憂鬱な宴・後編





「誰だ誰だ!?アリスに酒飲ませた奴は!?」
「知らないわよ〜。そもそも、ここにお酒持ち込んだのは、どこのどなたでしたっけ?」
「えーと…あれ、誰だったっけ?」
「あー、我らウィンダム騎士団の発展を祝して、乾ぱぁ〜い!!」
「…ランディの奴、聞いちゃいないし…」

誰が持ち込んだのか今となってはわからない大量の酒瓶が、次々と空になっていく。
テーブルの上に立ち上がって声高らかに歌う者、何が悲しいのかテーブルに突っ伏してわんわん泣き出す者、
些細なことでも大笑いし、隣に座っている仲間の肩をばしばしと叩く者…。
この中の半数は、実はまだ国の法律で飲酒を認められていない未成年…のはずなのだが、
今となっては誰もその事に触れようとしない。
今回の宴の主役…本日晴れて成人したネイティオにもがんがん酒がつがれるが、
顔を真っ赤にするどころか淡々とグラスを空にしていった。
しかし、次々と明かされていく仲間の醜態に、ほんの僅かに顔色が曇る。

小さな都市国家ウィンダムが誇る、カード駆使者”セプター”で編成された騎士団。
その若き見習い兵達が集う寄宿舎「緑の寮」の食堂は、
目も当てられない程凄まじい光景となっている。

「おーい…。アウグスト教官の雷が落ちても知らんぞ…。」

見習い騎士団の誰もが恐れる「鬼の教官」の名を口にしてみるが、今となっては効果が無い。



(あ〜…。何か、あの時のこと思い出しちゃったよ…。)



ほろ酔いとまではいかないが、何となく良い気分に浸っていたネイティオは、
頬杖をついてぶちぶち文句を言っている人物の姿を目にした途端、頭を抱えた。



「どうした、兄ちゃん? あいつの知り合いかい?」
店主が口ひげをいじりながら、俄に顔色が悪くなったネイティオに声をかける。
「…あ…あは、は…。知り合い、ねぇ…。」
何とも、返事のしようがない。
本音としては「冗談じゃない!!」と言いたいところではあるが、結局は曖昧に返事をするに留まった。
「あの男、何でも自分はセプターだって言ってたそうなんだが、セプターって、みんなああなのかねぇ?」
「……さぁ…。」
適当な言葉が見つからず、ネイティオはまたもや言葉を濁した。



「ちくしょう…。こんな、こんなはずでは…。」

隻眼の男…ライバーンは、空になったグラスを片手にブツブツと呟いている。

(ソルタリア一のカードハンターであるこの俺が、何故同じ人物に三度も負けてしまうという失態をやらかしたのか。
…初戦は、まあ仕方がない。
あの時は軽く脅かすつもりで、召還しやすいカードのみで構成されたブックで挑んだから。
多少、油断があったことは認めよう。
アトラ山の神殿では、あの賢者が俺の邪魔さえしなかったら勝てたはずだ。
これも、まぁそんなところだろう。
…だが、今日の戦いは。
誰の邪魔も入らない、一対一の勝負。
今度こそ奴に勝ち、賞金を手にするはずだったのに…。)


散々グラスを玩んだ後、ようやく酒がないことに気付いたライバーンが眉をつり上げ、
忌々しげに舌打ちを一つ零した。
「おーい、酒だ酒! さっさと持ってこい!」
そして、再び狭い酒場いっぱいに響き渡る声で怒鳴った。
「あんた、もういい加減にしときな。周りのお客さんの迷惑なんだよ。」
恰幅の良い給仕の女性がライバーンを止めにかかるが、
仏頂面のライバーンはギリ…と女性を睨み付けた。
「何だぁ!? この俺様に刃向かおうってのか!?」
…顔を真っ赤にし、血走った目で。
誰が見ても、ライバーンが酔っぱらっているのは明らかで。
他の客は我関せず…と無視を決め込んでいるようだが。


「こりゃまいったな。騒ぎを起こすようでは、いくら客といえども出てってもらわないと。」
渋い表情を浮かべた店主の呟きに、ネイティオがもう一度背後を振りかえる。
その時、給仕を睨み付けていたライバーンが視線を反らし、ネイティオのそれとぶつかった。
ライバーンの表情が、みるみる変わる。
(…しまった!)
慌ててネイティオは背を向けるが、背後から聞こえるテーブルを叩く音で、
自分のことが相手にばれたと気付いた。
「……最悪だ…」
こちらへ向かってくる足音に、ネイティオはぼそり、と呟いた。

「なぁんで、お前がここにいるんだよ?」
仁王立ちのライバーンに睨まれる。
「それは、こっちの台詞だよ…。」
力の無い声で返すのはネイティオ。
小さな村で、しかも酒場はここしか無いとなると、日中カードを巡って戦った相手と
バッタリ会うことがあっても何の不思議はない。
しかし、できることなら顔を合わせたくはなかった。
それは、ネイティオにしてもライバーンにしても同じ思いであったに違いないのだが…。

