受け継ぐもの・5





太陽はまだ高い位置にあり、穏やかな日差しが庭一面に降り注ぐ。
心地良い風が時折木々を揺らし、さらさらとした音を奏でる。


「・・・やったー!」

伸びを一つ。
待ち望んでいた、外の空気を存分に吸い込む。
部屋の外に出た解放感からか、フィーは嬉しそうに微笑みながら深呼吸を繰り返す。


あのまま部屋にいてはまた何時誰が邪魔に入るかわからないからと、
ゼネスはフィーを宿屋の庭に連れ出した。
セレナに止められてはいたが、話を中断されるよりはマシだと考え、
窓からフライのカードを使って庭先に飛び降りた。


「やっぱり外は良いですねー。」
目の前の少女は呑気にそんなことを言ってくる。
だが、ここ数日の中で一番良い顔をしているのは事実で、
しばしの間フィーの好きなようにさせていた。


(全く・・・この俺としたことが、何故こいつには甘いのか・・・。)


しかし、この調子では日向ぼっこで時間を潰し兼ねん・・・。
にこにこと笑顔を絶やさないフィーを半ば呆れるように見やると、
ゼネスは木陰にさっさと腰を下ろした。
その様子に気付き、慌ててフィーも倣う。


この時も、ゼネスは急かすことなくフィーの言葉を待った。
フィーは話を切り出し辛い、しばらくの間空を仰いでいたが。



「今から・・・確か、25年くらい前の話だそうです。」
ゼネスの方を見ず、フィーは淡々と話を始めた。


小さな村マエストレウスに訪れた女性、レンブラント。
生まれつき身体が弱い彼女は、カルドセプトの力を手に入れて
心穏やかに過ごせる世界を夢見ていたという。
セプターとしての素質が高かったレンブラントは、しかし旅の途中で悪徳商人に目をつけられ、
その手から逃れるように各地を転々とするうち、身も心もボロボロに打ちのめされた。
道端で蹲っていたレンブラントを見つけた神父ローウェンが、神殿の空き部屋に彼女を匿ったが、
既に彼女は医者でも手の施しようが無いくらいに衰弱しきっていた。

レンブラントは、ローウェンに451枚のカードを託した。
悪徳商人から必死に守り抜いた、彼女の宝物。
ローウェンは、自分はセプターではないからと言って最初は申し出を断ったが、

『いつか、自分の思いを受け継ぐ者に託して欲しい』

譫言のように請われては、ローウェンはもう何も言えずただ頷くしかなかった。
穏やかな笑顔でローウェンを見上げ、レンブラントは眠るように息を引き取った。




「私は、レンブラントさんが持っていたカードを使わせてもらっているんです。」


この辺りの木々に茂る新緑と同じ輝きを持つ瞳は、依然話す相手を見ない。


「セプターになりたての私がたくさんのカードを持ち歩いたら危険だから・・・と
ローウェン様に言われて、80枚・・・レンブラントさんのカードから借りたんです。」

故人のカードを全て我が物とせず、あまつさえ「借り受けた物」と割り切っている。
ゼネスには、到底考えられない。
主を持たぬカードなど、何の意味があろうか。
セプターの手中にあることで、セプターによってその能力を解放されることで、
初めて「カード」が生きるというのに。

・・・だが。
冷静に頭を働かせると、フィーの言葉にも一理ある。
ロクにカードを使いこなせない素人が大量のカードを持ち歩いても、
他のセプターのカモにされるか、悪質なカードハンターに付きまとわれるだけだ。
その意味では、ローウェンという男の判断は正しかったと言えよう。


「・・・でも、どうしてもこのカードだけ使えなくて・・・。」
弱々しい言葉ではっと我に返り、慌ててフィーに向き直る。
少しだけ悲しそうに表情を歪め、フィーは一枚のカードを差し出した。
覗き込んだゼネスが、はっと目を見開いた。
左の、人のそれとは明らかに違う瞳が、鋭く輝いた。
「この・・・カードは?」
「レンブラントさんのカードです。
いつか使える日が来るだろう・・・って、ローウェン様に持って行くよう勧められたんですけど・・・。」
詰問するような口調に、フィーは叱られた子供のようにビクビクしながら答える。
「・・・そんな物、易々と人に見せるんじゃない。カードハンターなんぞに見つかったら、付け狙われるぞ。」
落ち着き払ってはいるが棘のある声に、フィーは顔を上げる。
「でも、ゼネスさんはカードハンターじゃないでしょう?」
「・・・・・そういうことを言っているんじゃない。」
髪を乱暴に掻きむしり、ゼネスは態とらしく溜息をついてみせるが、
当の本人は曖昧に微笑むだけだ。


