穏やかな日
「ねえ、本当に一人で大丈夫?」
「うん、大丈夫。そんなに心配しないで。」
不安げに見つめるセレナに向かって、フィーはほんの少し苦い笑みを浮かべた。
のどかな田舎町、デュナン村。
太陽はまだ天辺に上りきっていない時間帯。
「でも夕方になったら、ちゃんと宿に戻るのよ。
デュナンには宿は一軒しかないから、迷わないとは思うけど…。」
「ぬう。私、そこまで方向音痴じゃないよ。
日暮れ前には必ず宿に向かうから。」
いつまでも子供扱いするセレナに対し、ぷう…と頬を膨らませて抗議する。
しかし、そんな二人を傍で見ていたレオもまた、心配そうにフィーを見やった。
「しかし…フィーは本当に一人で待つつもりなのか?」
「うん。だってここは静かだし、何も問題はないと思うから。」
「全くあ奴は…。フィー殿を待たせるなど、不届き千万!!」
「いいじゃない、こういう事もあるよ。
それに、ゼネスさんだってずっとここに居られるわけじゃないんでしょう?」
「それは…まあそうですが…。」
ゴリガンはしおしおと項垂れる。
「それよりも、そろそろ行ってきたら?
アルタラのバザール始まってるんじゃないの?」
「あーっ、いっけない! 急がないと!!!
じゃあね、フィー。おみやげ買ってくるから。」
「うん、みんな気をつけて。」
意気揚々と走り去るセレナの後を、渋々といった感じで追いかけるゴリガンとレオ。
二人はどうやら、バザールの荷物持ちを任された模様。
アルタラは、美しい歴史的建造物が多数残されていることから、
一年中多くの観光客で賑わっている。
また、年の初めには、大々的なバザールが開催されることでも有名である。
噂の「アルタラのバザール」を、世界各地から集まる様々な衣類・食料・日用品などを一目見たいというセレナの要望で、
一同はまず近隣のデュナン村へとやって来た。
しかし、デュナンへ来ればフィーのやるべき事は唯一つ。
――放浪神ゼネスとのカード勝負で、己の腕を磨くこと。
そんな訳で、フィーは一人、仲間達と別行動を取った。
「ふう…。良い天気だなぁ。」
ゆっくりと、伸びを一つ。
「…何だか、うそみたい。こんなにも平和なのに、世界の危機とか宇宙滅亡とか…。」
普段は男が待っている大木に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げる。
薄い雲が、青天を僅かに過ぎる。
ところ変われば、純白の雪に埋もれる地域があるというのに、
ここは冬を感じさせない位、穏やかで暖かい。
不意に、強い風が吹いた。
ばさばさと菫色の外套がはためき、柔らかな黄櫨色の髪が踊る。
穏やかな気候とはいえ、吹く風はやや肌寒い。
「…やっぱりちょっと、寒いかな…。」
フィーは身震いすると、ホルダーから一枚のカードを取り出した。
指先に少し力を込め、魔力を一部開放する。
カードが光を放ち、紅蓮の恐竜が姿を現した。
「ごめんねエース、ちょっと寒くて。」
肩を竦めて恥ずかしそうに笑う。
返事の代わりに、恐竜がフィーの頬に顔をすり寄せる。
「ふふっ…。温かいね…。」
恐竜の胴体に寄り添い、フィーはもう一度空を仰いだ。
時折吹く風は冷気を運んでくるが、太陽の光は優しく降り注ぐ。
いつしか、フィーは紅蓮の恐竜に寄り掛かったまま、心地良い眠りに引き込まれていった。
「――――――。」
時空の扉を開けて余所の世界からようやく辿り着いたその先。
目指す少女は、いつも自分が彼女を待つ木陰で穏やな表情を湛えたまま眠っている。
紅蓮の恐竜に背を預け、身を丸くして眠る姿はまるで小動物のようだ。
男に気付いた恐竜が、挨拶代わりのつもりか低い声で鳴いたが、
『――起きるだろう。』
男が軽く目配せすると、恐竜は「クウゥゥ…」と項垂れた。
――それにしても。
あまりにも無防備に眠っているので、拍子抜けしてしまう。
(もし何かあったら、どうするんだ…。)
額に手を添えて、大仰に溜め息をついた。
有事に備えて最も信頼できるクリーチャーを召還しておいたのかとも考えたが。
(――いや。こいつの場合、そんなこと全く考えていないだろう。
『温かい』とか、そんな単純な理由ではないのか……?)
言いようのない疲労を感じて、男はもう一度、深い溜め息を零した。
「――――――ふん。呑気なものだ。」
少女が眠る側にどっかと腰を下ろす。
深い眠りに落ちている少女の顔をちらりと横目で見る。
旅を続けている割にあまり日焼けしていない肌。
明るい黄櫨色の髪は時折さわさわと風に翻弄されている。
強い光を放つ新緑の輝きは、今は瞼の奥に隠れてしまい、覗うことは叶わない。
際立って美しいとか、そういうわけでは決してないのだが、どうにもこの娘が放っておけない。
元はといえば、少女の素質を認めた男が、己の力を授けることで生涯二人目の好敵手を育て上げる――
ただ、それだけのことのはずだった。
ここ一番の『引き』の強さに長けているとはいえ、
カードを扱うようになってまだ一年足らずの、素人故の危なっかしさのせいなのか。
それとも―――。
「――知るか。」
ぼそりと呟いて、男は紅の恐竜にボスンと寄り掛かった。
恐竜は不満の声を漏らすが、「起きるぞ」と牽制され、きゅう…と小さく鳴いて首を竦めた。
宇宙の危機だジェミナイの暗躍だと騒がれている割に、
ここでは不思議な程に穏やかな時間が流れている。
「……。」
今は何故か、この時間が過ぎるのが惜しい。
そんな柄にもないことを考えて、男は目を閉じた。
僅かに冷たい空気を含ませた風を身に感じながら。
その後。
夕暮れ前に飛び起きたフィーがひたすら頭を下げ、
対戦は翌日に持ち越しとなった、とか…。
END