01:手
・・・突然、手を繋いだら、君は驚くだろうか。
空には既に太陽の姿は無く、夜の闇が広がりつつある。
部活後の疲れた体を引きずるように、皆が帰路につく。
「子津、帰るぞ。」
「はい、いま行くっす。」
部室の出入り口の前で待っている犬飼に笑顔で答え、
子津はロッカーの扉を閉めてバッグを抱える。
「子津君、犬飼君、お疲れ〜!」
2人の脇をすり抜けるように、兎丸が軽快に駆けていった。
「・・・・・。」
あいさつ代わりに軽く右手を挙げて、司馬が兎丸の後を静かについて行く。
「お疲れ様っす〜。」
「・・・子津、とりあえず、俺たちも帰るぞ。」
「あ・・・そうっすね。じゃ、みんな、お疲れ様っす。」
部室に残ってるチームメイトに声をかけて、2人は部室を後にした。
「ふぅ、今日も疲れたっすね。」
「・・・ああ。」
「でも、週末は練習試合だから、もっと頑張らないと、いけないっすよね。」
「・・・そうだな。」
犬飼の一歩後ろを、子津が歩く。
しかし、この微妙な距離が、子津は好きだった。
(並んで歩くのは、まだちょっと恥ずかしいっす・・・。)
頬に熱を感じ、俯いた子津の視線が、犬飼の右手にぶつかった。
(やっぱり、いつ見ても、大きな手っすね・・・。
同じピッチャーとしては、羨ましいっすよ・・・。)
ぼんやりと、子津は犬飼の手を見つめ続けた。
その手から投げられるボールは、凄まじい力を放つ。
しかし、自分に触れるその手は、不器用ではあるが優しく、温かい。
(手・・・、繋いでみたいっす・・・。)
ふと、そんな思いが子津の心をよぎった。
(いきなり、『手を繋ぎたい』なんて言ったら、きっと驚くっすよね・・・。
ひょっとして、呆れられるっすかねぇ・・・・?)
突然自分の中に起こった衝動を自ら打ち消すように、首を左右に振った。
不意に、今まで好きだったこの距離が、なぜか急に遠く感じ、
子津の心に不安の色が広がった。
ほんの少し歩みを早めれば、届く距離にいるのに。
(ど、どうしよう・・・、絶対に変に思われるっすよ。で・・・でも・・・。)
ぐるぐる回る思考。しかし、衝動を抑えることは出来なかった。
勇気を出して、触れてみようか・・・。
ためらいがちに手を伸ばしかけたその時。
「・・・・・どうした?」
突然、犬飼が振り返った。
びくうぅっ!!
伸ばしかけた手のやり場に困り、あわあわと手をばたつかせる。
「えっ、あ、な、何でも・・ないっすよ。」
(い、言えるわけ、ないっすよぉ・・・『手を繋ぎたい』だなんて・・・。)
今度は自分の考えに、ぶんぶんと激しく頭を振った。
目に見えて動揺している子津を不思議そうに見つめる犬飼だが、
突然、右手を差し出してきた。
「・・・・・・は??」
今度は、子津の頭上に「?」マークがいくつも浮かんだ。
「とりあえず・・・、あまり離れるな。」
犬飼はふいっと顔を背けるが、その顔は明らかに赤く染まっている。
「え・・・は、はい、わかったっす。」
伸ばされた手に、そっと自分の左手を重ねる。
触れた手から伝わる体温に、安堵の溜め息を零す。
(やっぱり、大きくて温かくて、優しい手・・・。ボクの大好きな・・・。)
手を繋ぐ。
ただそれだけのことなのに、頬が緩むのはなぜだろう。
こんなにも心が安らぐのはなぜだろう。
「・・・何だ?」
「えへへ、何でも、ないっすよ。」
幸せそうに笑う子津に、犬飼はそうか、と一言呟いて、
繋いだ手にほんの少し力を込めた。
END