軋む歯車・1
薄暗い洞窟の天辺から重力に逆らうように伸びている、円柱状の建造物。
地面すれすれまで届こうかという階段が、中に入るためのただ一つの手段であるようだ。
分厚い扉を開けると、ギギィ……という耳障りな音が洞窟内に響いた。
建物の中は薄暗く、人の気配がまるで感じられない。
それどころか、禍々しい空気がより一層濃くなったように感じられる。
邪悪な教団の巣窟と化した聖地の重苦しさに、一同は顔を顰めた。
「…本で読んだことあるけど、ここ、昔は多くの巡礼者で賑わっていたそうよ。
それなのに…それなのに、こんな嫌な感じ……」
螺旋状に続く階段を上りながら、セレナが忙しなく周囲に視線を走らせている。
本から得た情報と相当かけ離れているのだろう、明らかに怯え戸惑っている。
「酷い有様だな」
しんがりを務めるレオもまた、声を潜めながら階下と階上を交互に見やり、注意深く歩みを進めている。
「あのバルベリトとかいう男、何をしでかすかわかりませぬぞ。
どうかお気をつけくだされ、フィー殿」
見上げてくるゴリガンに、フィーは無言で頷いた。
それからしばらくは、皆が言葉を交わすことなくただひたすらに階段を上り続けた。
もうすぐ…もうすぐよ…
微かに声が聞こえたような気がして、はっとフィーは顔を上げる。
忘れもしない。いや、忘れたくても忘れることができない、その声の持ち主。
カザテガで自分の前に現れ、「待っている」と告げたその人物の姿が、フィーの脳裏を過ぎった。
いい加減、待ちくたびれちゃった。早くここまでいらっしゃいよ…
「どうかしましたかな? フィー殿?」
突然足を止めたフィーに、ゴリガンが声をかける。
「う、ううん、何でもない。…ちょっとでも人の声がしないかなぁって思って」
「奇妙ですな、全く。ここに多くのセプターが捕らえられてると聞いておりますのに」
「…ほんとに、ね」
階上と階下、そしてこの螺旋階段からいくつも伸びている石造りの廊下をぐるりと見渡し、
誰か人がいないかと捜す振りをしながら、フィーはただ自分に話しかけてくる声の主を目で追いかけようとした。
しかし、この建物の中では、あの『影』のような存在を感じ取ることはできない。
カザテガの宿に突然現れた時のような……。
(…ここにはいない。もう少し先の――)
そう思い至った時、一瞬、目の前が真っ暗になったような気がした。
――何で、そんなことがわかるんだろう?
ゆるりと頭を振って、止まりかけた足を踏み出す。
「絶対に、逃げたりなんかしない。
どんなことがあっても」
もう一度、フィーは自分に言い聞かせるように呟いた。
長い長い螺旋階段を上りきったところで、一行はようやく広間に辿り着いた。
松明の明かりが赤々と照らすそこは、しかしまだ目的の場でないことを思い知ることになる。
「うそぉ…。まだ階段があるっ…」
セレナが恨めしそうに広間の奥を指さした。
その先には、更に上へと続く螺旋階段。
そして――。
「や〜っとお出ましかい。ずいぶんと余裕あるねぇ」
頭上からの声に、皆が一斉に振り仰ぐ。
螺旋階段の途中で身を乗り出すように立っているのは、
鍔の広い帽子に黒マント、ニヤニヤと不遜な笑みを浮かべる隻眼の男。
これまで何度となくゴリガンの、そしてフィーの前に立ちふさがった賞金稼ぎ。
「やはりおぬしか…ライバーン!」
「いやぁ〜、正直、てめーらが来ないと俺様は困るんだよねぇ。報酬がもらえなくなっちまうからなー。
……って、てめーら無傷かよっ!? ガミジンとミュリンの奴、何してやがったんだ!?」
ライバーンのからかうような笑みが一転して、苦虫をかみつぶしたような表情に変わった。
「あなたっ、バルベリトに雇われているのね!?」
「はっ、何とでも言ってろよ。ここでてめーらを倒せば、積年の恨みも晴れるってもんだぜ」
