受け継ぐもの・4





「全く・・・あれ程手を触れるなと言っておいたのに・・・。」
「ごめんなさい、ローウェン様。」
「・・・ごめんなさい。」

礼拝堂の窓から、夕日が射し込む。
ひんやりとした木製の床に正座させられているのは、2人の子供。
夜の闇を映し出したかのような漆黒の髪を持つ少年は、足の痺れを堪えながらただひたすら俯いている。
その隣に同じように正座している少女は、明るいブラウンの髪が頬にかかるのも構わずに、
目の前にいる人物の怒りが治まりますように・・・と、心の中で祈り続ける。
その真正面に立つローウェンと呼ばれた耆徳の男は、腕を組み無表情で子供達を見下ろしているが。

「まあ、とにかく。」
子供達の前に屈み込み、ローウェンは皺の寄った大きな手を伸ばす。
ゲンコツが飛んでくるのかと思った子供達は一瞬びくりと身を震わせたが、
大きな手は慈しむように子供達の頭を撫で、穏やかに笑った。
「2人とも怪我が無くて、良かった。」
「・・・ローウェン様?」
「あ、ありがとうございます。」
頭上の温もりに2人の子供もホッとしたような表情になる。
「それにしても、まさかフィーがセプターだったとは・・・。」
その呟きにどのような心情が籠もっていたかなど、子供達には知る由もなかった。
「「セプター?」」
子供達は、ほぼ同時にローウェンを見上げる。
ローウェン神父はまっすぐにフィーを見据えていたが、ふと視線を外して懐かしむように言葉を続けた。
その声には、僅かながら寂寥の感が滲んでいるようにフィーには感じられた。
「もしかしたら、フィーはあの方以上のセプターになるかもしれないな。」
ローウェン神父は見上げてくる子供達を促し、礼拝堂を後にした。

そして、25年前の出来事を子供達に語るのだった。



「じゃあ、その世界は・・・?」
「知らん。噂では、既にグランエルディスの世界は荒廃しきっているらしい。
カルドラも主神エリオスの処遇をいかにするべきか、頭を痛めているらしいがな。」
「・・・そうですか・・・。」
「神となったところで、その後の道を誤れば世界は廃れる。
グランエルディスからは、まだ覇者たるセプターは現れていない。
近いうちに世界の変革を望むセプターが現れなければ・・・。」
「グランエルディスは滅びるんですか?」
「恐らくな。カルドラが手を下すこともあり得る。」
「・・・そんな・・・。」
天井を見上げていたフィーは、悄然と目を伏せた。


退屈だ・外に出たいと言って布団の中で暴れ出しかねないフィーに、
ゼネスは他の世界の話を語って聞かせた。
幸い、好奇心旺盛なフィーは話に飛びついた。

ゼネスの故郷でもある始まりの世界リュエードに次ぐ古い世界の話。
リュエードの覇者となったセプターであり、ゼネスにとっては宿命のライバルでもある青年、
ネイティオの治める世界・ネイビス。
森の緑と、海と空の青が美しい世界。
その居城が天空ではなく海の果てにあると言うことに、フィーは瞳を輝かせた。
そして、リュエード時代から続く、ゼネスとネイティオの戦い。
もっとも、今では敵対しているわけではなく、腐れ縁の悪友親友・・・と言ったところであろうが。
ゼネスは未だ彼に一勝もできないことで、ライバル意識は昔より強まっている。
遙か昔から続く2人の対戦話を、フィーは羨ましそうに聞いていた。


「宿命のライバル」の話を一通り終えたゼネスは、一転、傾きかけた世界グランエルディスの話を始めた。
体調が思わしくない上に多くのプレッシャーに押しつぶされそうな今のフィーにこの話は酷かとも考えたが、
ソルタリアの覇者として神の力を得ることになれば、グランエルディスの話は他人事とは言えなくなる。
神の力を誤った方向に使わないとは、誰にも言い切れないのだ。
ならば今のうちに、グランエルディスの話を警告として受け取ってもらえれば良い。


「神の力を手に入れるということは、そのことに対して責任も生じる。
それを肝に銘ずるか重荷と感じるかは、そいつ次第だ。・・・もっとも。」
ゼネスの声に、恐る恐る瞳を上げる。
「今のお前は、それ以上に大きな問題を抱えているようだがな。」
びくり、と肩を震わせる。
「え・・・えっと・・・何のこと、ですか?」
僅かに、フィーの声が上擦る。
「とぼけても無駄だ。他の連中は気付いていないようだが、この俺の目は誤魔化せんぞ。」
「・・・ぬう・・・。」
ベッドに横たわっていなければ、きっと困った顔でがっくりと肩を落としているであろう。
毛布を鼻の辺りまで引き上げ、視線を泳がせる。