こいつは、何でこう・・・危なっかしいんだ・・・・・。

この世界の覇者たる資格を持つにふさわしい素質と、明るく真っ直ぐな心を持つ娘。
しかし、セプターとしての経験があまりにも足りなく、その言動は見ていてハラハラするばかりだ。
彼にとっては、己の力を授けることで生涯二人目の好敵手を育て上げるつもりでいたのだが、
どうにもこの危なっかしい娘から目が離せなくなっていた。


「それは・・・わかります。
ローウェン様以外で、私がこの子を持っていることを知っているのは・・・ゼネスさんだけですよ。」
肩を竦め、曖昧な表情はそのままに視線をカードへ落とす。
「私・・・何故この子だけ使えないのか、ずっと考えていました。
この子に嫌われてるのかな?・・・とか、
単にこの子を召還するだけの能力が無い・・・とか。
もしかしたら・・・、ずっとこのまま使えないかもしれない・・・。」
突き放したような物言いをするフィーを、ゼネスはほろ苦い思いで見つめる。
外に出た時の明るさはすっかり影を潜めてしまったようだ。
「さっき見た夢で、レンブラントさんが出てきたんです。
・・・おかしいですよね、一度も会ったことの無い人が夢に出てくるなんて。」
ゼネスはその言葉に応えず、無言を貫くことで話の先を促した。
「『諦めなければ、きっとあの子は貴女の思いに応えてくれる』・・・って・・・
レンブラントさんは言ってくれたんですけど、きっとそれは・・・諦めきれない私が、
心の中で都合良く作り出した幻なんだって・・・思うんです。」


心地良かった風は、ほんの少し冷気を纏い始める。
太陽も、徐々に西に傾き始めた。
菫の花で染めたような外衣を纏っていないフィーが微かに身震いした。
気付いたゼネスが、自分のマントを脱いで投げて寄越す。
すみません・・・と頭を下げ、俯きながら自分の肩に羽織った。


しばらくの間は互いに言葉無く、風の音に耳を傾けていたが。


「・・・本当に、そう思うのか?」
「・・・え?」
静寂を破った男の声に、びくりと肩を震わせる。
「ちょっとやそっと使えないからといって、簡単に諦められるものなのか?」
「・・・・・。」
「それなら、それで良いだろう。誰かにくれてやるなり、手放すなり好きにしろ。
元の持ち主の思いを踏みにじる事になるだろうがな。」
「そっ・・・そんな!」
信じられない、と言いたげに睨み付けてくる。
真っ正面からその視線を受け、したり顔でゼネスはフィーを見下ろす。
「・・・それが嫌ならば、何が何でもそれを使えるようになればいい。
簡単に、諦めるようなことを口にするな。」
「・・・・・。」
未だなおフィーの手にあるカードにそっと手を添え、ゼネスは諭すように言葉を続ける。
「大体、お前はまだセプターとしては完成されていない。焦って結果を急いでどうする。」
「・・・でも・・・時間はもう無いんです。
あのバルベリトっていう人と戦うには、今の私は力不足で・・・。
今の自分の力では・・・とてもみんなの期待に応える事なんかできないですよ。」
普段は前向きで朗らかに笑う少女は、今、周囲から寄せられる期待の大きさと己の力量の差に
苦しんでいる。
今の姿はあまりにも弱々しく頼りない。



「では、一体お前は、何のために旅をしている?」
「何のためって・・・・・。」
「旅の始めに、お前は何を思った?」
「・・・旅の、始め・・・?」
フィーはしばらくぼんやりと空を見上げていたが、ふと何かを思い出したようにうっとりと微笑んだ。
「急に世界が開けた・・・。」
懐かしそうに、愛おしそうに、当時の思いを口にする。

