憂鬱な宴・前編
「…全く、この俺様としたことが…。」
グローブで覆われた手を額に当て、ライバーンは深い溜息をついた。
清らかな笑顔に似合わぬ、鋭い輝きを放つ剣を構えたナイキーが右手に。
弓に銀の矢を番えたケンタウロスが左手に立ちはだかる。
己の手札には、この二体に太刀打ちできるようなクリーチャーはいない。
毅然とした態度で戦況を見つめる青年を恨めしげに睨み付けてはみるが、
既に双方の魔力に大差が有ることは事実で、例え今ライバーンがどんなに手を尽くして戦おうとも、
この現状をひっくり返すことは不可能で。
「…同じ奴にこうも負け続けるなんてな…。」
信じられん。
吐き捨てるように呟いた声は、青年には届かなかった。
「ネイティオ殿、今日の戦いもお見事でしたぞ。」
「いや…まぁ、何とかな。」
杖の形をしたアーティファクト・ゴリガンが賞賛する声を、ネイティオと呼ばれた青年はぼんやりと聞いていた。
賢者ルシエンにかけられた呪いを解くため、雪に覆われた炭坑の町ラビドへ向かう途中。
アトラ山麓の村ファルサラで、自称「ソルタリア一のカードハンター」ライバーンの三度目の挑戦を受け、
今回もまたネイティオは見事にライバーンを退けた。
ライバーンには今後も何だかんだで付きまとわれそうで、
正直ネイティオは勘弁して欲しい…と頭を抱えたくなってきている。
宿屋で寛ぐゴリガンを一瞥すると、ネイティオはゆっくりと腰を上げた。
「ネイティオ殿、またお出かけですかな?」
「ああ。ちょっと行ってくる。」
「あまり遅くならないで下され。」
「わかっているよ、ゴリガン。」
軽く手を振って、ネイティオは部屋を後にした。
瞬く星が美しい夜空。
肌を刺すような冷たい風に身震いするが、ネイティオは構わず歩き出した。
宿屋から少し離れたところにある古びた酒場。
小さな村でありながら、そこは地元の男達や旅人で賑わっている。
ネイティオはカウンター席に腰を下ろし、店の主人らしい口ひげを蓄えた男に声をかけた。
「兄ちゃん、見かけない顔だな。」
男は、じろりとネイティオを睨む。
「今日この村に来たばかりなんだ。何かお勧めのものってあるかい?」
「なんだ兄ちゃん、結構いけるくちかい?」
「まぁ…そこそこに。」
「……ほぉ。」
先程までの表情から一転、店主はニヤリと笑みを浮かべると、
カウンターの下から紅の液体で満たされた瓶を取り出した。
「こいつはハナザクロを漬け込んだファルサラ名物の酒なんだが、試してみるかい?
もっとも、他の酒よりかな〜りキツイけどな。どうする?」
「…ふぅん。」
ネイティオもまた、笑みを返す。
その表情を「イエス」と受け取った店主は声高らかに笑い出すと、戸棚からグラスを取り出し始めた。
「気に入ったぜ、兄ちゃんよ。まぁゆっくりしていけや。
ほいよ、こいつはサービスだ。」
…と店主から差し出された皿には、プッシュプルのチーズと薄く塩が振られた堅焼きの菓子、
塩漬けの野菜が豪快に盛りつけられている。
一人分にしては多すぎないか…と言いかけたが、何故か店主の機嫌が良さそうなので、
ネイティオは黙って好意を受け取ることにした。
18の誕生日を迎えた翌日に、ネイティオはウィンダムを離れて世界中を旅することを、
三年前からずっと心に決めていた。
……最愛の両親を失った日から。
いつか必ず、世界各地に散らばったカルドセプトを全て手に入れ、ウィンダムに帰る。
そして、故国を守るためにその力を遺憾なく発揮するのだ。
その決意は、今も揺らぐことは無い。
故国を出立する前の晩、つまりネイティオ18の誕生日の夜。
セプター騎士団の見習い兵である仲間達から、ささやかな壮行の宴を催してもらった。
ウィンダムでは18才となってようやく成人と認められる。
ささやかな祝いの宴は、しかし後に誰が持ち込んだのか知れない大量の酒瓶が転がる騒々しいものとなった。
故国ウィンダムを出て、ずいぶんと時間が経ったような気がするが、
行く先々の酒場で、その土地の酒を嗜む事がすっかり習慣となってしまったのは、
やはりあの壮行会のせいだろう…。
ネイティオは、ハナザクロの酒で満たされたグラスを傾け、ほろ苦い笑みを浮かべた。
カラン…と、氷が響きの良い音をたてた。
(そういえば、あいつら元気にしているかな…?)
ふとネイティオは、旅の始めに偶然知り合った2人の少女を思い浮かべた。
深紅の髪とやや憂いを秘めた碧の瞳を持つ、自分と歳近い少女。
そして、明るい褐色の髪にあどけなさの残る笑顔の少女。
二人ともセプターになって間もないと言っていたが、今頃はめきめきと腕を上げていることだろう。
(次に会った時には、2人とも相当強くなっているだろうな。
案外、俺にとって良いライバルになるかもしれんしな…。)
そんなことを考えながら、グラスを口に運びかけたその時。
「うるせぇ〜! いいからもっと持って来いって言ってるだろうが〜!!」
耳を劈くような大声が酒場に響き渡り、談笑していた者達が一斉に黙り込んだ。
「な…っ、うわっ!?」
危うくグラスが手から滑り落ちそうになり、必死の形相でネイティオは紅の液体で満たされたグラスを掴み直した。
「な…何なんだよ一体…?」
せっかくの良い気分を害され、声の主に一言文句でも言ってやろうかとネイティオが振り向いた先には…。
ウェーブがかかった、濃いブラウンの髪。
漆黒のコートに映える燃えるような赤いマント。
人のいない椅子に置かれている帽子は鍔が広く、色はコートとおそろいの黒。
そして、右目を皮製の眼帯で覆うその人は…。
「……何で、あんたがここにいるんだよ…?」
ネイティオはがっくりと肩を落とした。
できることなら当分会いたくないと思っていた人物に、まさか同じ酒場で会うことになるとは…。
大声を出した張本人、自称「ソルタリア一のカードハンター」ライバーンに。
続く…