いつかその手を取る日まで・3





「バカ野郎ッ!!誰が殺せって言った!?」
「す、すんません兄貴ィ、けど力加減が……。」
「死んじまったら、奴らから報酬ふんだくれねぇだろが!
ちったぁ考えろっ!!!」
「は…はぁ…。で、でもあの姉ちゃん、どうやら生きてるみたいですぜ。」


「フィー!!」
眼下の惨状に気付いたワールウィンが巨像の拳を躱しながら急降下するが、
行く手をピラリスに阻まれ、苛立たしげに一枚のカードを投げ下ろした。
(まだか…まだなのか?)
未だその手に現れない「神の一枚」をじりじりと待ちながら、
背後で弓を番えるアーチャーにピラリス阻止を命じた。


火蜥蜴の鋭い一撃にフィーは吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられた。
炎はフィーの髪と背をじりじりと焦がし、次第に勢いを弱めていく。

「…お、お姉…ちゃん…っ!?」
慌ててオファイスが駆け寄った。
自分の手が焼けるのも構わず、残り火を叩いて消していく。
フィーは手を伸ばし、少年の手首に触れてその動きを止めた。
「…家に…帰りなさいって、言ったのに…。
――でも、無事で…良かった。」
弱々しい笑みに、少年の目からぶわっと涙が溢れた。
フィーは腕に力を込めて何とか起き上がろうとするが、
肌が焼ける痛みに加えてサラマンダーの爪が残した裂傷に表情を歪め、
力無く突っ伏してしまった。
それでも無理矢理顔を上げると、サラマンダーが再びこちらに近づいてくるのが見えた。
「ま…まずい……!」
力を振り絞って起きあがりオファイスを押し退けようと試みたが、
自分で思っている以上に、腕に力が入らなかった。
「お姉ちゃんっ!?」
オファイスの悲鳴が頭上から聞こえたが、為す術も無くフィーはただ唇をぎゅっと噛んだ。
咆吼と共に迫り来るサラマンダーを、一陣の風が阻んだ。
鷲の翼と獅子の下半身をもつクリーチャー・グリフォンが、フィー達と火蜥蜴の間に割って入ったのだ。
ワールウィンが投げたカードから召還されたグリフォンは、
サラマンダーを威圧させるべく低く唸った。
「――そっか…カード…。
バカだなぁ、私…。」
フィーは自嘲気味に呟いた。
サラマンダーに殴られた弾みで手放してしまったカードを諦め、
鈍い動きでホルダーから数枚のカードを引き抜いた。
痛みを堪えて手札を繰り、呼び出したのは巨大な氷の壁・アイスウォール。
這うようにアイスウォールに近づき、ゆっくりと息を吸うと、
フィーはよろよろと身を起こし、氷の壁に己の背を押しつけた。
「うあっ……!!」
激しい痛みと強烈な冷気がフィーを襲う。
荒療治にも程があるが、痛みより冷たさが勝ったのか、もうろうとした意識が次第に働くようになってきた。
「お姉ちゃんっ…!!」
「だ、大丈夫…大丈夫だから。…泣かないで、オファイス。」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、オファイスがフィーの腕にしがみつく。
オファイスの頭を撫でながら、フィーはゆるりと視線を上げて状況を把握しようとしたが、
切り札となるであろうカードを所持する青年の姿を確認することはできなかった。
「オファイス。ワールウィンさんは、見える?」
「ワール兄ちゃん? ……苦しそうだよ。
あのおっきな怪物に圧されてる…。」
「い、急がなくちゃ…ワールウィンさんのガルーダを早…くっ!?」
アイスウォールに背を預けたまま新たなクリーチャーを召還しようとするが、
腕を動かした瞬間激痛が走り、ばらばらと手札を地に落としてしまった。
「お姉ちゃん…ごめ…ん、なさい…、ごめんなさいっ!!」
傍らで膝をついているオファイスが、えぐえぐとしゃくり上げた。

(…あぁ。泣かせるつもりはなかったのに…。)