「それまでは・・・、自分の暮らすマエストレウスだけが、世界の全てでした。
セプターの力が現れた時、自分の世界がとてつもなく大きな物だと気がついたんです。
最初は、自分がどれくらい強いセプターになれるか・・・とか、1人でどこまで遠くへ行けるだろう・・・とか、
そんなことばかり考えていたんですよ。」
その笑顔がみるみる翳る。
「そんな私が・・世界とか宇宙とか、そんな大きな事に関わるなんて・・・。」
「・・・怖じ気づいたのか?」
ちょっとした揶揄のつもりだったが、言われた本人は至って真剣にその言葉を受け止めた。
ほんの少し、肩を竦めて寂しそうに笑う。
「・・・恐い、ですよ。もちろん。
みんなは色々言ってくれるけど、プロムスデルが近づくにつれて・・・段々、不安が大きくなってきたんですね。」
他人事のように呟く声には、自嘲的な響きがある。
「・・・そうか。」
「だから、ゼネスさんに鍛えてもらおうと思ってデュナンまで来たのに・・・
体調崩して倒れちゃうなんて、情けないですよね。」

力無く肩を落とす少女から、ゼネスは決して視線を逸らさなかった。


「何もかも背負い込もうとするから、重圧に耐えきれなくてダウンするんだ。
それとも、皆の期待に応えるために己を犠牲にするつもりか?」
「・・・それは・・・多分無理だと思います。」
「正直な奴だな。」
「・・・・・今でもまだ、自分が覇者の資格を持つセプターだなんて、信じられません。
ゴリガンは、他の誰かと私を間違えてるんじゃないかって・・・。
みんなが寄せてくれる期待は・・・私が抱えるには、あまりにも重過ぎて・・・。」
いったん言葉を切るが、でも・・・と消え入りそうな声で呟いた。
「・・・でも、だからといって、ここで諦めたくない。
ここまで来て・・・何もかも放り投げてしまうのは・・・嫌です。
あの時・・・急に自分の世界が広いものだと知った時の気持ちを・・・失いたくないんです。」
途切れがちな声を、必死に振り絞る。
顔を伏せていてその表情を伺うことはできないが、偽りの無い彼女の本心だとわかる。


「・・・ならば、俺に言えることは一つしかない。」

細い両肩に手を添える。
力を加えたら簡単に折れてしまいそうなくらい、脆く心許ない双肩。
多くの物を抱えすぎて潰れそうになっているその小さい肩を。


「自分を見失うな。例え周りが何を言おうと、自分の思うとおりに進め。
その結果、世界が救われるのなら良しと割り切ることだ。」


俯きがちだったフィーが、はっと顔を上げる。
新緑を映し出したような瞳に強い光が蘇る。


「私・・・それで、良いんでしょうか?」
「・・・ふん。そうでないと、お前は簡単に潰れてしまうだろう。」
「うわっ・・・酷い言い方ですね・・・。」
「違うか?」
にやりと、意地の悪い笑みで見下ろしてくる。
「・・・・・ぬう、違いません・・・。」
拗ねたように頬を膨らませるが、フィーはすぐに表情を改める。
「あの・・・。具合が良くなったら、改めて私と勝負してください。」
「構わん。いつでも受けて立つ。」
「すみません・・・私、あなたに頼ってばかりで・・・。」
照れくさそうに頭を下げるフィーから、さっと視線を逸らす。
「・・・・・別にそんなことを気にする必要はない。」
「・・・ありがとうございます・・・。また、鍛え直してくださいね。」
振り返ると、迷いを振り切る事ができたのか、彼女本来の柔らかな笑顔がそこにはあった。

フィーは誰かに話を聞いて欲しかったのだろう。
しかしゴリガンやセレナ・レオといった、常に彼女の側にいる者達には気を遣わせたくないのか、
話ができなかったと見える。


(やれやれ・・・やっぱり俺はこいつに甘いな・・・。)

朗らかに笑う少女に、竜眼の男は控えめに笑顔を返した。




続く・・・。


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