しばらく、静寂が部屋を包む。
ゼネスは珍しく、辛抱強くフィーの言葉を待った。


「・・・私は・・・。」
ようやく紡がれた言葉は、普段の彼女からは想像もつかないくらい、か弱く頼り無い声音を伴っている。
途切れた言葉の続きをじっと待つと、ためらいながらも口を開きかける。


その時。


コンコン。

「フィー?ちょっと入って良いかしら?」

「あ、はーい。どうぞ。」
「・・・・・。」
これからが大事な話だというのに・・・全くあの女は・・・。
がしがしと髪をかき上げ、ゼネスはこっそりと溜め息を零す。

セレナが果物籠を抱えて姿を現す。
その背後には、待ちきれないといった表情のゴリガンとレオの姿も。

ゼネスはセレナのために席を空け、開け放った窓の窓台に腰を下ろす。
セレナはすみません・・・と会釈し、果物籠をフィーの前に差し出す。
オレンジ・野いちご・リンゴ・・・。暖色系の果物が溢れんばかりに積み上げられている。
「はい、これ! 宿屋のおばさんが果物を分けてくれたのよ。
『これ食べて元気出しなさい!』ってね。せっかくだからみんなで食べましょ。
ちょっとうるさくなるけど・・・ね?」
「うるさいとは何事じゃ!」
「そうだ!大体、何で俺達がいつまでもフィーに面会できないん・・・・・」
「あー。はいはい。悪かったわね。」
まくし立てるゴリガンとレオを適当にあしらい、セレナはフィーに向き直る。
「ゴメンね〜フィー。本当にうるさくて。」
「ううん、私は大丈夫。
それよりも、ゴリガン、レオ・・・心配かけてごめんなさい。」
セレナの手を借りて上体を起こしたフィーが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「何をおっしゃいますか。フィー殿が元通り元気になれば、それで良いのですぞ。」
「そうだぞ、フィー。だから今は焦らずにゆっくりと休んでくれ。」
「・・・うん・・・ありがとう。」
昨日より、幾分フィーの表情が明るい。
穏やかな笑みに、ゴリガンもレオもホッと胸をなで下ろす。
たどたどしい手つきでセレナがリンゴの皮をむき、厨房から借りた皿に盛ってフィーに差し出す。
ゴリガンとレオはそれぞれ好みの果物を手に取った。
「はい、どうぞ。」
皮のむかれたリンゴに野いちごを添え、窓側にいるゼネスに手渡す。
セレナから皿を受け取り、ゼネスは野いちごを口に放り込んだ。
何か言いたげな表情でちらりとレオが2人を見やるが、すぐに視線をフィーに戻した。


「じゃあ、また夕食の時に顔を出すから。」
ゴリガンとレオを引き摺るように、セレナが部屋を出て行こうとする。
「うん。セレナ・・・あのね。」
ためらいがちなフィーの声に、締めかけたドアから顔を覗かせる。
「そろそろ、外に・・・。」
「ダメよ。」
「・・・・・ぬう・・・。」
フィーの言いたいことをわかっているのか、セレナはフィーの言葉を遮った。
案の定、フィーはむくれた表情になっている。
「明日になったら、今日よりもっと元気になるわ。だから、今日は我慢してね。」
「・・・・・・・うん・・・。」
「じゃあね。」
手を振ってセレナがドアを閉める。
「・・・あーあ・・・残念・・・。」
「いい加減諦めろ。あの女も、明日なら外に出て良いと言うだろうからな。」
「・・・そうですね・・・。」
名残惜しそうにフィーはドアを見つめるが、眠そうに目をこすり始める。
「少し休んだらどうだ?」
「・・・わかりました。」
今度は大人しく従う。
フィーの背を支え、ベッドに横たえる。
昨日のような、病的な軽さを感じない。
気付かれないよう安堵の息を吐く。
「そういえば・・・話、途中でしたね。」
「後でいくらでも聞いてやる。」
「ありがとう・・ござい・・・ます・・・。」
急激な睡魔に見舞われたのか、あっという間にフィーは眠りに落ちていった。



手に持っていたはずのカードが無い。
それどころか、腰に携えていたブックまでもが見あたらない。
突然のことに狼狽えながらも、周りを見渡すため顔を上げると、
見慣れたクリーチャー達がその姿を現している。
1人の人間を囲むように。

