いつかその手を取る日まで・1





「どうだ。何か新たな発見はあったか?」


有翼人種ファードの集落があり、”風の峡谷”と呼ばれる土地は、
西に傾いた太陽の光を浴びて、全てがオレンジ色に染まっている。



「やっぱりガルーダは怖いですね。
攻め込まれた時は、もうどうしようかと思っちゃいましたよ」
強い風を身体に受けながら、フィーは肩を竦めてファード族の若き戦士を見上げた。
一方のワールウィンは、あどけない笑顔に対して苦々しい笑みを返すのが精一杯だった。
「よく言う。あの時しっかりルナストーンを持っていたではないか」
「…だって、ワールウィンさんは絶対ガルーダを使ってくるだろうって思っていましたから。
まともに戦ったって、こっちには勝ち目無いですよ?
あの土地を守っていたのがグリンデローで助かりました」
新緑の葉を映し出したかのように輝く瞳を細め、先程まで繰り広げられた戦いを振り返る様に視線を遠くへ向けた。


宇宙の滅亡を目論む邪悪なセプター・ジェミナイと、
それに深く関わる者とされるジェム教団教主バルベリトの野望を阻止するために、
フィー達は聖地プロムスデルを目指していた。
世界を救うという重圧を振り切ったフィーは冷静に己の力を分析し、
プロムスデルに到着するまでにもう少し場数を踏む必要があると考えた。
交易都市クアンゼへと向かう前に、フィーはもう一度ワールウィンと勝負することを望み、
つい先程までワールウィン、そしてレオを交えての勝負を終えたところであった。

ホームグラウンドで優位に戦闘を進めていたワールウィンをレオとフィーが追う展開となったが、
風のクリーチャーを好むワールウィンとレオに対し、
フィーは2人が重要視しない火の土地を着々と手に入れ、
また2人の高額領地を風から火へと変えては移動侵略を繰り返した。
終盤にはパイロドレイクやF・ジャイアント、ピラリスなどが立ちはだかる死のロードが出来上がってしまい、
ワールウィンもレオも侵略に失敗しては大量の魔力を失うこととなった。



「ところで、既に日が暮れ始めている。
後で渡したいものもあるし、今日はここで休んでいってほしい。
ヤルには私から話をしておこう」
「本当ですか!? ありがとうございます」
顔を綻ばせて、フィーは深々と頭を下げた。
「良かったぁ、今日の宿はこれで確保できたわね」
ホッと胸をなで下ろすセレナに、レオは無言で冷ややかな目を向けた。
「何よぉ、いいじゃない。布団の上で休めるかそうじゃないかっていうのは、
とても大事なことなのよ!!
それにヤルさんのご飯、とっても美味しいじゃない!?」
「あーわかったわかった」

ファード集落唯一の”ヤル”の宿屋は、快適で料理が充実してる割に料金が格安なので、
セレナの『お気に入り宿屋』の上位にランクインされているそうだ…。

仲間達の口論が耳に届いているのかいないのか、
にこにこと笑みを湛えてゆっくりと顔を上げたフィーは、
ふと、ワールウィンの遥か後方の木陰からそっと顔を覗かせる、
ファード族の子供と目が合った。
「……あの子は?」
「何だ、見ていたのかオファイス?」
振り返るワールウィンの視線を避けるように、オファイスと呼ばれた子供は慌てて顔を引っ込めた。
「…やれやれ…」
ワールウィンはひっそりと息をつき、苦笑いを浮かべた。
「どうか、したんですか?」
「いや、あいつはセプターではないのだが…どうもカルドセプトの戦いに興味を持ったらしい。
時折、ああしてこっそりと戦いを眺めているのだ。
危ないから近づいてはいけないと、何度も言っているのだがな」
恐る恐る…といった感じで再びオファイスが顔を出したので、
にっこりと微笑んでフィーは軽く手を振った。
オファイスの表情がぱあっと輝くが、はたと我に返ると、またしても木陰に顔を隠してしまった。
「あらら…」
「…仕様がないヤツだな…」
手を挙げたまま固まってしまうフィーと、本日何度目かの溜め息を零すワールウィン。
その後、オファイスの顔が木陰から現れることはなかった。




既に太陽の姿は隠れ、替わりに煌々と輝く月の光が岩肌を照らしている。
峡谷に吹く風はやや冷たく、フィーは愛用している菫色の外衣を羽織ってこなかったことを後悔した。


宛がわれた宿を一人離れ、夜のカザテガをふらりと散歩する。


 ――もう、行かなくては。


同じ言葉が、頭の中でぐるぐると巡る。
張りつめた表情のまま、フィーは俯きがちに歩みを進めた。

必ず勝てるなどという確信は無い。
しかし、これ以上決着を先延ばしにはできないこともわかっている。
あの人と約束したのだから、「もう逃げない」と。


――ジェミナイには会ってはいけない。
それは怯えなのか警鐘なのか、まだわからない。
しかし、プロムスデルへ出向いてジェミナイに会わなければ、何も始まらないのだ――。