「今ここで、これまでの借りをまとめて返してやるぜ!!」
コートの内ポケットから、ライバーンは勢い良く己のカードを取り出す。
「ちょ…ちょっと待て!!」
慌ててネイティオが席を立ち、ライバーンの腕を押し返す。
「こんなところでカードを出すな!
いい大人なんだから、周りの迷惑ってのも考えろ!」
「うるせぇっ! 俺様に指図するんじゃねーよ!!」
あくまでもカードを放そうとしないライバーンの手首に、ネイティオは手刀を叩き込む。
「いてえっ!!」
カードはライバーンの手を離れ、はらはらと床に舞い落ちた。
「ほほう…。そいつがカルドセプトってやつかぁ。」
乱闘になりかねないこの状況で、店主は呑気にそんなことを呟いている。
「くっ…。この俺様としたことが、て、手を滑らせちまったぜ。
ま、まぁ、今日のところはこれで見逃してやらあ。」
酔いの回った頭でさすがに大人気ないと気付いたのか、あるいはネイティオの手刀で一瞬酔いが醒めたのか、
ライバーンは床に落ちたカードを拾い上げてくるりと背を向けかけたが。
「おい、お前。ここはガキの来るところじゃねーぜ? わかってんだろうな?」
嫌みたっぷりにネイティオを見下ろす。
「ご忠告どうも。あいにく、こう見えても自国では成人と認められる年齢なもんでね。」
「ほーお。ってことは、多少飲んでもへっちゃらってことだよなぁ〜。」
ネイティオの返答に、ニヤリ…と意味ありげな笑みを浮かべる。
「今日はとことん、付き合ってもらうぜ!!
でもって、明日! 二日酔いのお前に戦いを挑んで勝つ!!」
「な、何だってー!?」
…何とも情け無い台詞ではあるが、酔ったスキにカードを盗む…と言わないだけ、
まだセプターとしてのプライドはあるようだが…。
「おー、兄ちゃん頑張れよ。こんな酔っぱらいに飲み負けるんじゃねえぞ!」
ネイティオがセプターだと気付いていない店主は、面白半分に囃し立てる。
空になったネイティオのグラスに、嬉々としてハナザクロの酒を注ぎ始めた。
「…何でこうなるんだよ…。」
こめかみを押さえ、ネイティオは恨めしげに店主とライバーンを交互に見上げた。



「なんだなんだ!? そんなちびちびと飲んでたら、せっかくの酒もまずくなっちまうぞ!?」
「…お気遣いどうも。俺のことは別に気にするなよ。」
互いに、ハナザクロ酒の瓶を持って相手のグラスに注ぎ合う。
不穏な空気が流れるその席を避けるように、他の客はあくまでも素知らぬ振りを貫き通す。


「おうおう、結構いけるじゃねえか。まあどんどん飲めや。」
「…あんたもな。」
他の客が次々と帰る中、ネイティオとライバーンは依然として相手のグラスに酒を満たし続ける。



「…なんだ、もう終わりかよ。」
…ライバーンはテーブルに突っ伏して、豪快にいびきをかいている。
ネイティオは、やや目が虚ろになっているが、声高らかに歌うわけでもわんわん泣き出すわけでも、
大笑いするわけでもない。
「あーあ、さすがに飲み過ぎだなこれは…。」
テーブルにも床にも、ハナザクロ酒の空瓶が転がっている。
ぴしゃり、と自分の額に平手を打つ。
頭を過ぎるのは、やはりウィンダム国を出立する前夜の宴。
あの時も、ほとんどの見習い兵が酔いつぶれた中、ネイティオ一人だけ正気を保っていた。
そのため、二日酔いで臥せっていた見習い兵の代わりに、
出立の朝アウグスト教官の雷を一身に受ける羽目になったのだが…。

「いやぁ〜兄ちゃん、良い飲みっぷりだったよ。」
「…どうも。でも、やっぱりほどほどが一番だね。」
「何の何の。この強烈な酒をあそこまで飲めるたあ、恐れ入ったよ。」
ネイティオは肩を竦め、店主に自分の分だけ金を払う。
「あの人は、ちゃんと自分の分払うだろうから。」
そう言って、ネイティオは酒場を後にした。
既に、空が白んでいる。
(…ゴリガンに、今日は一日のんびりしたいって、言ってみるかな…。)
かしかしと頬を掻き、宿屋へと歩みを進めた。


一方。

「おい、あんた。そろそろ店じまいなんだがね。」
眠っているライバーンを、店主が揺り起こす。
「ん…カードは、俺様のものだ…。いてて。」
ガンガンと響く頭を抱え、ライバーンは見当違いなことを呟く。
「いい加減にせんか。あんたの飲んだ分、今ここできっちり払ってもらうからな。」
「…へっ…!? ぐ…ぐおうわぁぁぁ!!!」
…店主が請求していた額は、ライバーンの想像を遥かに超えていた…。



こうしてライバーンは、ネイティオをコテンパンに倒してやる! と心に決めた…とか。




End


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