受け継ぐもの・1





カザテガ峡谷を出発して3日。
小さな町クレスタに到着した頃には、既にとっぷりと日が暮れていた。



「さて・・・あと交易都市クアンゼと小さな街3つ4つを抜けると、いよいよプロムスデルですぞ。」
使い込まれた地図をテーブルに広げ、ゴリガンが自らの身体で目的地をこんこんと指し示す。
「ふう〜ん・・・まだまだ先なのね・・・。」
千切ったパンをそのままに、セレナが地図を覗き込んだ。
「今のペースでいくと一月はかかるかもしれないな、フィー。」
目の前の食事に手を付けず、ぼんやりと窓の外を眺めていたフィーが、レオの声に向き直る。
「・・・うん・・・そうだね。」
表情にほんの少し疲れが顕れたが、すぐに普段通りの明るい笑顔を覗かせた。


クレスタ唯一の宿屋には、彼らを除いて、客と呼べる人物はほとんどいない。
聖地プロムスデルがジェム教団の手に堕ちていない頃は、巡礼客の足を休める場として程良く栄えていたのであろうが。


「では、このままプロムスデルへ一直線、でよろしいですな?」
テーブルの上から椅子に戻ったゴリガンが、フィーに同意を求める。
「うわー、何か緊張してきたわ〜・・・。」
「別にお前が戦う訳じゃないだろう?」
「そっ、そりゃ、そうだけどっ・・・。」
何かとケンカが尽きないセレナとレオ。
また始まったか・・・とゴリガンが背を丸めて溜息をついたところで、フィーがようやく口を開いた。
「そのこと、なんだけどね・・・。実は、もう一度デュナンへ行こうかと思うんだ・・・。」
「何ですと?」
「何だって!?」
「えぇ??」
三者三様の驚きぶり。
テーブルの上に置いてあるランプの炎が激しく揺れた・・・気がする。
「え?・・・何かまずい・・・かな?」
「当たり前ですぞ!!!」
3人を代表するように、ゴリガンがまくし立てる。
「我々は先を急がねばなりません!この世界をジェミナイという邪悪な者から守らねばなりません!
今更ゼネスに会ってどうするのです!?」
「わかってる。でもね・・・今の私には、まだ力が足りないと思うの。」
「だからって、何でまたあんな奴のいるところへ行かなければならないんだ!?」
デュナンへ戻る事よりも、其処にいる人物が気に入らないらしいレオも、言葉を続ける。
これまでも何度かデュナンに立ち寄っては、そこで待つ放浪神・竜眼のゼネスとフィーは
熾烈な戦いを繰り広げてきた。
ゼネスと旧知の仲(?)であるゴリガンは、彼の好戦的な性格がフィーに悪影響を及ぼす事を恐れている。
フィーに淡い想いを抱いているレオは、当然の事ながらフィーがゼネスに会う事自体、面白くない。
そんな彼らの心情など知らず、フィーはゴリガンとレオの必死の表情を見比べ、首を傾げながら答える。
「・・・一番・・・私が苦しんだ対戦相手だから。」
正確に言えば、フィーにとって一番苦しめられた対戦相手は別にいるのだが、
その者は今どこでどんな旅をしているのか解らない。
きっと今、自分など足元にも及ばないくらいに強くなっているだろう。
しかし、この広いソルタリア世界で、もう一度その者に会う事は不可能に近い。
ゼネスは、一度会ったきりのその者と戦い方がよく似ている。
だからこそ、フィーは常にゼネスに勝ちたいと思っているし、ゼネスと戦う事を楽しみにもしている。
「・・・わかるわぁ。あの人、見た目はカッコ良いけど、戦い方は容赦無いからね。」
頬杖をついて、セレナが千切ったパンを口に放り込む。
彼女だけは、デュナンへ向かう事を猛反対する2人を面白がって見ているようだ。
「セレナ殿、お行儀が悪いですぞ。」
「・・・ごめんなさい。」
ゴリガンに諫められ、軽く舌を出して肩を竦める。
「ゴリガンに会って旅を始めた時、私の手持ちカードは、辛うじてブック一つ組める程度だった。
いろんな人と戦って、ようやくカードの枚数も増えてきたけど・・・プロムスデルで、
あのバルベリトって人と戦うには、まだ心許なくて・・・。」
「そっ、それは・・・・・・。」
「失敗は、許されないんでしょ?だったら・・・私も、後悔しないようにきちんと準備したい。
今のままでは・・・不安があるうちは、先には進めないよ。」
その瞳には、有無を言わせぬ強い輝きがあった。
「フィー殿・・・・・。」
「お願い、ゴリガン・・・。我が儘だって解っているけど・・・。」
フィーに頭を下げられては、ゴリガンはしおしおと項垂れるしかない。


