09:花冷え





【ちょっと、外、出てこねーか?泉乃公園で待ってる。】


突然、携帯の着信音が鳴り響いた。
「・・・何なんですか?一体・・・。」
本から視線を外し、携帯電話を手に取る。
誰からのメールかなんて、画面を見ずともわかる。
辰羅川は手早くメールの返事を打ち込み、送信した。
時計を見上げると、既に夜の9時を回っている。
読みかけの本を閉じ、クローゼットからジャケットとコートを取り出す。
「しょうがありませんね・・・。」
軽く溜め息を一つつくと、コートを羽織って外へ出た。



「よっ、信二。」
公園のブランコに腰を下ろしたまま、猿野が辰羅川を見上げる。
「一体どうしたというのですか、天国?こんな時間に急に呼び出すなんて・・・。」
「わりーわりー。でもさ、どーしても信二に見せたいモンがあったんだ。」
そう言って、猿野はブランコから立ち上がった。
「見せたいもの・・・ですか・・・?」
気が付くと、猿野はトレーナー姿で、上着を持っている様子はない。
時折腕を組んで見せるので、きっと寒いのだろう。
「3月とはいえ夜はまだ冷え込むんですから、そのような姿では風邪を引きますよ?」
手に持っていたジャケットを猿野に着せてやる。
「サンキュ。・・・へへ、温ったけーな。」
「全く・・・。こんなところで風邪などを引いて、明日の練習試合に支障を来しては
困りますよ。あなたはうちの大事なスラッガーなんですからね。」
「わぁってるって。だーいじょうぶだよ。」
「本当に大丈夫なんですかね・・・?
ところで・・・見せたい物とは、一体なんでしょうか?」
「そうそう!こっちこっち。」
そう言って、辰羅川の背を押す。
何なんですか、一体・・・と口では文句を言いながらも、
どこか楽しそうな辰羅川だった。


「じゃ〜ん!」
「・・・これは・・・。」

公園の奥にひっそりと咲く、桜の花。
その蕾は、まだ綻び始めたばかりで、その花本来の艶やかな姿を見せてはいない。

「もう桜が咲いているとは、思いませんでした。」
「だろ〜?」
猿野は嬉しそうに、桜の木を見上げる。
「この間、信二の家から帰る途中、偶然見つけたんだ。
花が咲いたら、真っ先に信二に知らせようと思ってさ。」
「・・・三分咲きというところでしょうか・・・。」
「そだな。満開には程遠いけどな。
・・・ところで、信二はこの木のこと知ってた?」
「いえ・・・近くに住んでおきながら、全く気が付きませんでした。
・・・それにしても、桜は散り始めが一番美しいと思っていましたが、
・・・こういうのも悪くありませんね。」
「だろ?だろ?」
得意げに笑う猿野。
その様子が、自分だけの秘密をこっそりと打ち明ける子供のようで、
思わず笑みを零すが。
「でも。」
辰羅川は両手をそっと猿野の頬に添えた。
「風邪を引いては元も子もありませんよ?
上着くらいは持ってくるべきでしたね。」
眼鏡の奥には、自分を労るように見つめる瞳。
「え、あー・・・悪りぃ。そんなに寒くないと思ったからさ。
でもほら、今は信二のジャケットのおかげで、結構暖かいぜ?」
そう言って笑い、猿野はジャケットの襟を摘んでひらひらさせる。
「・・・全く、あなたという人は・・・。」
ほんの少し肩をすくめ、苦笑いを零す辰羅川。
冷えきった猿野の頬に、そっと唇を寄せた。
「へへー・・・」
照れくさそうに笑い、辰羅川の背に腕を回す。
「ふふ、こうすれば少しは温かくなりますかね?」
「そだな・・・。」
辰羅川も猿野を抱きしめ返す。
まるで、お互いの体温を分け合うように。

風に煽られ、木々がざあ、と音を立てる。
他には何の音もない、まるで此処は二人だけの世界。


桜の花より、貴方の笑顔の方が、私には一番嬉しいのですよ?

そう耳元で囁くと、耳まで真っ赤になった猿野が、恥ずかしそうにこくりと頷いた。



END


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