パキ…と枯れ枝が折れる音によって思考が遮断される。
顔を上げると、昼間の子供がぼんやりとフィーを見上げていた。

「どうしたの、こんな時間に?」
腰を屈め、子供の目線に合わせる。
昼間のようにまた逃げられるかと思ったら、オファイスはフィーから視線を逸らそうとしなかった。
「…お姉ちゃん、セプターなんだよね?」
「――そうだよ」
昼間の戦いは既に見られているのだから隠しても仕方がないと判断し、フィーは正直に頷いた。
「いいなぁ、格好良いなぁ。僕もセプターになりたいな〜…」
ぱあっと顔を綻ばせて、オファイス少年は更に期待に満ちた視線を投げかけてくる。
逆にフィーの方が目線を泳がせる羽目になった。
「ええっと…君はオファイス君…だっけ?」
「うん!僕オファイス!!」
「こんな時間に一人で外にいたら、お母さん達心配するよ?」
自分のことを突っ込まれると何の反論もできないが、
さすがに保護者らしい人物が見あたらないので尋ねてみると、
オファイス少年はほんの少し顔を曇らせた。
「しないよ。だって、父ちゃんと母ちゃんはもういないし、
長老様は話し合いに出かけちゃってるから」
『もういない』という言葉に、チクリと胸が痛む。
「父ちゃんと母ちゃんは、僕がちっちゃい頃死んじゃった。
だから、ずっと長老様のところに住んでいるんだ。
寂しいけど、長老様もワール兄ちゃんもみんな優しいから、平気なんだ」
指先で鼻を擦ってにっこり笑う少年の頭を、フィーがそっと撫でる。
「強いんだね、オファイス君は」
「えへへー。でも、セプターになったら、もっと強くなれるんじゃないかなぁ。
ねえねえ、お姉ちゃんって強いんでしょ? 僕にもカードの使い方教えてよ〜!」
オファイス少年に懐かれてしまい、フィーはどうしたものかと考えを巡らせたが、
長老の家まで少年を送りながら、ちょっとだけ話を聞かせてあげることにした。


「怖い、ことがあるの?」
「…怖いよ、もちろん。
だって、使い方を間違えたらみんなに迷惑をかけてしまうから。
この力はね、むやみに使っちゃいけないの。
でも世の中には、悪いことのためにこの力を使う人がいるんだよ」
「じゃあ、カードを捨てようって思ったことはないの?」
「それはないよ」
「どうして?」
「だって、これは大事な人から借り受けたものだから。
これを捨ててしまったら、その人のことを裏切ることになるからね」
「裏切る…?」
「そう。それから、これまで戦ってきた人たちのこともね」
「ふぅ〜ん、そうなんだ…。でも、僕はやっぱり羨ましいなぁ。
僕もいつか、ワール兄ちゃんみたいにカッコ良くカードを使ってみたいな〜」

月明かりを頼りに、手を繋いで長老の家に向かう。
家々から漏れる物音や声、風の音、そしてフィーとオファイスの話し声しか聞こえない、静かな夜。
吹く風は依然冷たいが、2人で話をしていると不思議なことに寒さを忘れてしまう。


しかし、乾いた木をガンガンと打ち付けるけたたましい音で、静寂は破られた。


「あっ…怪しい集団がっ、こっちへ向かっているぞ〜っ!!」
悲鳴にも似た叫びが、峡谷にこだました。
峡谷の入り口を警備していたファードの青年達が、慌ただしく飛び回る。
「…集団って…一体どうして…?」
ただならぬ雰囲気に、オファイスはフィーの腕にしがみついた。
「大丈夫、大丈夫だから」
震える少年の肩をそっとさすり、フィーは注意深く周囲を見渡した。
「フィー、こんなところにいたのか!?」
上空から聞き覚えのある声が降ってきた。
ファードの勇敢な戦士ワールウィンである。
「すまないが君の力を貸して欲しい。私の後について来てくれ!」
「はいっ、わかりました!
オファイス君、危ないから早くおうちに帰るんだよ。
一人で…大丈夫だね?」
「……うん」
「絶対に外に出たらダメだからね!?」
「…うん……」
オファイス少年をそっと抱きしめたあと、フィーはくるりと背を向けてワールウィンの後を追いかけた。


オファイスはただ呆然と、遠ざかる背中を見つめていた。



続く。


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