いつかその手を取る日まで・2





雲一つ無い闇夜にぽっかりと浮かぶ月。
その光は、招かれざる客の姿を容赦なく照らしている。

「どっ、どーすんですかい、兄貴ぃ!?
やっ奴らに見つかっちゃいましたぜぇ!?」
「ええい喧しい、騒ぐんじゃねえ!」
隠れているつもりなのか、岩肌に身を張り付けながら情け無い声をあげる痩せた男に、
別の岩陰から集落の様子を窺っていた大男が一喝する。
「だがな、こっちにも心強〜い味方がついてんじゃねぇか!ビビッてんじゃねぇよ!」
「しっしかし…、あいつら、本当に信用できるんすかね?」
「信用なんてするこたぁない。俺たちゃなあ、奴らを利用してるんだ」
「さ、さすがッスよ、兄貴!」
「連中が何故俺らに手ぇ貸すのかは知らねえが、お宝さえ手に入れたら、
奴らのカードもついでにいただいちまうのよ!」
「お、おおっ!!」
大男の背後に陣取っていた男達から、歓声が上がる。
「だーかーら、騒ぐんじゃねぇって言ってんだろうがっ!!」


冷たい風を裂くように空を駆けるのは、有翼の青年とまだあどけなさの残る少女。
少女の背には、光の翼が生えている。
青年に遅れまいと『フライ(飛翔)』のカルドセプトを使用したのだ。
「ワールウィンさん、怪しい集団って一体…?」
「見張りの報告によるとどうも盗賊団らしいのだが、
南側には鎧姿の人間が集まっているという情報が入ってきたのだ」
「鎧姿って…まさか!?」
「そのまさかだ」
「…ジェム教団…」
脳裏に浮かぶのは、ソルタリアの三賢者と呼ばれながら破壊神を崇める邪教団を設立した威圧的な男の姿。
そして、男に付き従う残忍な信者達。
「奴らは勢力を伸ばし始めた頃、何度かこの峡谷を攻めてきたことがあった。
その度に我らファードのセプター達が何とか退けてきたのだがな」
「そうだったんですか…」
「南の方には、レオとセレナも向かってくれたそうだ。
せっかく訪ねてきてくれたというのに、こんなことになってしまって本当にすまない」
「そんな、謝らないでください。
困った時はお互い様って言うじゃないですか?」
屈託無く笑いかける少女に、青年は控えめな笑みを返した。

北に向かって羽搏き、ようやく峡谷の入り口にあたる細い道が見えてきたところで、
ワールウィンとフィーは怪しい集団と揉めているファードの青年達と合流した。


「貴様ら、ここをファードの集落と知って足を踏み入れたのか?!」
「はっ、ここが鳥の巣窟だってことぐらい知ってらぁ。
最近ここで見つかったっちゅうお宝さえ大人しく寄越したら、
俺らだってこんな寂れたところには用はねぇんだよ!」
品のない笑みを浮かべる盗賊団と思しき男達と、鋭い眼光で彼らを睨み付けるファードの戦士達。
一触即発の雰囲気に気圧され、フィーは無意識に一歩後退る。
「……すまない」
盗賊団からフィーを庇うように立つワールウィンが、振り返ることなく詫びの言葉を呟いた。
「…いえ。大丈夫、です」
深く息を吐き出し、フィーはベルトに装着されているブックケースに手を伸ばす。
今にも起こりそうな争いに、出遅れないように。

ワールウィンは無言で盗賊と戦士の間に割って入り、険しい声で言い放つ。
「お宝とは、一体何のことを言っている!?」
「はっ、しらばっくれてんじゃねぇよ。
この谷で大層珍しいカードが見つかったって情報は、商人達の間では知れ渡ってんだい。
てめえらなんぞにレアカードはもったいねぇから、この俺様にさっさと寄越しな!」
「そのような物は無い。仮にあったとしても、貴様達に渡す理由など無い」
「あぁ、別に構わねえよ。寄越さねえってんなら奪い取るまでだ!」
その言葉を合図に、盗賊団の首領が懐からカードを取り出し、狂戦士バーサーカーを召還した。
それまでにやにやと笑っていた盗賊の一味もまた、首領に倣う。
腐った死体ゾンビ、不死の骸骨兵スケルトン、山賊バンディット、食屍鬼グールなどが続々と召還された。
「…くっ、仕方がない。
いいか、奴らを一歩もこの地に入れるな!」
「ああ、わかった!」
「任せておけ!」
ワールウィンの声を合図に、ファード族のセプター達は盗賊団を取り囲むように四散した。
「フィー、我々も行くぞ!」
「はいっ、頑張っていきましょう!」
「ガルーダ神よ、我らに勝利を…!」
ワールウィンは月の光を浴びて力強く羽ばたき、盗賊団の側面に回った。
素早くカードを引き抜くと、鳥身の美女ハーピーと弓のエキスパートであるアーチャーを立て続けに呼び出した。
屹度顔を上げ、フィーもまたカルドセプトを手に取った。
瞳を閉じて指先に魔力を集中させ、紅蓮の炎を纏った恐竜―パイロドレイクと、
素早い攻撃で敵を翻弄する拳法の達人―マスターモンクを召還する。
「いくよ、エース、ジョーカー。
ここは、絶対に通さないんだから…!」
その声に呼応するように、紅蓮の恐竜は敵を威嚇するように唸り、
達人は眼前で腕を組んで黙礼した。


