受け継ぐもの・2
「見てみろよ、フィー。あれが、ローウェン様が話していた、カルドセプトってヤツだぜ!」
「うわ・・・あれが『カルドセプト』なんだぁ・・・。」
礼拝堂の壁に、仰々しく額縁に収められている1枚のカルドセプト。
2人の子供が、それを好奇と憧憬の眼差しで見上げている。
小さな村マエストレウスにある古い神殿。
ローウェン神父が取り仕切るその神殿には、2人の修道女と2人の子供が生活を共にしていた。
子供は、どちらも赤ん坊の頃に神殿の前に捨てられていた。
ひとりは、漆黒の髪とブラウンの瞳の少年アーヴァイン。
もうひとりは、ライトブラウンの髪とリーフグリーンの瞳を持つ少女フィー。
アーヴァインがローウェン神父に拾われてからほんの数ヶ月の後に、
フィーが神殿に捨てられているのが発見された。
当然ながら2人とも、両親の顔も名前も知らない。
しかし、そんな事は2人にとっては大した問題ではない。
ローウェン神父もリセル・マルチナの両修道女も、2人の子供に厳しくも温かい心で接し、
子供達にとっては彼らが親同然なのである。
だからアーヴァインもフィーも、自分を生んでくれた親がいない事・知らない事に対し、
別段寂しいとも悲しいとも思わなかった。
2人の子供は聖職者として育てられているわけではなく、普通の子供と何ら変わりない生活を送ってきた。
まるで、仲の良い本当の兄妹のように。
「わぁ・・・真っ赤だね・・・。ねえねえ兄さん、何が描かれてあるのかなぁ?」
「見てみようぜ?」
「でも・・・ローウェン様に怒られないかな・・・?」
「大丈夫だよ、見るだけだからさ。すぐに元に戻しておけば、バレやしないって。」
「・・・うん・・・そうだね。」
椅子を踏み台にして、アーヴァインが額縁を壁から取り外す。
紅蓮の炎の中に立つ紅の恐竜が描かれている。
「うわ・・・綺麗だね。」
「ああ。・・・ちょっと触ってみようか?」
「・・・・・・うん・・・兄さん、私も触ってみたい・・・。」
神父ローウェンに叱られる事への恐れよりも、子供の旺盛な好奇心が勝るのは仕方の無い事であろう。
この時、フィーの中に眠っていたセプター能力は、開花する事となる・・・・・。
目が覚めると、見覚えのあるような天井が視界に入る。
しかし、その天井がぐるぐる回っているような、歪んでいるような・・・。
「・・・あ、あれ・・・・・?」
自分の声ではないような、掠れた音がする。
「・・・フィー?大丈夫・・・?」
「フィー!?気がついたのか!?」
「フィー殿!!!」
「え・・・えっと・・・あれ?」
世界がまだぐるぐる回っているような気がする。
起き上がりたくても、身体が鉛のように重くていうことをきかない。
ベッドに横たわるフィーを囲むように、セレナ・レオ・ゴリガンが心配そうに様子を窺っている。
竜の瞳を持つ男は、この部屋にはいなかった。
わかっている事とはいえ、少し残念だな・・・とフィーはぼんやり思った。
「私・・・・どうしたんだっけ?」
「デュナンに着いてすぐ、倒れちゃったのよ。
宿屋に運んでお医者様に来てもらって、・・・もう大変だったのよ?」
労るような響きを持つ声で、セレナが簡単に説明する。
「丸1日、寝込んでおったのですぞ。」
「えっ・・・本当に!?」
「ああ・・だが、目が覚めて良かった・・・。」
窓から射し込む太陽の光で、大凡の時刻は把握できた。
「・・・みんな・・・ごめんなさい。我が儘言ってデュナンまで来たのに、倒れたりして迷惑かけちゃって・・・。」
申し訳なさそうに、フィーが目を伏せる。
こんなになるまで、自分の身体が弱っているとは思わなかった。
自分でもよくわからないうちに無理をしていたんだと、こうなってしまってようやく思い知るとは・・・。
「いいよ、そんなこと。今は何も考えないで、早く元気になる事だけを考えてね。」
セレナはそっとフィーの髪を撫でる。
ライトブラウンの髪が一房、ぱさり・・・と乾いた音を立てて枕に流れる。