うまくいかないものだな、と苦い思いでフィーは呟いた。
カードを拾い上げようと腕を伸ばすが、辛うじて指先が掠る程度でどうしても届かない。
「オファイス…ごめん、拾って…くれる?」
無理に笑顔を作ってみせるが、吐き出される息は荒く、額には脂汗が浮かんでいる。
「…で、でも、お姉ちゃん…。」
「―――お願い。」
狼狽えるオファイスの腕にそっと手を添え、懇願する。
辛そうな表情を浮かべてはいるが、フィーの新緑を思わせる瞳が、強く輝いた。
オファイスはやや躊躇ったが、零れる涙を拭ってゆっくりと頷くと、フィーの落としたカードにそっと触れた。

その時――。


カードが淡い光を放ち、オファイスの身体を包み込んだ。
それは次第に煌々と輝きを強め、夜を照らすばかりか、辺りの空気を圧倒し始めた。


その異変に、ファードの戦士達も盗賊一味も一瞬動きを止めた。
誰もがその強い光に目を奪われた。
だが、戦い慣れしているワールウィンはすぐ我に返り、
すぐさまグリフォン・ハーピー・アーチャーに攻撃を命じた。
気付いた盗賊達が慌てて防御に回る。
静まりかえった峡谷に、再び咆吼が響き渡った。

「わっ…な、何これ!?」
己の変化に目を丸くするオファイス。
光の正体が自分の手にしたカードだと気付くと、さっと表情を引き締め、
祈りを捧げるように両手でカードを掲げた。

(…この光は、確か……。)
目の前の少年を包む光に覚えがあるフィーは、記憶の糸を手繰り寄せ、
生まれて初めて自分がカルドセプトに触れた時のことを思い出した。


――それは、魔力が解放される瞬間――。
カードを駆使する能力に目覚めたしるし。


煌々と輝く光は、やがて光の粒となって舞い上がり、
毒蜘蛛の針に貫かれたパイロドレイクの前足に、火蜥蜴の爪に裂かれたグリフォンの翼に、
巨像の拳が掠ったハーピーの頬とマスターモンクの肩に、さらさらと舞い降りた。
そして、巨像の隙を窺いながら空を駆けるワールウィンとファードの戦士達、
巨大な氷壁に身を預けるフィーの頭上にも降り注いだ。

「…オファイス…。そっか、そのカードは…。」

少年が手にしたカードの正体に気付き、フィーは微かに笑みを零した。


――命の潮流、ライフストリーム。
戦いで傷ついたクリーチャーを癒す力を秘め、また、わずかながらセプターの傷をも癒し、
魔力をもたらす光の粒。

「…うん。温かい光だね。」
フィーはゆっくりと手を伸ばし、落ちたカードを一枚一枚拾い上げた。
そして、アイスウォールに寄り掛かりながらゆっくりと立ち上がった。
焼けた上着から覗く背中は皮膚が爛れ、火蜥蜴の爪がつくった傷口は辛うじてふさがったが、
無惨にも蚯蚓脹れとなって残った。
それでも、足は戦場に向かって進み出る。
よろよろと、一歩ずつ。
「……お姉ちゃん?」
癒しの力を出し尽くした少年が見上げると、傷ついた少女は目を細めて頷いた。
「大丈夫。…オファイスが、助けてくれたから。」
氷の壁を手札に戻し、ゆっくりと息を整えると、風の加護を受けた可憐な魔法使いと、
半身半馬の弓使いを新たに呼び出した。
「お願い、ワールウィンさんの……援護を!」
ウィッチは柔らかく微笑み、ケンタウロスは弓を翳して、主の命に従うべく巨像に立ち向かっていった。


「――すまない。許してくれ。」
ワールウィンは、ぼろぼろに傷ついてもなお戦いを止めなかった少女に、
今日何度目かの詫びの言葉を口にした。
そして、彼が手にした次のカードは。

――待ちこがれていた、「神の一枚」。

ワールウィンは躊躇うことなくカードを頭上に掲げた。
「――神よ、我らに力を!!」
光を放つカードから姿を現したのは、ファード族で古から神と崇められている金翅鳥。
風の眷属である同胞の力を多く得る程、その槍の威力が増すと伝えられている。
その羽ばたきは力強く、雄々しい。
「…良かった…。これで、コロッサスに勝てる…!」
オファイスに支えられながら、片膝をついてワールウィンの戦いを見守っていたフィーの表情に明るさが戻る。
一方のオファイスは緊張した面持ちで、金翅鳥の勇姿を一心に見つめていた。