旅の始まりは、ささやかな好奇心と未知の世界への憧れが心を占めていた。

そして・・・。
宇宙の滅亡を救ってくれと、目の前のアーティファクトが助けを求めた。
『聖地プロムスデルへ来い』と、邪悪な教団の創設者が高らかに笑った。
世界を滅亡に導く者に負けないで欲しいと、誇り高き一族を束ねる者が願った。

旅が進むにつれ、次第にその小さな双肩には抱えきれないくらいの期待と願い、
そして欲望といった様々な思惑がのし掛かってきた。
その事に、これまで不平や不満の一つも零さず、持ち前の明るく前向きな性格で乗り切ってきたフィーだったが、
プロムスデルに近づくにつれ、心の片隅に押しとどめた不安が徐々に広がってきた。

今の自分の実力で、本当にジェミナイを止められるのか。
本当に、皆が言うような世界を救うセプターになれるのか、・・・と。


「・・・わかりました。明日、デュナンへ向かいましょう。」
ゴリガンの言葉に、ぱあっとフィーの表情が晴れる。
「ありがとう・・・ゴリガン。」
「こうなったら、フィー殿の気の済むようにしてくだされ。ジェミナイの野望を阻止するために、
フィー殿には頑張ってもらわねばならぬのですからな。レオも、セレナ殿も良いですな。」
「・・・・・仕方ない。」
吐き捨てるように、ぼそりとレオが呟く。
「ほーら、レオ。そんな顔しないの。フィーに嫌われちゃうわよ〜?」
「・・・う、うるさいっ!!」
冷やかしの言葉を浴びせるセレナに、噛み付かんばかりに怒りを顕わにする。
「さあ、ごはん食べちゃおう。明日は早いからね。」
にこにこと、いつもの明るい笑顔でフィーはみんなを促す。
心に広がる不安は、片時も見せずに。


月明かりが降り注ぐ部屋。
ランプの明かりを付けずに、窓から射し込む月の光だけを頼りに、
ベッドに腰を掛けたフィーがブックに組み込むカードを選んでいる。
明日、戦うであろうゼネスに対抗するブック、である。
「・・・・・ふうっ、こんなもんかな・・・。」
散らかしたカードを一枚ずつ拾い集める。
隣のベッドでは、既にセレナが心地良い眠りの世界に入っている。
その様子が一瞬視界に入り、ふっと笑みを零すが、すぐに目の前のブックに視線を戻す。
「・・・明日も、ゼネスさんに、勝つ。」
自分に言い聞かせるように、ぽつりと呟いた。


『俺の持つ力を授けよう』

両手では数え切れないくらい、対戦した相手。
幾度と無く負けそうになりながらも、これまでは何とか勝ちを得る事ができたが、明日の勝負はわからない。
それでも、勝ちたいという思いを捨てたことは、一度も無い。
ゼネスと対戦している時だけは、己に課せられた使命の重さを忘れる事ができる。
仲間やこれまで出会った人々の期待を、忘れる事ができる。


「・・・もしかして、私、ゼネスさんに頼っている・・・のかな・・・?」
窓の外に広がる、月明かりに照らされた街をぼんやりと眺めながら、
左目が人のそれと異なる男の姿を思い描いた。



