帰ってきた男(達)





顔を上げると、見慣れた光景が飛び込んできた。
城と街を取り囲む、分厚い壁。
遙か遠くに、青い屋根の家が密集している。

見慣れたというよりも、むしろ懐かしいと言うべきだな…。


――ちょっと、待て。


もう一度視線を落として己の姿を凝視する。
すっかり身に馴染んだ分厚い紫紺のマントではなく、
真っ赤なマフラーに赤と黒を基調とした、今更ながら何とも強烈な色遣いの服。
慌てて頬に手を伸ばすと、これまたすっかり馴染んだ(と自分では思っている)髭はなく、
かさついた傷痕の感触だけが指先から伝わってくる。

…これは…これは。


「これはっ、一体っ、どういう事なんだ〜っ!?」



城塞に響き渡る叫び。

ガックリと膝をつき、大地を睨み付ける。
肩が震え、こめかみから冷たい汗が一筋流れ落ちた。

そんな…はずはない。
自分は間違いなくソルタリアにいたはずだ。
そして、いつもの…いつものように…。



「やあ、君もここへ戻って来ちゃったんだね」

混乱している自分とは正反対の、緊張感の抜けた声。
忘れもしない、宿命のライバル。
しかし、振り仰いだ先に立っている男は、青藍ではなく青紫のローブを纏っているではないか!

「ネイティオ! 貴様、一体これはどういう事なんだ!?」

自分とは違ってやけに落ち着き払っている男に怒りの矛先を向ける…が。
「そう怒らないでくれよ。僕にも何が何だかさっぱりわからないんだ。
全く、これから『イルヴィス島殺人事件』の後編を読もうと思っていたのに…」
「…貴様はっ、こんな時にも本の話かっ!?」
「当たり前じゃないか。
僕の一番の楽しみが読書だって事は、君だってわかっているはずだろう?」
「…いや、まぁそれは…そうだが…」
――力が抜けた。
カリカリしている自分がバカらしくなってくる。
とりあえず、一度混乱した頭の中を整理する必要がありそうだ…。

「今までの事は覚えている…よね」
「無論だ。俺はさっきまで確かにソルタリアにいたのだからな」
「僕は執務室で紅茶を淹れていた。仕事が一段落付いたから本を読もうと思っていたんだ」
「…何故、姿だけ昔に戻ったのかが理解出来ん…」
「そうだね。一体誰の仕業だろう…?」

男二人、城塞都市の真ん中でしきりに首をひねる。
奇妙な光景に見えるだろうが、俺達は至って真剣そのもので。

「このままでは埒が明かんぞ。何か手はないのか?」
「そう言われても、さすがに何をどうすれば良いのか見当がつかないよ…」



「あのー…すみません。ゼネスさん、ですよ…ね?」

――躊躇いがちにかけられた声に聞き覚えがある。
いや。
聞き覚えがある…なんてものじゃあ、ない。

絡繰り人形のようにぎこちなく、全身で声のする方へ振り返る。


…こいつがここにいるのは、さすがにまずくないか…!?


「わぁ、やっぱりゼネスさんだ! 若〜い!」
――ホッとしているのか、この状況を面白がっているのか、さっぱりわからん。
呑気に、にこにこと笑ってやがる。
しかも、髪が短い方…か。
…どうも見慣れんな……。

……いや、そうじゃないだろう!!

「……フィー、お前が何故ここにいる!?」
「それが、全然わからないんです」
「サラッと言うなっ!!」
「…ぬう、わからないものは、わからないんです。
デュナンに向かっているはずだったのに、いつの間にかこんな知らないところへ飛ばされちゃって。
私達みんな困っていたところなんですから…」
「…私達、だと?」
「はい」
「みんな…と言ったな?」
「はい。みんな、です」
少女がちらりと後ろを向いたので、肩越しに見下ろすと。



――よりにもよって、こいつ等までここに連れてくることはないだろう!!
だんだん、頭が痛くなってきたぜ…。

「よくわからないが、あの二人について行けば何かわかるかもしれないぞ」
「…レオ、何だか楽しんでる?」
「考えてもみろよ、ルミナス。
あいつはデュナンで偉そうにしていた男だ。
この状況でもあんな態度でいられるか見物だと思わないか?」
「そ、それは…。そう…かもしれないけど…」

――あのガキ共、いつかシメる!!

「見て見て! あの白っぽい髪の人が、ネイティオと同じ名前の神様なんですって!」
「ふうん…何か妙なことになっちまったなぁ」
「あの二人、これから勝負するのかしら?」
「多分、そうだろうな。
ま、俺らはここじゃカード使えないから、帰れるまではゆっくり見学させてもらおうか」
「うんっ、賛成っ!」

――いい気なものだな、全く!!


しかし、一体これは誰のイタズラなんだ…?!



「ネイティオ殿〜〜〜〜〜っ!!!」


――棒が真っ直ぐこっちへ飛んで来る…。
ちっ、またうっとうしい奴が来たな…。

「ゴリガン、これは一体どういう事なんだい?」
「そっ、それが私にもさっぱり…」
「ふん、使えない奴め」
「やかましい! おぬしに言われる筋合いはないぞ!
カルドラ様もこの件に関してはすっかり困惑しておるのだぞ!」
「カルドラ様も? これはまいったね…」
立場は違えど、それぞれ「神」と呼ばれている俺達だが、
顔を見合わせて溜息をつくしかないとは…。
……ええい、ふがいないっ!!

「…ひょっとすると……」
杖が何か閃いたらしい。
どうせ、ロクな考えではないだろうが…。
「ネイティオ殿!
もう一度、ここから始めれば良いのではないでしょうか?」
「…何だと?」
「え? どうして?」
「いや…その、何といいますか…。
『上からの圧力』…あ、いや、『天の声』のようなものが何となく聞こえたのですが…」
「何だ、それは!?」
「…まいったなぁ。
僕は、同じ事のやり直しは御免だよ」
「ま…まぁ、そうおっしゃらず。何卒……」
「……ふん、他に方法がないなら、致し方ないだろう」
「まぁ、そうなんだけどね…。
あ〜あ、せっかくの読書の時間が…」
「諦めろっ!!!」


…しかし。
これだけのギャラリーを引き連れて行けというのか…。


「頑張ってくださいね〜!」
「本当に、このままで良いのかしら…」
「他人のプレイを見るのも勉強のうち…って言うしな」


どうにも、やりにくいぞ…。




おそまつさまでした…


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