
当のネイティオは、ふてくされているような素振りを見せてはいるが、
口許に笑みを湛えている。

(…もう、ネイティオったら。)

隣に座るセレナも笑みを零しながら、声の主に視線を送る。
しかし、墓参りでの彼の言葉を思い出し、ほんの少し顔を曇らせた。




太陽は徐々に西に傾き、目に映るもの全てが淡いオレンジ色に染まってゆく。

年の瀬であるこの時期に墓参りをする者はほとんどいないので、
墓地はひっそりと静まりかえっている。

父と母が眠る墓に花を添え、手を合わせる。
セレナ達もまたネイティオに倣い、墓前に手を合わせた。


冬を感じさせない穏やかな日差しと優しい風が、4人を包み込む。

長い間両親の墓に手を合わせていたネイティオが、ゆるりと立ち上がった。
「…なあ、みんな。ここまで付き合ってもらって悪いんだけど、
明日は昼前に出発しようと思うんだ。」
予期せぬ言葉に、セレナやレオ、ゴリガンが振り仰ぐ。
「ええっ、どうして? 
せっかく帰ってきたんだから、もっとゆっくりすれば良いのに。」
「そうですぞ、ネイティオ殿。久々の故郷ではないですか!?」
「別に俺達に気を遣わなくても良いんだぞ。」
集中砲火に似た3人の反応に、ネイティオは一歩だけ後退るが。
「あー…いや、なんて言うかさ。
元々、目的を果たすまでは帰ってくるつもりはなかったから、どうにも居づらくてなぁ。」
「目的って、だってジェム教団は…。」
「まあ、そりゃそうなんだけどさ、武者修行の方はまだ終わったわけじゃないから。」
ブラウンの髪をかき上げながら、青年は笑う。
しかし、その表情には微かに寂しさが滲んでいる。
「…でも…。」
「それに、次の目的地が決まったら早く先に進みたいって思うんだ。
勝手なことばかり言ってすまないが、わかって欲しい。」
そこまで言われると、もうセレナには返す言葉がなかった。



「どうしたの、元気ないね?」
物思いに沈むセレナに向けられた、朗らかな声。
豊かな漆黒の髪を編み上げ、にこにことあどけなく微笑む少女。
「え…あ、アリス?」
「疲れてる?」
「う、ううん、そんなことないわ。
ちょっと考え事をしていただけだから。」
ネイティオが座っていた席に、アリスが腰を下ろす。
ネイティオはというと騎士団の仲間に囲まれて、食堂の一角で談笑している。
ふと見渡すと、女の子達に囲まれてやや緊張した表情を見せるレオと、
己の武勇伝(?)を語って聞かせているらしいゴリガンの姿が目に留まった。
「旅って面白い? 結構大変なんじゃない?」
自分と歳近い少女は、親愛の情を込めて話しかけてくる。
セレナもまたこの朗らかな少女に好感を抱き始めていた。
「そうねぇ…。町に辿り着けずに野宿する時なんか大変よ。
土の上は固くて寝心地悪いし、草が邪魔だったり…。
でも、いろんな町でいろんな人に会えるから。そこで得るものは大きいかな。」
「ふう〜ん。良いなぁ、何か楽しそう。
あたしはすぐ近くの国しか行ったことがないから、憧れちゃうなぁ。
正式に騎士団になったばかりだから、引退するまで旅はお預けね。」
アリスがフルーツジュースを勧めてくれたので、セレナはグラスを差し出した。
柑橘系の、清々しい香りが辺りに広がる。
「ねえねえ、ネイティオ、ムチャしてない?」
「…え?」
「ネイティオって結構無鉄砲でいい加減だから、色々と振り回されたりして
大変なんじゃないかな〜って思って。」
「え…えーと…。」
言い淀むセレナに笑みを返し、アリスはチキンの香草焼きに手を伸ばす。
「あたしとネイティオ、それからあそこにいるナイジェルは小さい頃からの腐れ縁でね。」
騎士とは思えないアリスの白く柔らかそうな手が、ネイティオと笑い合っている
銀髪の青年を指し示した。
「よくケンカもしたしいじめられたこともあったけど、
今でも本当の兄妹みたいに思っているんだ。
あたし達みんな一人っ子だからかなぁ?」
アリスは懐かしそうに目を細める。

――この子は、自分の知らないネイティオを知っているんだ。
不謹慎とは思いつつも、目の前の少女を羨んでしまうセレナだった。

「ネイティオのこと、お願いね。」
「…えっ?」
突然、目の前の少女は真剣な面持ちとなった。
アリスの真意を測りかねたセレナは、目に見えて戸惑っている。

「おーいアリスー、ちょっと手伝ってくれー。」
顔を上げると、いつの間にか料理の運び出しを手伝っているナイジェルが、
こっちに向かって手を振っている。
「あ、は〜い、今行きま〜す。
じゃあね、セレナ。」
「え、あ…うん。」
席を離れるアリスを見送ったセレナは、その表情が微かに朱に染まっている事に気付いた。
また、銀髪の青年も照れくさそうに笑って黒髪の少女を迎えている。