ようやく姿を現したガルーダは、ファードの集落を荒らしまくる巨像を険しい目つきで睨むと、
槍をコロッサスの心臓部目掛けて投げ飛ばした。
無駄のないその動きは流れるようで、しかし他を寄せ付けない強さに満ち溢れていた。
神の一撃は、一直線にコロッサスの心臓を貫いた。
苦悶の呻きを漏らした巨像は槍を引き抜こうともがくが、深々と突き刺さった槍はピクリとも動かず、
とうとう巨像はズン…と膝をつき、あっという間に一枚の石版に戻って地面に落ちた。
乾いたパサリ…という音が、この戦いの終わりを告げた。
「そ…そんな……。お、俺様のコロッサスが…!?」
「あ…あ、兄貴ぃ…っ!?」
まさかコロッサスが敗れるなどと、夢にも思わなかったのだろう。
盗賊団の首領は尻餅をついて、ガクガクと震えだした。
子分達もまた、予期せぬ結末に慌てふためいている。
「どうする、まだ戦うか!?」
盗賊団の眼前に舞い降りたワールウィンの鋭い声に、ビクリ、と肩を震わせる。
「……へっ、ま、まだまだ…。だ、だって俺達には、ジ、ジェム教団の奴らが…。」
「――――――。」
ふう…と大仰に溜め息を零すと、ワールウィンは屹度盗賊どもを睨み付けた。
「――ジェム教団が、どうしたって!?」
不意に頭上から声が降ってきて、盗賊団は「うぎゃっ!」とか「ひえっ!?」とか情け無い声をあげた。
振り仰ぐと、レオを背に乗せた翼持つ白馬が緩やかに降下してくる。
ペガサスから飛び降りたレオが、にやり…と不敵な笑みを零した。
「残念だったな。奴らはもうここにはいない。」
「な…な、なんだとぉっ!?」
首領が素っ頓狂な声をあげるが、レオは鼻で笑って追打ちをかけた。
「奴らは何か探しているようだったが、俺達に敵わないとわかったら、
しっぽを巻いてそそくさと逃げ出したぞ。」
「なっ…! だ、だって、手配中のセプターは…。」
「ここには奴らが捜しているセプターなどいないさ。
報酬か何かを当てにしていたようだが、無駄骨だったな。」
これには、首領も子分達も言葉を無くす。
レオの言葉を合図に、ファードの戦士達が盗賊どもを次々と縄に掛け始めた。
最早抵抗する気力をなくしたのか、盗賊一味は虚ろな表情でがっくりと肩を落とすだけだった。


「フィー、急いで手当をしなくては…!」
「だ、大丈夫か、フィー!?」
慌てて駆け寄るワールウィンとレオに、片膝をついたままのフィーは苦笑いを返す。
「…大丈夫、大丈夫。ワールウィンさんも、レオもオーバーだよ…。」
しかし、額に浮かぶ汗と微かに震える肩で、その笑みは痩せ我慢だと気付いてしまう。
「レオ、すまないがフィーをペガサスの背に乗せてやってくれないか。」
「ああ、わかった。任せてくれ。」
レオの肩を借りてよろよろと歩くフィーの側に、瞳に涙を浮かべたファードの少年が寄り添う。
「お姉ちゃん…死んじゃうの? 死んじゃやだよぉ…。」
「…コラ、いつまでも泣かないの。
お姉ちゃんは、この程度の傷で死んだりなんかしないから。」
「うん…うん。ごめん、なさい…。」
必至に涙を堪えようとするオファイスの頭を優しく撫でる。
レオの天馬に身体を預け、フィーは痛みに耐えながら戦いの痕を見つめる。
岩肌はぼろぼろと崩れ、何軒かの家は転がった岩と巨像の拳に押しつぶされている。
火蜥蜴と火炎虫の炎に焼かれた家は、ぶすぶすと煙を吐いている。
「―――ひどいよ…。」
呟いた言葉は風にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
ぶり返した激痛を堪えるように、フィーはきつく自分の肩を抱いた。




続く。


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