「フィー、お腹空いてない?何か・・・食べられそう?」
「ん・・・あまり・・・食べたくない・・・。」
「そう・・・?でもスープ位はお腹に入れておいた方が良いわよ。
食べるもの食べなくちゃ、いつまで経っても元気にはならないからね?」
努めて明るく、セレナが話しかける。
「・・・・・わかった・・・ちょっとだけ、食べる・・・。」
「じゃあ、食堂のおばさんに作ってもらうようにお願いするから。無理して起き上がったりしちゃダメよ?」
「・・・うん。ありがと、セレナ。」
「どういたしまして。さあさあ、レオもゴリガンも出て行く出て行く!」
「な・・・何故だ!?」
「何故わしまで出て行かねばならんのです!?」
「当たり前じゃない!?フィーはまだ目が覚めたばかりなんだから、あれこれ話しかけて疲れさせちゃダメよ!」
納得のいかない表情を貼り付かせているレオとゴリガンを無理矢理部屋から追い出し、
セレナも後に続こうとしたが、何かを思い出したようにフィーに向き直る。
「そうそう、あの人・・・ゼネスさんに会ったら、ちゃんとお礼言っておくのよ?」
「・・・・・・・・・??」
「あの人が、あなたをここまで運んでくれたんだからね。」
軽くウィンクして、セレナがひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
頭上に幾つもの?マークを浮かべたように首を傾げるフィーを残して。
「・・・・・・そうだったんだ・・・・・。」
セレナの言葉が頭の中でぐるぐる回り始めたが、弱り切った身体は再び眠りを求め始め、
フィーはゆっくりと瞳を閉じた。
「何故、フィー殿のお側にいてはならぬのか!?」
「そうだ!俺達に何かできる事があるかもしれないじゃないか!?」
宿屋の食堂にスープを頼むため歩き出したセレナを追いかけながらゴリガンとレオが詰め寄るが、
セレナは歩みを止めてキッと2人を睨み返した。
「もうっ!2人ともわかってない!!お医者様に言われた事を忘れたの!?」
「「そ・・・それは・・・・・。」」
「過労・寝不足に加えて貧血!今のフィーには、休養が必要なのよ!
私達が側にいたら、かえって気を遣わせてしまうだけでしょう?!!」
言い淀む2人を放っておいて、セレナは階段を下りていく。
「おばさーん、スープ1人分作ってくださーい!!病人用の、栄養のあるものをねー!」
厨房で忙しく立ち回る中年の女性に声をかけ、自分もテーブルの一角に陣取る。
レオとゴリガンも後に続く。
「それにしても・・・いつも明るいフィー殿があんな事に・・・。」
悄然と項垂れたゴリガンがぼそぼそと呟いた。
「フィーの状態に気付いてあげられなかったとは・・・。」
拳を固め、悔しそうにレオが俯く。
「とにかく、今はフィーの回復を待ちましょ。全てはそれからだわ。」
再び厨房に視線を移し、セレナはそっと溜息を零した。
「この力は、人を救う事も滅ぼす事も出来るもの。
決して、間違った使い方をしちゃいけないよ?」
「はいっ、ローウェン様!」
そう・・・あの頃はまだ、純粋な好奇心だけが私を動かしていた。
ローウェン様から譲り受けた神殿の宝物・・・カルドセプトをポケットに収めて。
あの頃は全く使う事ができなかったカードも、時と共に使いこなす事ができるようになった。
・・・ただ1枚を除いては・・・・・。
いつから、私の旅が変わったんだろう・・・?
「私が倒されるような事になったら、世界は滅亡してしまいます!どうか・・・!!」
ゴメンね・・・ゴリガン。私、最初はその話あまり信じていなかった。
それに、旅を続けるうちに私より適任の人に会えるだろうと考えていたから。
ゴリガンは私の事をずいぶん過大評価してくれてるけど、そこまで言ってもらえる程の実力は
私には無いんだよ・・・・・?
「私の話を聞きたくば、プロムスデルへ来る事だ。」
あの人が・・・全ての元凶、なんだろうか?
