ちいさな願い・3
望まずに得た特別な力は、家族や村人を恐怖に陥れる力。
そして、ルミナスと大切な人々を引き裂いた、忌むべき力。
こんな力なんて持たない昔に、戻れたらいいのに・・・。
叶わぬとわかっていながら、そんなちいさな願いに縋りついて生きてきたような気がする。
何かに耐えるように、声を殺して泣いているルミナスの傍に、レオはずっとついていた。
ルミナスの気持ちが落ち着くまで、その手に自分の手をそっと重ねて。
この小さな手で、これまでたった一人で多くの戦いをくぐり抜けてきたんだろう。
カードを使うたびに、どんな思いに悩まされてきたのか・・・。
やりきれない苦い思いが、レオの心に広がっていた。
火事に出くわしたルミナスとレオは、カードの力で建物に取り残された子供の命を救った。
セプター同士の戦い以外でカードを使うことに激しい抵抗があったルミナスだったが、
人の命を優先するレオに諭され、水属性のクリーチャーを召還し、子供救出に尽力した。
その結果子供を救い出すことが出来、母親や町の人に感謝されたが、ルミナスは逃げるようにその場を離れた。
確かにルミナスは言った。
『こんな力要らない』と。
セプターであることで、ルミナスはこれまで迫害を受けてきたのだろうか・・・?
「・・・ごめんなさい・・・・もう、大丈夫だから・・・。」
広場の噴水に腰を掛け、ぽつりとルミナスが呟いた。
俯いているためその表情ははっきりとはわからないが、きっといつものように困ったような笑顔を見せているのだろう。
「・・・そうか・・・。」
ルミナスの手に添えた自分の手を離すことなく、レオが応えた。
夜の広場は閑散としている。
ただ、噴水から出る水の音がさらさらと響くだけ。
酒場付近から聞こえる陽気な人々の笑い声は、ここからでは微かにしか聞こえない。
「・・・・・何も、聞かないのね。」
「え?」
「・・・私のこと・・・。」
「あ、ああ。・・・話したくないことを無理に聞き出すのは、さすがに・・・。
以前、セレナがルミナスの住んでいた町の話を聞いた時・・・言いたく無さそうにしていたから。」
「・・・そう・・・みんなに気を遣わせちゃったのね、私。」
「そんなことはない。誰だって、話したくないことの一つや二つ、あるだろう?」
「・・・うん・・・。」
レオの手に包まれたルミナスの手に、ぎゅっと力がこもった。
夜の風は、寂しく通り過ぎる。
日中の熱気が嘘のように、冷たいとさえ感じる風。
「ゴリガンに会う・・・少し前、二人のセプターに会ったの。」
ルミナスはぽつりぽつりと言葉を続けた。
「最初は何てお節介な人たちだろう・・・って思ったけど、彼らと話しているうちに、セプターに対する見方が
・・・少しだけ変わった。・・・それまで、セプターって盗賊とか悪い人たちにしか・・・会ったことがなかったから。
・・私自身も、セプターは悪い奴なんだって・・・ずっと思っていたし・・・。
そんな自分がセプターなんて・・・ね。」
自嘲気味に呟く。
「その二人って・・・いうのは?」
彼ら、というルミナスの言葉に、レオは一瞬ぎくりとした。
何故だろう・・・この、苦いような、嫌な感覚は。
無意識に声が裏返ってしまったような気がして、レオはさあっと顔を赤くした。
「そうね・・強いて言えば、セプターの先輩と妹弟子って感じ、かな。
一人は私なんか比べものにならないくらい強くて・・・結構アバウトな性格してる男性で、
もう一人は・・・私と同じ、セプターになったばかりの女の子。」
『男性』
・・・また、さっきの苦い気持ちが蘇ってきた。
一体、この気持ちは何なんだ・・・?
ざわつく心を悟られたくなくて、必死になって何食わぬ顔をしようと試みる。
幸か不幸か、ルミナスはレオの方を向いていない。
「私、さっきレオに『何の力も持たない子供を救えるのは、きっと俺達だけだ』って言われた時に・・・
今まで、忘れていたことを思い出したの。」
「忘れていた・・・こと?」
「・・・うん。その二人と、約束したことを。」
ルミナスはようやく顔を上げ、レオに向き直った。
さんざん泣いたせいで瞳は充血しているし、少し腫れぼったく見える。
しかしその瞳は、悲しみを帯びていなければ、自嘲気味に曇ってもいない。
まるで、暗い闇の中で必死になって一筋の光を探しているような・・・。
「目的もあてもなく、ただふらふら彷徨っていた私に、二人は言ってくれたの。
『この力は人々を守る剣や盾にだってなるから、もう少しだけ頑張ってみないか』・・・って。」
自分に言い聞かせるように、ルミナスは言葉を紡ぐ。
「それまで、私はセプターでいることが嫌で・・・辛いって思っていた。
でも・・・二人に会って、この力が人のためになることもあるって教えてもらったから・・・もう少しだけ頑張ろうって
決めたのに・・・、さっきまで、そんな大事な約束・・・忘れていた・・・。」
「そうだったのか・・・。」
レオは、正体のわからない感情に苛まれた自分を恥じた。
ルミナスは、一人で苦しんで・・・逃げ出したいと考える自分自身と戦ってきたんだ。
そんな彼女に、俺がしてあげられること・・・今はそれが大切じゃないのか・・・?
