ちいさな願い・1





太陽が徐々に傾いていく時間帯。
空は既に茜色に染まっている。

クレイトスのコロシアムでセプターの大会が行われてから、早くも3日が過ぎた。
並み居る強豪を押しのけて優勝したルミナスは、旅の目的地を聖地プロムスデルに定めた。
世界を破滅に導こうとする邪悪なセプター・ジェミナイの野望を阻止するために。



「良かったー、2日振りでベッドで休めるわね、ルミナス!」
宿屋で宛われた部屋の前で、セレナが嬉しそうに声をかけた。
「・・・そうね。良かったね、セレナ。」
「うんっ!」
ルミナスに会うまでマルセスブルクから外に出たことの無いセレナにとって、
野宿は未知の体験で楽しかった反面、ふかふかのベッドで眠ることが出来ないことが
どうしようもなく辛かったようだ。
「やれやれ、今日はゆっくりと寝れそうじゃ。」
野宿が嫌いらしいゴリガンもまた、表情が緩みっぱなしである。
「・・・そうか?ゴリガンは野宿の時だって、ぐっすりと眠っていたじゃないか?」
「こ、これレオよ・・・何を言うか!?」
野宿の際に見張り役を買って出るレオが、至って真面目にゴリガンに問いかけたが、
当のゴリガンは図星を指されたのか、ぴょんぴょんと跳び上がって激しく抗議した。
「さて、と・・・。夕食までまだ時間があるわよね。ルミナス、お風呂入ってこない?
今日は風が強かったから、髪に砂が付いて気持ち悪いのよね〜。」
宿屋で過ごせることが相当嬉しいらしく、にこにこと心底嬉しそうに笑いかけるセレナに対し、
ルミナスはほろ苦い笑みを返した。
「あ・・・、私は買い出しに行ってくるから。セレナはゆっくりしていて。」
「えーっ!?やっとの思いで街に着いたんだから、まずは休みましょうよー?ねっ、ねっ?」
「うん、・・・でも、薬草がもう残りわずかでしょ?それから非常食も補充しなくちゃいけないし。
街の様子も少し見ておきたいからね。」
「でもぉ・・・・・・。」
「大丈夫、すぐ戻ってくるから。」
あからさまに不満な表情を見せるセレナを何とか宥める。
こうして見ると、ルミナスとセレナは姉妹のように仲が良い。
しかし、ゴリガンは眉と髭をを八の字に垂らし、悲しそうな眼をルミナスに向けた。
「じゃ、行ってくる。すぐ戻るから。」
ルミナスが3人に背を向けかけたその時。
「待ってくれ。」
「・・・レオ?」
ルミナスは、声の主の方へ向き直った。
セレナと、ゴリガンもまたレオを見上げる。
ゴリガンの表情が、ほんの少し和らいだ・・・ように見えた。
「俺も一緒に行こう。」
「え・・・ううん、私一人でも大丈夫よ。レオも疲れているでしょ?」
困ったような表情で、控えめな拒絶の意を表した。
「大丈夫だ、荷物持ちくらいは出来るさ。
それに、疲れているのはルミナスも一緒だろう?
しかも暗くなってきたから、1人で知らない街を歩かせる訳にもいかないからな。」
「え・・・でも・・・・・。」
「遠慮することは無い、ルミナス。2人で行けば、用事も早く済むだろう?」
ここまで言われてもまだ迷っているルミナスに、とうとうゴリガンが助け船を出した。
「では頼んだぞ、レオ。本当は私がルミナス殿について行くべきなのだが、
さすがに私も疲れたのでな・・・。私も、もう歳かもしれん。」
普段は年寄り扱いをすると力一杯怒鳴り返すゴリガンが、珍しく自分を年寄り扱いした。
「レオ、ルミナス殿をしかとお守りするのだぞ。」
「・・・言われるまでもない。」
「・・・は・・・?」
ゴリガンの言葉に明後日の方を向きながら、ぼそりと応えるレオ。
一方のルミナスは、反射的にゴリガンの言葉を聞き返した。
(私・・・そんなに、頼りないのかな・・・?)
ルミナスは、腕を組んで考え出した。
「レーオ、ちゃ〜んとルミナスを守るのよー?」
面白がって冷やかしの声を浴びせるセレナに、
「う・・・うるさいっ!」
顔を真っ赤にして、食って掛かるレオ。
ルミナスは、腕を組んだまま考え込んで、微動だにしない・・・・・。

