受け継ぐもの・3





夕暮れを告げる茜色の光が翳りを帯び、徐々に夜の闇に覆われていく。



サイドテーブルの隅にぽつんと置かれてあるランプに火を灯すと、
再び温かな光が部屋を包み込む。


「少し、休むか?」
「え・・・で、でも・・・。」
みるみるフィーの表情が不安を帯びていく。
部屋に1人取り残されると思ったのか、それとも眠る事自体を恐れているのか、
その表情からは判断ができない。
「心配するな・・・ここにいる。」
咄嗟に口をついて出た言葉に、言った本人が目に見えて動揺した。
自分は、今何と言った!?
「・・・・・?」
ぼんやりと見上げてくるリーフグリーンの瞳にぶつかり、慌てて視線を逸らす。
「・・・あ、あの女に釘を刺されてるからな。」
「・・・ふふっ・・・。」
あの時、2人が何を話しているかはほとんど聞き取れなかったが、
俄に会話の内容が想像できたのか、フィーは疲労しきっている顔にほんの少し笑みを湛えた。
「・・・・・笑うな。」
「ふふ・・・すみません・・・。じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっと休ませてもらいますね・・・。」
不機嫌そうに外方を向くゼネスに笑いかけると、ゆっくりと瞳を閉じる。





フィーの身に何が起こっているのかは、容易に想像できる。
恐らくは、「周囲の期待」という抗いきれないプレッシャーと戦っている最中なのだろう。
限られた能力を有するセプターが通る、避けられぬ道。
・・・・・・・・・・・・・もちろん、ごく一部に例外はあるが・・・。


戦乱の世を鎮めるため、世界を破滅させようと目論む者を止めるため・・・。
そういった目的を持ち立ち上がる者を、誰もが賞賛し、多くの期待を寄せる。
英雄扱いされることだって珍しくない。

ここでその重圧を跳ね返し、神の力を勝ち得る者。
重圧に耐えきれずにずるずると自滅する者。
重圧なぞどこ吹く風・・・とばかりに、己のペースを貫き通す者。
彼らの辿る道は様々だ。

ゼネスも、これまで多くのセプターを見てきた。
彼らがどの道を進むかまでは無論見届けてなどいない。
後に嫌でも「風の噂」で耳に入ってくるからだ。
もっとも、勝負さえできればゼネスにとってはどうでも良い事ではあったのだが・・・。


フィーは果たしてどの道を歩むことになるのか・・・。
それだけは、この目で見届けたい。


初めて会った時は、年齢の割に幼いという印象があった。
ふんわりと柔らかい笑みを浮かべる反面、対戦時には負けん気の強さが全面に顕れる。
・・・戦い方が、少しだけあの男に似ている。
自分が生涯のライバルと認めた男に・・・。
フィーはセプター能力に目覚めて日が浅いからか凡ミスが多い。
しかし、ここぞという時の「引きの強さ」は、確かにあの男を思い起こさせる。
新世界を制する者の力量を試す役割を得てから、これまで数え切れないくらい多くのセプターと戦ってきたが、
己に眠る戦いを求める血が言いようのない歓喜に満たされるのは、今は神となったライバルと、
目の前で眠る少女だけだった。
だからこそ、対戦経験の浅いこのセプターに、自分の持つ力を授けようと決心した。
相変わらずミスは多いが、それでも確実に強くなっていく姿は頼もしい限りだ。

しかし、今は・・・様々なプレッシャーを跳ね返そうともがき苦しんでいるのだろう。


毛布から覗く白く小さな手に触れようとしたが、慌てて自分の手を引っ込める。


「・・・ふん・・・本当に、どうかしている・・・・・。」


静かに眠るフィーから視線を逸らすと、サイドテーブルに置かれているブックに目が留まった。

「全く・・・不用心だな・・・・・。」
呆れるように呟き、ブックに手を伸ばす。
恐らく、フィーはこのブックで自分に勝負を挑むつもりだったのだろう。
彼女の事だ。僅かな逡巡の後、スパッと50枚を選んだに違いない。
その様子を想像し、ふ・・・と笑みを零す。
ゼネスはブックの束を解きかけて、止めた。
一瞬、今回はどのようなブックを組んだのか興味をそそられたが、
戦う前に相手のブックを盗み見るのは、当然ながらルール違反である。
ルール以前に、人としてやってはいけない行為と言われたらそれまでだが・・・。


ブックをサイドテーブルに戻しかけた時。

「・・・・・・う・・・・・う・・・っ。」

苦しそうに呻く声が耳に突き刺さる。
慌てて視線を戻し、さっと血の気が引いた。
悪い夢でも見て魘されているのだろうか・・・・・?