「私は・・・このまま進んで良いの・・・?」
「ルミナス・・・?」
「今でも、まだカードを使うことが・・・少し、怖い。
でも・・・さっきみたいに、この力で誰かを助けることが出来るなら・・・、
私は、この力を放棄しちゃ・・・いけないのよね・・・。」
真剣な瞳は、まるで救いを求める子供のような光を湛えている。
「ルミナス・・・もし他の誰かが君を非難しようとも・・・、俺は、君の味方だ。
セレナやゴリガンだって、この気持ちはきっと同じだ。君一人で、辛い思いを抱えなくて良いんだ。
ルミナス、君は・・・一人じゃないから。」
「・・・レオ・・・・・?」
「だっ、だから!君は、周りに・・・君自身に、負けないで欲しい。」
「・・・・・・・・。」
「くじけそうになったり、逃げ出したくなった時は、俺を・・・俺達を頼って欲しい。
元々、そのために君の旅についてきたんだから。君が俺の妹の命を救ってくれた時から・・・
ずっと君の役に立ちたいって、思っているから。」
「・・・・・うん・・・。レオ・・・?」
「何だい?」
「・・・・・ありがとう。」
ルミナスの頬を、一筋の光が伝った。
しかし、彼女の表情を満たしたのは悲しみではなかった。
「ルミナス・・・ルミナスーっ!!!」
ようやく宿屋に戻ったルミナスに、セレナが飛びついた。
ルミナスが紙袋を持っているのもお構いなく、だ。
「ルミナス殿ーっ!!!ご無事でーっ!!!」
ゴリガンがセレナの側でぴょんぴょん跳びはねている。
「せ・・・セレナ・・・?ゴリガン・・・・・?」
「もうっ!!!心配したんだから!!何か危険なことに巻き込まれたんじゃないかって・・・捜しに行こうとしたのよ!
でもっ、でも、夜に知らない街を歩くのは危険だってゴリガンに止められちゃって・・・。あぁ・・・無事で良かったぁ・・・。」
瞳に涙をためながら、セレナが一気にまくし立てた。
「・・・セレナ・・・・。ごめんね・・・。」
ルミナスはそっとセレナの髪を撫で、申し訳なさそうに微笑んだ。
その表情をセレナはぽーっと見入っていたが、すぐに我に返った。
「いっ・・・いいよ。だって、ルミナスは何にも悪くないんだから。
それよりもレオッ!?あなたがついていながら、何やっていたのよっ!?」
ルミナスの背中越しに、キッとレオを睨み付ける。
「あ・・・えーと・・・。」
セレナの剣幕に、レオ、一瞬言葉を失う。
「ルミナス・・・大丈夫?怪我してない?変な人に声掛けられなかった?
・・・あれ?・・・ルミナス・・・何か焦げ臭い・・・?」
「あ・・・実はね、帰りに火事に出くわしちゃって・・・。レオと一緒に消火の手伝いをしたから遅くなっちゃったの。」
「ええっ!?火事!?」
「何ですと!?」
セレナとゴリガンは目を丸くする。
さすがにこの宿屋までは、あの喧噪は届かなかったらしい。
「ああ・・・。子供が逃げ遅れていたから、放っておけなくてな。」
「そうだったの・・・。で、で?子供は助けられたのよね?」
「うん・・・。」
ルミナスはふんわりと微笑んだ。これまでは滅多に見せることの無かった、優しい微笑みがそこにあった。
ゴリガンはルミナスの表情に、ひとり納得したように頷いた。
「さっすがはルミナスね!!お疲れ様!!
さあさあ、宿屋のおばさんに食事を取っておいてもらったから、お風呂入ってさっぱりしてきなさいよ。待ってるからね!
レオも!ボーっとしてないで、さっさとする!!」
「セレナ・・・俺にはやけに冷たくないか・・・・?」
「ほら!早く行ってきなさいよ!ルミナスも、ね?」
「うん、わかった。」
「・・・・・・・・。」
ルミナスとレオは、セレナに半ば追い出されるように部屋を後にした。
レオは扉を閉めて、ふとルミナスに視線を移すと、ルミナスは呆然としていた。
「セレナ・・・すごく怒ってる?」
「・・・らしいな。」
「やっぱり・・・ずいぶん心配させちゃったみたいね。」
「あまり気にするなよ。後でちょっと機嫌とっとけばいいさ。」
「そういうものなの・・・?」
「そういうものさ。さあ、急ごうルミナス。これ以上セレナを待たせたら、何言われるかわからないからな。」
「ふふっ・・・そうかもね。」
顔を見合わせて、二人微笑みを交わす。
出来ることなら、この笑顔をいつまでも守っていきたい。
それが、レオのちいさな願い。
おまけ。
「ルミナス・・・少し変わった・・・?」
「そうですな、優しい表情をするようになりましたな。」
「私、ルミナスのあんな嬉しそうな顔、初めて見るかも・・・。」
「わしもですぞ。」
「えっ?ゴリガンもなの!?私やレオよりもルミナスと一緒にいる時間が多かったのに?」
「悲しいことだが、・・・実はそうなのじゃ。」
「そう・・・。きっと、何か良いことがあったのよね?」
「恐らくは・・・。」
セレナとゴリガンは顔を見合わせ、頷き合った。
「ねえねえ、もしかして・・・・・レオと、何かあったんじゃないかしら?」
「な・・・何ですと!?」
「レオには勿体ないけど、ルミナスが幸せになるなら、それも良いかなぁ・・・?」
セレナ、夢見る乙女モード突入。
「・・・・・ま、まぁ、我々は温かく見守りましょう。」
「ええ、そうね!
さ〜て、レオが戻ってきたら根ほり葉ほり聞き出しちゃおうっと。
ルミナスから聞き出すのは、ちょっと可哀想だからね〜。」
「・・・セレナ・・・お主・・・・・・。」
ゴリガンがしょんぼりと項垂れた。
End