「レオよ・・・ちょっと良いか・・・・?」
ひそひそ声とともにゴリガンが見上げてくる。
「何だい、ゴリガン?」
「ルミナス殿のこと、しかと頼むぞ。」
「ああ、わかっているよ。ルミナスを、絶対に危険な目には遭わせない。」
元よりそのつもりで同行を申し出たのだし、セレナにまで釘を刺されたのだから。
「・・・それはもちろんじゃが・・・・・そうではない。」
「・・・・・?」
「ルミナス殿は・・・私達と少し距離を置いて接しておられる。
私達をもう少し信用して・・・気を楽にしてもらいたいのだが・・・
私では、ルミナス殿の心を開くことは出来ぬのじゃ・・・。」
「ゴリガン・・・・・。」
悲しそうに背を丸めて俯くゴリガン。
「ルミナス殿のこと、しかと頼むぞ。」
ゴリガンは同じ言葉を口にした。
「・・・・・わかっている。」




「結構賑わってるわね。」
「そうだな。」
茜色の空は、あっという間に闇の色に染められていく。
ラムハルトは小さな街であるが、宿屋に酒場・道具屋などは整っている。
旅人が一息つく場としては申し分ない。
道具屋では、小さな街にしては意外な程、薬草や毒消し草など
旅に必要なアイテムが充実している。
ルミナスは最初のうち、財布代わりに使っている革袋の中身と相談しながら慎重に買い物を
していたが、最終的には紙袋2つに溢れんばかりのアイテムを買い込んでしまった。
「買う物はこれで全部か?」
「そうね。薬も買ったし、干し肉とパンも買った。・・・こんなもんかな。」
確かに、これだけ有れば十分だな。みんなで手分けして持てばいいんだし。」
重い方の紙袋を両手に抱え、レオが笑顔を見せた。
「・・・ごめんなさい、レオ。思いっきり荷物持ちさせちゃって・・・。」
「気にするなよ。最初からそのつもりだったんだから。」
「・・・・・ありがとう。」
申し訳なさそうな表情をしていたルミナスが、ふんわりと微笑む。
深緋の髪が東風に吹かれてさらさらと微かな音を立てた。
その笑顔に見惚れていたレオが、慌てて視線を逸らした。
ルミナスはとびきりの美人・・・というわけではない。
だが、柔らかく微笑んだ時の表情が綺麗だと、レオは思っている。
普段あまり見せない表情だからこそ、惹かれるのかもしれない。
しかも、その笑顔は自分にだけ向けられたものであることに気付き、
レオの心臓の音が急に早くなった。
「そっ・・・そろそろ、宿屋へ戻ろう。す、すっかり日が暮れてしまったからな。」
「そうね。ゴリガンとセレナが待ちくたびれてるかも。」
「・・・・・・違いない。」
自分で言っておいて、レオはがっくりと肩を落とした。
本当は、時間が遅くなければもう少しこの街を見ておきたい・・・というのは建前で、
ルミナスと2人きりで街を見て回りたい・・・というのが、レオの本音ではあった。
ルミナスの旅に同行するようになってから、2人でゆっくりと話をする機会が無かったので、
買い出しについて行くことを申し出た時は絶好のチャンスだと思ったのだ。
しかし、お世辞にも饒舌とは言えないレオと、元々口数の少ないルミナスとでは、
あまり会話が続かなかった。
一生懸命話しかけるレオに対し、ルミナスはぽつりぽつりと返事を返すのみだった。


ルミナスは自分に対して心を許していない。ゴリガンやセレナに対してもだ。
常に遠慮がちで、何もかも自分で背負い込もうとしている。
だから、出来ることなら、もう少し自分達を頼ってほしい・・・。
そうは思っていても、なかなか口には出せないレオであった。


宿屋に向かってレオが歩き出そうとした時、ルミナスが歩みを止めてある一点に
見入っていることに気が付いた。
彼女の視線の先には、左手側にある道具屋から出てきた夫婦とその子供が、楽しそうに笑っていた。
「ルミナス、どうかし・・・た・・・・?」
声をかけたレオが、一瞬どきりとした。
親子連れを無言で見つめていたルミナスの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちたからだ。




続く。


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