翌朝。

宿屋を後にした一行は、街中でカルドセプトの力を解放する事を憚り、クレスタの町外れへ進んだ。
「さて・・・と。グリフォンとリコール、どっちが良い?」
フィーが2枚のカードを差し出した。
その顔に、やや疲労の色が見られる。
「フィー?どうしたの?」
「え・・・?」
「ちょっと、顔色悪そうだけど?」
心配そうに、セレナが顔を覗き込む。
「そうかな・・・。昨日なかなか寝付けなかったから、寝不足なんだと思う。」
「・・・そう・・・?あまり、無理しちゃダメよ。」
「うん、ありがと、セレナ。」
1歳年上という事で、セレナはフィーを妹のように思っているらしい。
時折、かいがいしくフィーの世話を焼くことがある。

ワイバーン程ではないが、優れた飛行能力を有するクリーチャー・グリフォン。
その背に複数の人間を乗せる事が可能だ。
セプター同士の対戦では、敵味方問わず戦いのスタート地点である城へ強制的に移動させる
スペルカード・リコール。
戦い以外で何度か使用してみたが、いずれもゴリガンと初めて出会った地デュナンへ飛ばされた。
・・・というわけで、デュナンへ向かう手段は2つ。
「・・・・・・クリーチャーは、勘弁してくだされ。」
ゴリガンが眉を八の字に垂らす。
「えー?!どうして?
空を飛んでるー!って、実感できて楽しいじゃない?!」
「私は生きた心地がしませんぞ!!」
「そうかなー?」
・・・セレナとゴリガンの意見は真っ二つだ・・・。
「・・・レオは?」
「・・・俺は、どっちでもいい。」
ふいっと、視線を逸らす。
「もー、まだすねているの?レ・オ?」
「すねてなどいない!!」
「・・・・・しょうがないなぁ。じゃ、・・・私が決めるね?」
フィーが3人の前に突きつけたのは、リコールのカード。



腕を組んで木に寄り掛かっていた男が、セプターの気配を感じて顔を上げる。
「・・・来たか。」
人懐こい笑顔を見せるかと思えば、戦いの時には勝ち気な性格を垣間見せるセプター。
この世界の覇者たる資格を持つ少女の笑顔が頭を過ぎり、ふっ、と笑みを零す。



一陣の風と共に、フィー達がデュナンの町外れに姿を現した。
「ふう・・・やっぱりリコールの方が楽ですじゃ。」
ぴょん、と軽くジャンプするゴリガン。
「・・・・・ふうっ。」
リコールのカードをブックに戻したフィーが、肩で息をする。
カード1枚の能力を駆使した・・・にしては、疲労が色濃く顕れている。
「あ・・・、フィー、来てるよあの人。」
セレナの指し示す方向。
紫紺のマントに身を包んだ男がこちらを見下ろしている。
「じゃあ、みんなはここで待っていて・・・・・。」
3人に背を向けかけたその時。
「・・・フィー!?どうしたんだ、どこか具合でも悪いのか?」
「・・・え・・・?」
レオに腕を掴まれ、動きが止まる。
「さっきより、疲れてるみたいよ。・・・大丈夫!?」
「フィー殿?顔色が優れぬようですが・・・・・?」
仲間が口々に同じような事を話すのを、フィーは意識の片隅でぼーっと聞いていた。
「大丈夫・・・ちょっと、寝不足なだけだから・・・。」
自分の声さえも、遙か遠くから聞こえてくるようだ。
レオの手を戻そうとする自分の手に、力が入らない・・・。


ここで止まっちゃいけない。
私は、もっと強くならなくては、いけないから。
早く行かなくちゃ、ゼネスさんの気が変わって帰ってしまうかも・・・・・。


仲間の声を背に、鉛のように重たく感じる足を引きずるようにして歩く。
自分の側に、目指す相手がいる事にも気付かず。


いつもなら颯爽と駆け寄ってくる筈のフィーが、仲間に引き留められているのか、
なかなかこちらへやって来ようとしない。
痺れを切らしたゼネスが、彼らの中へ割って入った。
「・・・おい!?どうした・・・・・?」
睨み付けるように見下ろした先には、血の気が引いたような青白い顔。
日だまりのように温かい笑顔は、そこには無かった。
「・・・あ、こんにちは・・・ゼネスさん。
今日も・・・勝負・・・し・・て・・・・・。」


言葉は、それ以上続かなかった。


糸が切れるように崩れ落ちる小さな身体を辛うじて支えるが、
既に腕の中の少女は意識を手放してしまっている。




続く。


back | next | template by vel