05:玉子焼き





「ふぅっ、すっきりしたぁ。」

大帝国劇場の中庭から、雀のさえずりが聞こえてくる。
徐々に太陽がその清々しい輝きを放つ時刻。
今日も快晴らしい。
毎朝の日課である空手の修行をこなしたカンナは、シャワーで濡れた髪を
タオルでがしがしと拭きながら、食堂へと歩いていた。
(ちょっと朝メシには早い時間だけど・・・軽〜く腹ごしらえでもすっか。)
事務室に続く廊下を曲がろうとしたその時、かすかながら、歌声が聞こえてきた。
(ん・・・この声は・・・さくらか?)
通りすがり、何気なく厨房を覗き込んでみると、
赤いリボンに艶やかな黒髪、桜色の袴の上からエプロンを身につけた真宮寺さくらが、
なにやらフライパン片手に歌を歌っている。
「おはよう、さくら。」
「あっ、カンナさん。おはようございます。」
フライパンを置いて、さくらはお辞儀をする。
武道を心得る者らしい、礼儀正しいお辞儀だった。
「何してんだ、こんな朝っぱらから。」
「剣のお稽古をしていたんですが、何故か急に玉子焼きが食べたくなっちゃって。
最近のお献立に玉子焼き、ありませんでしたから。
朝ご飯前にちょっと作って食べちゃおうかなって思ったんです。」
おかしいですよね、とさくらは気恥ずかしそうに笑った。
「そうかぁ?でも、あたいも修行の後急にラフティとか食いたくなる事あるし、
別におかしい事は無いんじゃねえか?
確かに、最近のメシには玉子焼き、付いてなかったよなぁ。」
タオルで髪の水気を拭いながら、考え込むようにカンナが答えた。
「あたし、玉子焼き作るのは、昔から得意なんですよ。
・・・ところで、カンナさんって、玉子焼きは甘い方がお好きですか?
それとも甘くない方が良いですか?」
「そうだなぁ・・・あたいはどっちも好きかな?」
「うふふ、カンナさんらしいですね。」
「何だよさくら、どういう意味だよ?」
むくれてみせるカンナ。
普段は頼り甲斐のある人だけど、こういう時は子供っぽいんだなぁ。
くすくす笑いながら、さくらは別のことを口にする。
「カンナさんて、基本的に好き嫌い無さそうですし。
よかったら、カンナさん、一緒に食べませんか?」
「え、いいのかい?」
「もちろんです。あたしも、一人で食べるよりは誰かと一緒に食べる方が楽しいですから。」
「そっか、サンキュ、さくら。」
「もう少しで出来ますから、食堂で待っててください。」
確かに、卵の焼ける良い香りがほんのりと広がってきた。
鍛錬後の空っぽの胃袋には、たまらない香りだ。
「ああ。自慢の玉子焼き、楽しみにしてるよ。」
「はいっ、楽しみにしててください。」
咲き誇る花のような笑顔を見せ、さくらは再びフライパンに向き直った。
どこをどう見ても普通の女の子らしいさくらに、ちくりと胸が痛んだ。
(あたいもさくらみたいに女らしかったらな・・・。)
溜め息一つ。
自分のつまらない感情を否定するように頭を振って、カンナは食堂へ向かった。


「お待たせしました!」
純白の皿に盛られた玉子焼きは、独特のほのかな甘みを含んだ香りを漂わせていた。
控えめに飾られている大根おろしが、見た目からも食欲を刺激する。
「へへ、待ってたぜ!」
カンナに向かい合うように、さくらは椅子に腰を下ろす。
「あ、お茶淹れてくださって、ありがとうございます。」
「なぁに、お安いご用さ。」
時刻は、起床にはまだまだ早い。
他の隊員が起きる気配は、今のところ無さそうだ。
「「いただきます!!」」
ささやかな、秘密の会食。
さくらの作った玉子焼きは、甘さ控えめで卵本来の味が生きている。
大根おろしのピリッとした辛さに合っている。
「ん、美味い。さすがは『自慢の玉子焼き』だな。」
「ふふ、ありがとうございます。作った甲斐がありました。」
自分も箸を進めながら、カンナの食べっぷりに笑顔で答える。
(本当に、おいしそうに食べてくれるな、カンナさん・・・。)
しかし、胸の内に、ほんの少し切ない感情が湧き起こった。
(大神さんは・・・あたしじゃなく、カンナさんを選んだ・・・。
あたしじゃなく、この気さくで、頼り甲斐があって、太陽のように明るいカンナさんを・・・。)
自分のことを特定の女性として見てくれなかった大神を恨んだこともあった。
大神に選ばれたカンナを羨んだりもした。
何より、初めて会った時から大神に惹かれていたのに、結果として
その想いが報われなかった自分が惨めで、可哀想だと思ったことも。
しかし、そんな風に思ったところで、大神が自分に振り向いてくれるはずが無い。
誰も立ち入ることが出来ない位の信頼で、二人は結ばれているし、そして
結局は、自分は大神のことが好きで、カンナのことも好きなのだ。
「さくら・・・どうしたんだ・・・?」
カンナの声に、ふと我に返る。
「あ、ご、ごめんなさい、あたしったらボーっとしちゃって・・・。」
頬に手を当てた時、自分が涙を流していることに気が付いた。
「あ・・・あら・・・?」
慌てて手の甲で拭っても、涙があふれてくる。
「あたし・・・どうしちゃったんだろ・・・。」
涙は止まらない。
カンナに気を遣わせまいと笑顔を作ろうとするが、そのたびにぽろぽろと涙が頬を伝う。
「さくら・・・。」
カンナはさくらの側に歩み寄ると、そっとさくらの頭を撫でた。
きっちりと結ばれている赤いリボンにぶつからないように、ゆっくりと黒髪を撫でる。
それはまるで、母親が子供をあやすような仕草に似ていて。
さくらはとうとう、声を上げて泣き出した。
母親に縋って泣く子供のように、カンナの腰にしがみついて、さくらは泣き続けた。
カンナは辛抱強く、さくらが泣きやむのを待った。
黙ってさくらの黒髪をなで続けた。

「ご、ごめんなさい・・・急に泣き出しちゃって・・・。」
しばらく後。
ようやくさくらが顔を上げた時、そこには笑顔があった。
泣き腫らした目で、精一杯笑っていた。
「・・・落ち着いたか?さくら。」
「はい・・・ありがとうございます、カンナさん。
・・・でも、玉子焼き、冷めちゃいましたね。」
「冷めても、美味いモンは美味いさ。気にすんなよ。」
カンナらしい台詞に、ようやくさくら本来の笑顔が戻る。
「はい・・・。カンナさん、もし良かったら、
またあたしの玉子焼き、食べてくれませんか?」
「あぁ、あたいで良けりゃ、いつでも付き合うぜ?」
「ありがとうございます。楽しみにしています。」

二人は、皿に残った一切れの玉子焼きを半分に分けて食べた。
最後の玉子焼きは、ほんの少ししょっぱかった。



END


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