受け継ぐもの・6





「そうねぇ…明日には外に出ても良いわよ。」
「……本当!?」
「でも、まだカードとか使っちゃダメよ?
あれって、結構心にも身体にも負担が大きいんだからね。」
「……うん、わかった。」
「よしよし。」

幼い子供をあやすように頭を撫でてくるセレナを前に、実はもう外に出ちゃいました……とは言えず、
フィーはほんの少し視線を落とした。

傍から見ると仲睦まじい姉妹のような光景を、ゼネスは壁に寄り掛かりながら
何とも言えないような表情で見つめていた。


セレナは空いたスープ皿を片付け、ぎこちない手つきでリンゴの皮をむき始める。
「ところで、フィー殿…。今後の話なのですが……。」
ゴリガンが待ち兼ねたように身を乗り出してくる。
「…え?」
「ここを、何時出発しますかな?」
「……。」
本当は明日にでもデュナンを出立し、一刻も早くフィーにジェミナイを倒してもらって
ソルタリア世界と宇宙の危機を救ってほしい。
ゴリガンの言いたいことは、表情から朧気に伝わってくる。
しかし、それではここに来た意味が無い。
バルベリトやジェミナイと戦えるだけの実力が無いと判断したから、
少しでも力をつけたくてゼネスのところまで来たのではないか。
ゴリガンはそれを承知の上で、敢えてフィーに訊いたのだ。

「ゴリガン…ごめんなさい。1週間…ううん、あと5日待って欲しいの。」

時間はもうあまり無い。それは自分にだってわかる。
自分が口にした残り5日と言う短い時間で、急に実力がつくとは到底思えない。
だが、その5日間で何かきっかけを掴むことならできるかもしれない。


フィーとゴリガンの視線がぶつかる。
しばらくは双方とも身動きもしなかったが。
「…わかっておりますとも。フィー殿。」
軽く溜め息を零しながらも、ゴリガンは穏やかな表情でフィーに笑いかける。
恐らくは、ゴリガンもフィーが何と答えるかはわかっていたのだろう。
どんなに自分が焦ろうとも、実際に戦うのはフィーなのだ。
それならば、やはり本人が納得のいくよう準備するべきであると、心の片隅で理解はしていたのだが。
「ゴリガン、ありがとう。」
フィーが目を細める。
数日振りのフィーの笑顔に、ゴリガンも釣られるように笑みを返す。
しかし、ゴリガンの傍らでしばらくの間押し黙ったままだったレオが、
不安そうにフィーの側に寄り、小さな手を取った。
「……レオ?」
きょとんとして見上げてくるフィーに、労るような表情でレオが言葉を続ける。
「…フィー、これだけは約束してくれ。決して無理はしないと。」
「ごめんなさい、レオ。心配ばかりかけて…。」
「い…いや、俺はただ…。」
「はーいはい、その辺にしてね、レオ。
さっ、色が変わる前に食べちゃってよ、フィー。」
元気になっているとはいえ、まだ病床上のフィーを気遣ったつもりなのだろうが、
話を遮られたレオはキッとセレナを睨み付ける。
だが、セレナはその視線を意地の悪そうな笑みで躱すと、リンゴの載った皿をフィーに差し出した。
「そんな顔しないでよ。フィーが元気になったら、いっぱい話すれば良いじゃない?」
「……。」
「今のフィーには、少しでも休む時間が必要なのよ。
さっ、私達はそろそろ退散しましょ。」
席を立ち、2人を促す。
「セレナ殿、もう少しここへ…。」
「いや、俺はもう少し…。」
「ダメよ。」
名残惜しそうに異を唱えるゴリガンとレオを、セレナはピシャリとはねつけた。
「じゃあ、何故あいつは良いんだ!?」
完全に機嫌を損ねたらしいレオが、無言で壁に寄り掛かっているゼネスを指差した。
「良いのよ。あの人はフィーのボディーガード兼雑用係だから。」
「……。」
「……。」
セレナを除くみんなが、呆気にとられて黙り込む。
そのスキに、ゴリガンとレオの背を押しながら、セレナが部屋を後にする。
「じゃあね〜。お休み、フィー。」
「…う、うん。おやすみなさい…。」
既に姿が見えなくなった相手に、フィーは呆然としながらも言葉を返した。


「…全く、相変わらず騒々しいな。」
「そうですね…。でも、楽しいですよ。」
フィーはにこにこと笑みを湛え、やや不格好ながらきっちりと皮のむかれたリンゴを口に運ぶ。
淀んでいた胸の内を明かしたからか、部屋に戻ってからのフィーの表情は晴れやかだ。
「…それで、明日はどうするつもりだ?」
さっきセレナに止められた、『カードを使うこと』だ。
デュナンに留まるのをあと5日と決めたからには、一刻も無駄にはできない。
カードを駆使するため消費する魔力は無尽蔵ではないから、対戦しては休み、また戦う。
5日間戦いっぱなし…という訳にはいかないのだ。
「…セレナにはああ言ったけど、明日お願いしてみます。
時間は……あまり無いですから。それに……。」
いったん言葉を切ったフィーが、苦みを含めた笑みを零す。
「それに、身体が楽になったら…、じっとしているとかえって落ち着かなくて。」
「…そうか。」
いかにもフィーらしい言葉に、つい口許が緩む。
空いた皿をフィーから受け取り、サイドテーブルに載せる。
「では、今日はもう休め。
明日は太陽が頭上に昇ったら、いつもの場所で特訓だ。
それまでに、あの口うるさい女に話を通しておくことだな。」
「わかりました。」
小さな身体を横たえ、おやすみなさいと呟いてフィーは瞳を閉じる。
程なく、健やかな寝息をたてて夢の世界へと身を投じた。



