また、明日。





「あーっ!! リク、しっかりしろぉリクッ!!」
「やったぁ!! ありがとう、バニラ。」


顔を真っ赤にして地団駄を踏む少年と、晴れやかな笑みを浮かべる少女。
その2人の間には、目を回しているジュンのドダイトス――リクと、
眼光鋭くドダイトスを見下ろしているエンペルト――バニラの姿が。


土曜日の昼下がり。
清々しい空の下、しかし吹く風は肌を刺すように冷たい。

己の腕を試すため、全国各地から腕に覚えがあるトレーナー達が集う、
通称ファイトエリア。
毎週土日の午後一時。バトルパークの門前。
互いの力を確かめるためにジュンとヒカリがポケモンバトルをするようになって、
そろそろ二月が経過しただろうか。
元々は土曜日だけという約束だったのだが、負けん気の強いジュンが日曜日の再戦を熱望したため、
ヒカリが渋々ながらも応じた結果、今日まで週2回の対戦が続いている。
普段、ヒカリは全国版ポケモン図鑑を完成させるためシンオウ地方各地を飛び回っており、
一方のジュンはバトルタワー制覇に向けてファイトエリア周辺で特訓に明け暮れている。
幼なじみの2人が会うのは、週2日の対戦時のみだった。

「ま…また負けた…。何だってんだよーッ!!」
「ふふーん、悪く思わないでねー、ジュン。」
「ちくしょー、次こそは絶対に勝つからなッ! 明日また、絶対にここへ来いよッ!!」
「……え〜? またぁ? そろそろ週1回に戻しましょうよ。」
「遅れたら、罰金100万円な!!」
ジュンの口癖である「罰金」という言葉が出てきて、ヒカリは眉を寄せる。
「……もう、しょうがないなぁ。わかったわよ。
それよりも、早くポケモンセンターに行きましょ。」
「おっと、そうだった! 俺のポケモン休ませてあげないとな!!」
ドダイトスをモンスターボールに戻し、猛ダッシュでポケモンセンターに向かうジュンの背に向かって、
ヒカリは深い溜息をついた。
「私達も行こうか、バニラ。」
労るようにエンペルトを見下ろすと、誇らしげな声が返ってきた。



「……ところでさあ。」
「…何?」
手持ちのモンスターボールをセンターの係員に預け、
ロビーの椅子に浅く腰掛けたヒカリに向かって、ジュンが缶ジュースを投げて寄越した。
両手で難なくキャッチする。ヒカリは冷え切った缶を温めるように、両手で包み込んだ。
「ありがと。」
「コウキのヤツさあ、ここに来ないのかなあ?」
「……。」
勢い良くプルタブを開け、ジュンは缶ジュースを口に運ぶ。
手渡された缶ジュースを両手で持ったまま、ヒカリはゆっくりと瞳を閉じた。


同い年のはずなのに、やけに落ち着いた雰囲気を醸しだし、
時に鋭い一言を放つ少年の姿が、頭を過ぎった。

「…来ると、思ってるの?」
「……いいや。」
ぐい、と缶ジュースを呷って、ジュンは深い息を吐く。
「コウキは、ナナカマド博士のお手伝いであっちこっち駆け回って忙しいのよ。
ここに来る余裕なんて、きっと無いわよ。」
「そりゃー、確かに助手の仕事は大変なんだろうけどさー、
でもたまにはアイツもここに来ればいいのに。」
「そりゃあ…そうだけどね…。」
ヒカリは天井を仰いだ。

本当は、ジュン同様ヒカリもまた、コウキとの対戦を望んでいる。
決して、口に出しては言わないけれど。
同い年の3人。時にはケンカをし、時には力を合わせて悪者と戦った。
だから、これからも3人の絆を保てたら…と密かに思っているのだ。