威圧的で傲慢で・・・・・少し怖い。
セプターとしての能力も、相当高そうだ。
あの人と戦う事になっても、今の私では・・・きっと勝てない。
「世界を破滅からお救いください・・・・・。」
最初は、私の事を『世界を滅ぼすセプター』だと思ったらしい。
誤解が解けてホッとしたけど、そのかわり多くの人々の期待を寄せられてしまった。
私は、それに応えられる器は持っていないのに・・・・・。
「・・・私が倒されるような事になったら・・・・!!」
「・・・私の話を聞きたくば・・・・・・・・・・・。」
「・・・世界を破滅から・・・・・・・・・・・・・。」
繰り返し、同じ言葉がぐるぐる巡る。
そんな・・・私は・・・今の私には、そんな力は無い・・・。
「・・・・・う・・・・・。」
最初に目に飛び込んできたのは、明るい時間帯に見たものと同じ天井。
・・・既に窓から夕日が射し込む時間帯となっている。
胸につかえているモヤモヤを吐き出すように、ゆっくりと息を吐いた。
依然として身体に力が入らず、腕一本動かすのも辛い。
ふと、扉の外から話し声が聞こえてくるのに気付き、視線だけ扉の方へ向けた。
「・・・そろそろ・・・目を覚ましてると思うわ・・・。」
「・・・だから、・・・何故俺が・・・・・。」
「・・・そんな細かい事気にしなくても良いじゃない・・・。」
「・・・?」
扉に遮られて良くは聞き取れないが、どちらも聞き覚えのある声だった。
1人はセレナ。もう1人は・・・・・。
コン、コン。
・・・・・思考はノックに遮られた。
「フィー?入るわよ〜。」
控えめな声とともにセレナが姿を現す。
その背後には、鋭い竜の瞳を持つ男の姿が。
「あ・・・良かった。起きていたのね。ゼネスさんが様子見に来てくれたわよ。
それから、スープ持ってきたけど・・・どう?そろそろ食べられそう?」
「・・・・・・・・・・・うん。」
セレナの手を借り、ベッドから上体を起こす。
世界がぐるぐる回っているような感覚に、再び見舞われる。
「・・・・・う・・・。」
緩慢な動作で頭を押さえる。
「・・・辛いのか?」
それまで沈黙を守ってきた男の、いつも通りの無愛想とも言える口調。
「だ・・・大丈夫、です。・・・ちょっと、目眩がしただけで・・・。」
無理に笑ってみせるが、その表情は痛々しい。
セレナからスープで満たされた器を受け取り、ゆっくりとスプーンを動かす。
正直、味がよくわからない。
機械的な動作でスープを喉に流し込む。
・・・結局、半分くらいスープを残してしまった。
「ゴメンね・・・セレナ。」
「いいのよ、これだけ食べられただけでも上出来だわ。
明日になったらもう少し食べられるようになるわよ。ね?」
「・・・うん。」
「よしよし。」
セレナはにこにこと笑い、優しくフィーの髪を撫でる。
「じゃあ、私は下の階にいるから。何かあったらこの人に言うのよ?」
ゼネスを指差した後、セレナはスープの器を下げた。
「・・・・・俺は雑用係か・・・?」
「気にしない気にしない。じゃあフィーの事、くれぐれもよろしくお願いしますね〜。」
鋭く睨み付けてくる視線も何のその、セレナは含み笑いと共に部屋を出て行った。
「・・・くそっ・・・あの女・・・。」
「・・・どうか、しましたか?」
「何でもない。」
憮然たる表情を貼り付かせたまま、ゼネスは側にあった椅子にどっかと腰を下ろす。
体調が万全ではないフィーは、2人の会話がほとんど耳に入らなかったと見える。
不思議そうな表情で見つめるばかりだ。
「それよりも、横にならなくて良いのか?」
「え?・・・あ、そうですね・・・。」
今度は、ゼネスの手を借りてベッドに横たわる。
小さな身体は、倒れた時よりも一段と軽くなったような気がする。
一瞬ゼネスはぎくりとしたが、すぐにその表情を胸の中へ仕舞い込んだ。
「・・・・・・すみません・・・。」
「・・・なっ、何だ・・・?」
自分の声が裏返った・・・ような気がするのは幻聴か・・・?
「えっと・・・勝負してもらおうと思っていたのに、こんな事になってしまって・・・。」
「・・・・・そんな事は気にするな。それよりも、まずは休め。」
「・・・それに、ここまで・・・運んでくださったんですよね・・・?」
「・・・聞いたのか?」
「はい・・・セレナが教えてくれました・・・。」
「・・・全く・・・あのおしゃべりが・・・。」
「・・・・・?」
「いや、何でもない。」
先程の含み笑いが脳裏を掠め、忌々しげに舌打ちするゼネスを、
フィーは頭上に幾つもの?マークを浮かべたような表情で見つめた。
続く。