『俺の持つ力を授けよう』


かつて、目の前で眠る少女に告げた言葉が蘇る。

(こいつは、俺の力も受け継ぐことになるのだな……。)

口許に笑みを湛え、穏やかに眠るフィーの頬をそっと撫でる。
数日前が嘘のように、暖かな色が戻っている頬を。


ランプの炎が微かに揺らぎ、室内の陰をそっと揺らした。



「その程度で、俺のクリーチャーに勝てるとでも思ったか!?」
クレイモアを装備した小悪魔グレムリンに、フィーが風の土地に召還したコンジャラーは
為す術もなく斬り倒された。
「ああっ、私のコンジャラーがっ!」
…コンジャラーの領地能力でバ=アルに姿を変え、火の土地へ移動させるつもりだったのに、
その隙すら与えられなかった。
領地を奪われ動揺するフィーだが、すぐに表情を引き締め、さっと手札に目を通す。
(あそこを拠点にされたら、厄介だな…。)
武器・防具を破壊する特殊能力のせいで、生半可な攻撃力のクリーチャーではグレムリンは倒せない。
ゼネスがグレムリンを配置した土地のレベルを上げる前に、
攻撃力の高いクリーチャーで勝負を挑むか、あるいは…。


「フィー殿、どうか無理をしないで下され…。」
「…。」

フィーとゼネスの戦いに巻き込まれないよう、少し離れた風車小屋からゴリガンとレオが
ハラハラしながら見守っている。
セレナもフィーの様子を心配そうに見つめていたが、ふと突き刺さるような視線に気付き、顔を上げた。
「セレナ、お前何故フィーを止めなかった?
フィーに、カードを使うなって昨日言っていただろう!?」
睨み付けてくるレオの視線を鬱陶しそうに見やると、セレナは肩を竦めた。
「無理よ。私じゃ止められないわ。
フィーに、この世界を救って欲しいと願う私達には、特訓したいって言うあの子を止めることはできないの。」
「しかし、だからって……。」
「…それに、フィーは約束してくれた。少しでも苦しくなったら、戦いを止めるって。
この事は、ゼネスさんだってわかってくれたわ。
フィーが自分から約束してくれたんだもの、信じてあげなくちゃ。」
これにはレオも次の言葉を失い、苦しそうに視線を落とした。
「私達は、あの子が頑張るって言うなら、見守ってあげなくちゃいけないのよ。」
今にも泣き出しそうな声で、セレナは呟いた。


瞬く間に5日という時間は過ぎ去った。
結局、フィーは戦いを途中で止めることは無かった。
朝のうちは身体を休めることに努め、太陽が最も高い位置に昇りきってから対戦を始める。
5日間この繰り返しだった。
最初の頃、フィーは戦いの勘が戻らずゼネスに敗れることもあったが、
徐々に本来の勝負強さを取り戻していった。

そして、迷いの晴れたフィーの心は、純粋に強くなることを望んだ。




6日目の朝。
この日も抜けるような青が空一面に広がっていた。

交易都市クアンゼを経て聖地プロムスデルへ向かうため、フィー達は旅支度を始めた。



「色々、ありがとうございました。」

宿屋を出たところでフィーはゼネスに向き直り、深々と頭を下げた。
「…な、何だ。改まって。」
元より、人に感謝されることに縁の少ないゼネスは、こう正面切って謝辞を言われると弱い。
ついふらふらと視線を泳がせてしまう。
「え…と、色々。本当に色々。
ご迷惑かけたりお世話になったり…。一言では足りないくらい、感謝しています。」
あどけない笑顔は、朝の光を浴びて一層輝いて見える。

「そうだ…。ゼネスさんはジェミナイのこと、何かご存じですか?」
さっと表情を引き締め、真っ直ぐに見上げてくる。
ジェミナイ。カルドラ世界を全て否定し、滅亡を目論む者。
「俺が知っていることは…既にお前も知っている事だ。
この世界どころか、カルドラの作りし宇宙全てを滅ぼそうと企むセプター。その程度だ。
残念ながらその正体までは知らん。」
「…そうですか…。」
フィーは、村外れで緩やかに回る風車に視線を移した。
しかしゼネスは、新緑を思わせる瞳はもっと遠くを見ているような気がした。
「…私、ジェミナイに会ってはいけない気がするんです。
初めてゴリガンからその名前を聞いた時から、何となくそんな気がして。
何故かはよくわからないんですけど…、単に恐いだけなのかもしれませんね。」
肩を竦めて苦笑するが、そこには数日前に存在した弱々しさは微塵も無い。
「でも…私、もう逃げません。できる限りのことはやってみます。
……後悔、したくないですからね。」
緑の輝きは少しも光を失っていないことに、ゼネスは安堵した。
手を伸ばし、明るいブラウンの髪をそっと撫でると、くすぐったそうに目を細め、
フィーはたおやかに微笑んだ。


心地の良い風が、2人の間を通りすぎる。
ゆったりと流れる時間は、しかし「旅立ち」という別れによって終わりを告げることとなる。


「もし……もしも、また挫けそうになったら、ここに来ても良いですか?」
「………ああ。」
「ありがとうございます。…じゃあ、そろそろ行きますね。
みんな、待ちくたびれているみたいだから。」
2人から少し離れたところで、セレナ達がフィーを待っていた。
約2名、イライラしながら待ち兼ねているようだが…。

彼らに向かってフィーが歩みを進める。
ゼネスは黙って、その背を見送った。
菫色のマントを風になびかせて歩み去る、その小さな背を。



あと少しで仲間達の元へ辿り着こうとした時、突然、強い風が吹き抜けた。


『頑張ってね。』


夢の中に現れた、美しい女性の笑顔が頭を過ぎる。
雲一つ無い青空を見上げ、フィーはゆっくりと頷いた。




END


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