「――僕が、どうしたって?」


「え?」
「は?」


声のする方へ振り仰ぐと。

真っ赤なハンチングを被った少年が、穏やかな笑みを湛えたまま近づいてきた。

「な…何だってんだよーッ!
おっお前、何でここにいるんだよーッ!?」
「あっ、コウキだー!
…でも、どうしたの? コウキがここに来るなんて。」
噂の張本人が目の前に現れ、素っ頓狂な声をあげるジュンと、
コウキに向かってにこやかに手を振るヒカリ。
「ファイトエリア周辺にいるポケモンを、チェックしておこうと思って。
どこかで君たちに会えるかな…って期待してたんだけど、こんなに早く見つかるとはね。」
「ナナカマド博士のお手伝い?」
「そう。僕もポケモン図鑑を全国版にバージョンアップしてもらったんだよ。」
和やかに談笑するコウキとヒカリを余所に、ジュンは一人握り拳を固めている。
「よーし、ここであったが百年目!!
コウキ、俺とポケモン勝負しようぜ!!」
「……ごめん、僕のポケモンは今センターに預けているんだ。」
「あなたもでしょ、ジュン。」
「……そうだった…。」
ヒカリのツッコミにがっくりと項垂れるが、すぐにパッと顔を上げる。
この立ち直りの早さが、ジュンの長所と言えよう。
「じゃ、じゃあさ、コウキも明日午後一時にここへ来いよ!!」
「え?」
「たまには俺達とポケモン勝負しようぜ!!」
「…ジュン!!」
咄嗟にヒカリが窘める。
しかし、その声はジュンの耳には届かなかったようだ。
「でも、僕は君達みたいにトレーナーとして修行してるわけじゃないし…。」
「いーんだよ、そんなこと。
勝ち負けとか、そーいうんじゃなくて、ただ単に俺はお前と勝負してみたいんだ!
お前とだったら、ヒカリとはまた違った、面白いバトルが出来るような気がするんだ!
だからさあ、俺達と一緒にここで勝負しようぜ!」
こうと決めたら、簡単には引き下がらないのがジュンの性分である。
さあさあと急かすように握った拳を上下に揺する。
一方のコウキはというと、やや俯き加減に腕を組んで考え込んでいる。
ヒカリは、ただその二人をはらはらと見つめているだけだった。

しばしの沈黙を破ったのは、少年の穏やかな声。

「…わかったよ、明日だね。」
「……へ?」
「えっ?」
やや拍子抜けした声と、驚きの声が返る。
俯きがちだったコウキは、真っ直ぐにジュンとヒカリに向き直る。
「僕は、君達の相手としては力不足かもしれないけど。」
「そっ、そーか!! よーし、そうこなくっちゃ!!
遅れたら、罰金100万円だからな!!
さっ、今のうちに薬とか買い込んでおかなくちゃな!!」
缶ジュースを一気に飲み干し、ぽいっとゴミ箱へ放り投げて、
ジュンはポケモンセンターを飛び出していった。
カラン…と乾いた音が後に残った。
「……ごめんね、コウキ。アイツ、昔からああなのよ…。」
「いや、良いんだよ。僕も段々わかってきたから。」
「…でも、本当に良いの? 博士のお手伝い、忙しいんでしょう?」
「うん、気晴らし…って言ったら失礼かもしれないけど、
本当は、僕もたまには君達みたいにポケモン勝負してみたいなって思っているから。」
「そう…。それなら良かった。
私もね、本当のことを言うと、コウキと前にタッグを組んだ時から、
ずっと勝負してみたいなって思っていたのよ。」
「そうか、じゃあ僕もみんなを鍛えておかないとね。」
穏やかなコウキの笑顔につられて、ヒカリもふわり、と笑みを返す。
できることなら、これからもずっとこんな風に笑い合えたらいいな…などと思いながら。


「じゃあ、また明日。」
「うん、明日ね。」
コウキはヒカリの側を離れ、ゆっくりとした足取りで階段を上っていく。
その後ろ姿をしばらく目で追っていたが、
「……よーし。私も頑張らなくちゃ!」
ヒカリはようやく缶ジュースの蓋を開け、ゆっくりと口に運んだ。
ミックスオレの柔らかな甘さが口いっぱいに広かった。




END


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