依然として、フィーの顔色は良くない。


一介のセプターならば、世界を救うなどという重責を背負う事は無い。
しかし、偶然か必然か・・・フィーはゴリガンと出会い、その腕を見込まれてしまった。
彼女の旅は、他の者には想像もできないくらい厳しく険しいものとなっただろう。
それでも、周囲には決して弱音を吐かずにここまで歩んできたであろうに。


毛布を掴むフィーの手に、そっと自分の手を重ねる。
何故、そうしたのかは自分でもわからない。
「・・・・・お前は・・・。」
低く呟いた言葉は闇に紛れ、投げかけた相手には届かない。
「・・・お前は、ここで諦めるつもりなのか・・・?」

その答えは、返ってこなかった。






穏やかな日差しが窓から降り注ぐ。
窓から覗くのは、憎らしいほど清々しい青の空。


「フィー?起きてる・・・?」
控えめなノックと共に、セレナがひょっこりと顔を覗かせる。
「まだだ。」
返ってきたのは、別の者の声。
「あ・・・おはようございまーす。ずっと、側についててくれたんですね。
ありがとうございまーす。」
「・・・ふん・・・。」
にこにことセレナが応える。
何か言いたげな表情が気に障ったのか、ゼネスはふいっと視線を逸らした。
スープで満たされた器をサイドテーブルに置き、セレナはそっとフィーの頬に触れる。
「ん〜・・・少し、顔色が良くなったみたいね。
あと2・3日休んでいれば完全に回復するかも。」
うんうん、と満足そうに頷きながら、窓際に歩み寄り外を眺める。
窓の外から、鳥の囀りが聞こえてくる。
「あのー・・・・・。」
室内に視線を戻したセレナが、話しにくそうにもじもじしている。
「・・・何だ?」
跳ね返ってくるのは、不機嫌そうな声。
「フィーの体調が戻るまで・・・側にいてあげてください。お願いします。」
姿勢を正し、深く頭を下げる。
「私達じゃダメなんです。あの子・・・私達の前じゃ気を遣って、絶対に弱いところ見せないから。
でも、・・・あなただったらフィーも懐いているし、大人しく言うこと聞いてくれると思うんです・・・。
あなたも・・・きっと色々とお忙しいでしょうけど・・・!」
明朗快活な彼女の声が、ほんの少し悲しみに染まっている。
「・・・・・。」
「・・・ダメ・・・ですか・・・?」
返事が返ってこないので、セレナは恐る恐る顔を上げる。
「・・・・・・・仕方ない・・・・・。」
しばらくは無言を貫いた男が、外方を向いたままぼそっと返してきた言葉に、
セレナはぱあっと瞳を輝かせる。
「あ、ありがとうございます!フィーも、きっと喜びますよ!!」
「しっ!声がでかい!」
「え・・・あ・・・?」
慌てて口許を押さえて振り返るが、既に遅し。
寝ぼけ眼で見上げてくる瞳とぶつかった。
「・・・おはよう・・・ございま・・・す・・・?」
「ゴメン・・・起こしちゃったわね・・・。」
「??」
きょとんとした表情のフィーに、セレナは優しく微笑みかける。
「おはよう、フィー。」


具だくさんの野菜スープを、フィーは半分以上食べた。
少しずつではあるが、表情にも明るさが戻ってきたようだ。

「じゃあね、フィー。今日一日、大人しくしているのよ。
気分が良くなってきたからといって、無理しちゃダメだからね?」
「うん・・・わかってる。」
「じゃあゼネスさん、フィーのことお願いします。」
スープの器を下げ、セレナが部屋を後にする。


「セレナって、お姉さんみたい・・・。」
ぽつりと呟いた声に向き直ると、フィーは柔らかな笑みを湛えている。
「私にお姉さんがいたら、きっとセレナみたいなのかなぁ・・・?
朗らかで優しくて、しっかりしてて・・・。」
「口やかましい、か・・・。」
「そういうところも、お姉さんらしいと思いませんか?」
「・・・コメントは控えさせてもらう・・・。」
「??」
「・・・いいから、休んでろ。」
「え〜!?もう大人しく寝ているの飽きちゃいました・・・。」
「あの女と約束しただろうが・・・。」
「・・・・・ぬう・・・・・。」
ぷうっと頬を膨らませて拗ねる姿は本当にまだまだ子供だ。
つい笑みが零れる。
「うわっ・・・ひどいですよゼネスさん・・・。」
「まあ、そう拗ねるな。」
「知りません!」
ふいっと視線を逸らすが、またしても目眩に襲われて額を押さえる。
「・・・わかったろう?今日は大人しくしているんだ。」
「・・・はぁい・・・・・。」
渋々といった感じでベッドに横たわる。
「・・・外に、出たいなぁ・・・・・。」
名残惜しそうに呟く声に、ゼネスは苦笑いで返した。




続く・・・。


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