(…そういうことか…。)
幼なじみで、どこかぎこちなくも微笑ましい二人を、セレナは羨ましそうに見つめていた。



テーブルの上に立ち上がって声高らかに歌う者、テーブルに突っ伏して豪快に鼾をかく者、
些細なことでも大笑いし、隣に座っている仲間の肩をばしばしと叩く者…。

宴会は、年を越えるまで続いた。




微かに、鳥の囀りが聞こえる。
瞼を薄く開くと、夜明けを告げる光がカーテンの隙間から室内に零れている。
(…朝…?)
まだ覚めきらない身体を緩やかに起こすと、光の少なさから、まだ夜が明けて間もないと知る。
(何で、こんなに早く目が覚めちゃったのかしら?)
カーテンを開けると、硝子越しに白んだ空が広がる。
静かに窓を開けて、セレナは外の空気を胸一杯に吸い込んだ。
何回か深呼吸すると、寝ぼけた頭が徐々に冱えてくる。
ふと視線をおろすと、『緑の寮』からやや離れた古木の枝に人の姿を認めた。
(……あれは…。)
セレナは急いで身支度を調え、できる限り音をたてずに部屋を飛び出した。



樹齢が相当長いと思われるその木は、枝振りも見事で、
人が2・3人乗ってもびくともしないくらい丈夫そうだ。
枝に腰を下ろして心地の良い風に身を任せている青年――ネイティオは、
こちらに向かってくるセレナの姿を認め、やや俯きがちだった顔を上げた。

「おはよう。」
「おはようネイティオ。こんなに早くどうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ。
――眠れなかったか?」
「ううん、そうじゃないの。
目が覚めたら…なんか頭が冱えちゃって。」
「…そっか。」
「ネイティオは?」
「――俺もだ。」

枝からひらりと飛び降り、腰を下ろして古木に背を預ける。
そして、セレナに向かってそっと手を差し出した。
ネイティオの手を取り、セレナもまた腰を下ろし、古木に寄り掛かった。


「昔っから、気が滅入ったり落ち込んだりすると、この木に登ってたんだ。
ここで風を受けていると、段々、うだうだ考えてたことがバカらしく思えてな。
久し振りに帰ってきたことだし、旅に出る前に、もう一度この木に登っておきたくてさ。」
「そうだったの…。」

早朝の風はほんのり冷たいが、それでも冬の寒さを忘れるくらいに清々しい。
太陽が少しずつ姿を現し、それに伴って空も本来の青を取り戻してゆく。



「修行が終わったら、俺はまたここに帰ってくる。
その気持ちは今でも変わっていない。」
「…うん。」
「親父とおふくろが守ったこの国を、俺も守りたいと思っているからな。」
「……うん。」
「――けどな、この先何がどうなるかなんて誰にもわかりゃしない。
もしかしたら、何らかの理由でここにはもう帰ってこられないかもしれんしな。」
「それって…やっぱり神様になる…ってこと?」
不安を押し隠した瞳に、ネイティオはからりと笑い飛ばす。
「いや、そいつは無いだろ。
俺は既にその話を蹴っちまってるから、またそんな都合良くチャンスが巡るとは思えんし。」
「……そうかしら…?」
「もし万が一そういう機会があっても、俺は神様になんかならないよ。」
「どうして?」
「言ったろう? ここが俺の世界だからだ。
例えウィンダムに戻ることができなくても、この世界に生きてこの世界で死ぬ。
これだけは何があろうと譲れんよ。」
セレナは、迷い無く言い放つネイティオを愛おしそうに、そして切なそうに見上げる。

(ここが、ネイティオの帰る場所。そして、私にだって…。)
今はこうして気ままに旅をしていられるが、いつかは帰らなければならない。
父王の待つ、マルセスブルクに。
しかしセレナの心は、笑顔でネイティオを見送ってあげたいという思いと、
ネイティオと離れたくないという思いがぶつかり合っている。
それは旅を続けるにつれ強くなり、セレナ自身を苦しめていた。


今にも泣き出しそうに表情を歪めるセレナの髪を、ネイティオの手がそっと梳く。
労るように、励ますように。

「…あー、なんだ。上手くは言えないんだけどさ。
今、焦って答えを見つける必要はないんじゃないか?」
「…えっ?」
「ここのところずっと、旅が終わる日のことばかり考えてるだろう?」
「え、ええっ!?」
目に見えて動揺するセレナにふっと笑みを零す。
「お前は一国の姫様だし、俺は国を守って殉職した騎士の子であり、騎士見習いだ。
いつまでもこのまま旅を続けることはできないってわかってるし、
ずっと一緒にいるためには、あまりにも課題が多すぎるってこともわかる。」
セレナは言葉もなく頷く。僅かに視線を落として。
それでも、ネイティオはセレナから視線を逸らすことなく言葉を続ける。
「先のことは何の保証も約束もできないけどな、これからじっくり考えて話し合って、
それから答えを出しても遅くないと思うぞ。」
「…ネイティオ…?」
「――だから、一人で抱え込むな。」
顔を上げたセレナの頬に、一筋の涙が光った。
そっと指先で涙を拭って、ネイティオは小さな身体を包み込むように抱きしめた。
「――それよりもな…。
いつか離れる日のことばかり考えて、余所余所しくされる方が辛いぞ、俺は。」
やや拗ねた口調に、瞳に涙を浮かべたままセレナは微笑んだ。
ネイティオの服をぎゅっと掴む。
「私、やっぱりネイティオのこと好きよ。」
「…はっきり言うなぁ。」
「いいじゃない、言いたかったんだもん。」
悪怯れることなくそう言ってのけるセレナの髪を、ネイティオは再び優しく梳いた。


朝の日差しは徐々に強まり、本格的な一日の始まりを告げる様に、鳥の鳴き声が響き渡った。




太陽が高い位置に昇りきる頃、ネイティオ達はウィンダムを後にした。
宴の疲れで眠り続ける仲間達に、別れを告げずに。



旅はまだ、終わらない。




END


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