あれは・・・・・・まさか。


F・ジャイアントにコンジャラー、マスターモンクのジョーカーに・・・パイロドレイクのエース。
いずれもローウェン神父から託された、神殿の宝物。
そして何よりも、ひよっこセプターだったフィーを支え、守ってくれた大事な相棒。
旅の苦楽を共にした、大切な仲間達。
フィーにとっても、かけがえのない宝物であるクリーチャー達。
彼らに囲まれてたおやかに微笑む女性が、フィーの視線に気付いて顔を上げる。
シンプルで動きやすそうな格好をしているが、聖母のような美しさをたたえた女性だ。
フィーの全身に緊張が走る。
「あなたが、今の・・・この子達の主なのね。」
「・・・えっ?あ・・・はい・・・。」
ためらいがちに頷くと、女性を囲んでいたクリーチャー達が一斉にフィーの許に集まってきた。
F・ジャイアントもコンジャラーも、ジョーカーも笑顔でフィーを見つめている。
エースは幸せそうにフィーの頬に顔をすり寄せる。
「大切に・・・してくれているのね。嬉しいわ。」
「え・・・?」
その表情は本当に幸せそうで、とても美しい笑顔だ・・・とフィーは心から思った。
エース達はカードの姿に変わり、吸い寄せられるようにフィーの手に収まった。
「貴女だったら・・・私が果たせなかった夢を掴んでくれるかもしれないわね。」
「夢、ですか?」
「世界征服。」
「ええっ!?」
「うふふ・・・冗談よ。
でもね・・・この世界の覇者には、なりたかったわ。
私の思い描いていた世界を創ることができるんですものね。」
呆気にとられるフィーの表情を楽しむように、女性は子供っぽく笑った。
「もしかしたら、貴女なら・・・覇者に、なれるかもしれないわね。」
「そっ!そんな・・・私はまだセプターになって間も無いですし・・・。
覇者なんて・・・・無理ですよ。」
「でも、貴女は1人じゃないわ。
支えてくれる友達や先輩がいる。そうよね?」
「そ・・・それは・・・。」
「それに、貴女は私が苦労して手に入れたカードを使いこなしている。
私の大切なパートナー達を可愛がってくれている。きっと、貴女ならできるわ。」
「・・・私にはどうしても使えないカードがあります。
きっとあのカードは私を主とは認めてくれないんですよね。」
「ああ・・・あの子?」
女性は柔らかく微笑むと、俯きがちなフィーの肩に手を添えた。
「確かに・・・あの子は使いこなすまで相当な時間と力を必要としたわ。
でもね、ここで諦めてはダメよ。
諦めなければ、きっとあの子は貴女の思いに応えてくれるわ。」
「そう・・・でしょうか?」
「ええ、そうよ。元持ち主の私が言っているんですもの。」

・・・・・・・やっぱり、そうだ!
この人は・・・ローウェン様が話していた・・・!!

「あ・・・あの!あなたは・・・!!」
不意に、女性の姿が霞み始める。
「頑張ってね。貴女の望む世界が手に入るよう、応援しているわ。」
咄嗟に手を伸ばすが、その手は女性を掠める。
「・・・レンブラントさん・・・!!」
必死になってフィーは声をあげるが、レンブラントの姿は既に失われていた。


カルドセプトを集める旅の途中でマエストレウスに立ち寄った女性、レンブラント。
病弱ながらも己の夢を掴むために旅を続けていた、とローウェンは子供達に語った。
しかし、カードを強奪しては売り払う悪徳商人に付け狙われていた彼女は、
その精神的疲労に耐えきれず、マエストレウスでその若き生涯を閉じた。
『いつか、自分の思いを受け継ぐ者に託して欲しい』という言葉を残して。
ローウェンはその最期を看取り、レンブラントのカードを預かったのだ。



レンブラントを呼ぶ自分の声で目を覚ます。
見慣れた宿屋の天井と、ほんの少しだけ心配そうな表情で自分を見下ろす男の姿が視界に入る。
「え・・・えっと・・・あ・あれ?」
夢と現実のギャップに混乱する。
「夢でも見たのか?」
「・・・夢・・・そうですね・・・。
自分に都合良すぎることばかり・・・だから・・・。」
ゼネスに支えられて上体を起こす。目眩は・・・無さそうだ。
ふと窓を見やると、まだ太陽が高い位置にあることがわかる。
水差しを傾け、コップに水を満たしてフィーに手渡す。
受け取ったフィーは、一口、また一口と緩慢な動作で口に運ぶ。
自然に恵まれた村ならではの、混じり気の無い澄み切った水が喉と心を潤す。
ほうっと息を吐き、両手で包み込むようにコップを持つ。
しばらくはそのまま黙っていたフィーだったが、やがて覚悟を決めたかのように屹度顔を上げた。
ここ数日彼女に失われていた覇気が蘇ってきたようで、ゼネスは無意識に背筋を伸ばす。
「・・・ゼネスさん・・・。」
「何だ?」
「話を、聞いてください。」
「いいだろう。」
「・・・昔話と、それから・・・あまり面白くない話だとは思うんですけど・・・。」
「言ったはずだ。後でいくらでも聞いてやる、とな。」
「・・・ありがとうございます。」
ほんの一瞬だがふんわりと微笑んだフィーに、

(こいつはまだ諦めていない)

ゼネスはそう確信した。




続く・・・。


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