ぶつかり合う剣戟とクリーチャーの悲鳴が、峡谷に響き渡る。

骸骨兵の剣を交わし、ハーピーが鋭い爪で骨を弾き飛ばす。
ハーピーは瞬く間に離れ、間髪入れずに恐竜の炎が骸骨を焼き尽くした。
毒を持つ食屍鬼の爪と山賊のナイフを避けながら、達人は山賊の腹に蹴りを叩き込む。
一瞬の隙を逃さず、アーチャーが山賊の右手と食屍鬼の頭に矢を放った。

強奪が目的でカードの力を振るう者と、数々の戦いをくぐり抜けてきた戦士とでは、力の差は歴然としていた。
「あ、兄貴ぃ〜っ!」
「ええい、叫くなっ! 退くなっ!!
何が何でも、お宝をいただくんだっ!」
盗賊団のクリーチャーが次々とカードの姿に戻っていく中、
首領の男はバーサーカーを手札に戻し、新たに別のカードを引き出した。
「俺らに逆らったことっ、後悔させてやるっ…!!」
男は額に汗を幾つも浮かべて、カードに力を集中した。

ズシッ…と、大地が揺れる音がした。
カードから光が溢れ、姿を現したのは、巨大な彫像。
振り回す拳から巻き起こる暴風は、集落の家を吹き飛ばさんばかりの勢いだ。

「はーっはっはっ!!どうだ、参ったか!?
土下座してカードを寄越せば、今なら許してやるぞぉ!」
召還した巨像を満足そうに見上げ、首領は豪快に笑った。
「さ、さすが兄貴…!」
「よーし、俺達も続くぞ!!」
子分達が数箇所に散らばり、それぞれ一枚のカードを取り囲んだ。
複数のセプターによる召還で巨大化した火蜥蜴と燃え盛る尾を持つ昆虫、さらには毒蜘蛛まで呼び出した。


「な、何とっ!?」
「……ぬう」
首領がコロッサスを召還したことで、盗賊団は勢いを取り戻した。
その空気を感じ取ったワールウィンとフィーは顔を見合わせる。
「ワールウィンさん、ガルーダは?」
「…いや、まだだ」
「わかりました。少し時間を稼ぎましょう」
「すまない」
ワールウィンは左上空に舞い上がった。
盗賊団のクリーチャー達から間合いを離し、フィーはさっと手札に目を通した。


 ――サラマンダーにエースの攻撃は通用しない。
 だったら、ヒュージスパイダーの方を足止めして、それから…。


ふと顔を上げると、フィーは右手側に「ここにいてはいけない者」の姿を認めた。
壮絶なクリーチャー同士の戦いに怯えながら、節榑立った古木の影に身を潜めているのは、
自分の家に帰っているはずの、ファードの少年だった。


 ――――危ない!!

弾かれたように駆け出した。
何故オファイスがここにいるのか、そんなことを考える余裕はなかった。
ただ少しでも早く、この危険な場所から彼を遠ざけないと――。


「その姉ちゃんを逃がすなあっ!!
連中が言ってたセプターかもしれねぇからなぁ!!」
フィーが逃亡したと勘違いした首領が、子分達に追跡を命じた。
咆吼と共に、火蜥蜴の動きが早まる。
「…オファイスっ!!」
手を伸ばせば辛うじて届きそうなくらいの距離まで詰めたところで、
炎を纏った火蜥蜴の爪がフィーの背中目掛けて振り下ろされた。




続く。


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