「とんだ言いがかりだな。
…で、ここでバルベリトに取り入って、フィーを倒そうって訳か」
「まぁ、そんなとこだな。
とりあえず、さっさと上がってこいよ。舞台は…この上だぜ」
再びニヤニヤと笑い出したライバーンは、やけに余裕があるように見える。
邪教の教主とはいえ曲がりなりにも賢者であるバルベリトと手を組んでいるのだから、
今度こそ勝利は間違いない…と確信でもしているのだろう。
「みんな、とにかく先へ行こうよ」
階上で笑っている男を睨み付けてから、フィーが階段を指さした。
「そ、そうですな。こんなところで油を売っている時間はありませんぞ」
ゴリガンの声にセレナも、そしてレオもようやく落ち着きを取り戻したようだ。
広間を横切り、螺旋階段へと向かうフィー達に、ライバーンは揶揄の声を飛ばした。
「俺様は一足先で待ってるぜ〜。ま、せいぜい気をつけるこったな」
「……どういうことですか?」
「さぁ〜てな。もうすぐわかるぜー」
フィーの問いには答えず、ライバーンは闇に紛れて姿を消してしまった。
直後、突き刺すような視線をいくつも感じ、慌てて周囲を見回した。
これまでは全く感じられなかった人の気配が、急激に増えていく。
「……なっ!?」
ぞっとするような笑みを浮かべた老人、肩を怒らせ真一文字に口を結ぶ大男、
うつろな表情でふらふらと歩く女性…。
広間の中央へと、じり…じり…と歩み寄る人々の目は暗く澱み、
正気ではないことを告げている。
みるみるうちに、フィー達は邪教のセプター達に取り囲まれてしまった。
「ちょ、ちょっとぉっ、何なのよこの人達っ…!!」
「こいつら…教団の連中か!?」
一人の男がカルドセプトを頭上に掲げ、生ける骸骨――スケルトンを召還する。
すると、他の教徒も彼に倣い、ゴブリンやゾンビなどのクリーチャーを次々と呼び出していく。
「まずいぞっ! このままじゃ…」
「バルベリトめ、ここで我々の力を削ぐつもりですな!?」
無数のクリーチャーとセプターに囲まれ、フィー達は螺旋階段への道を閉ざされようとしていた。
「…しょうがないなぁ。ちょっと強引だけど、道を空けようか」
ふうっ…と溜息をついて、フィーがブックケースに手を伸ばそうとしたその時。
「…待ってくれ!」
目映い光とともに剣士サムライ、そして有翼幻獣グリフォンが現れ、
教徒達のクリーチャーを一体、また一体と蹴散らしていく。
「…レオ!?」
「ここは俺に任せてくれ。君には、戦うべき相手がいるんだから」
「無茶だよ! こんなにたくさんセプターがいるのに!?」
「大丈夫だ。俺にだって奴らの足を止めるくらいできるさ」
「でもっ…!」
バンニップを召還する手を止め、がしっとレオはフィーの肩を掴んだ。
「君は、こんなところで魔力を無駄にしてはいけないっ!
だから、先に行ってくれ。俺も…俺も後から必ず追いつく。
ゴリガン! セレナ! フィーを頼む!!」
二人は一瞬顔を見合わせたが、逼迫したこの状態で迷っている時間はないと判断したのか、
互いにさっと表情を引き締めた。
「…すまぬ、レオよ」
「わかったわ、任せてっ! さっ、行きましょ!」
フィーの腕を掴んで、セレナが先へ行こうと促す。
「…レオ……」
なおその場を動こうとしないフィーに、レオは力強く頷いてみせる。
「そんなに心配するなよ。君の方が、もっとずっと厳しい戦いになるはずだ」
「……レオ…」
再び、セレナに腕を引かれる。
とうとう観念したように、フィーはきゅっと唇を噛み締めた。
「……わかった。ありがとう、レオ。
絶対に…絶対に無理しないでね」
「君こそ、気をつけろよ!」
くるりと踵を返し、フィーはセレナ達と螺旋階段へ向かって走り去る。
その姿を見送って、安堵の息を吐いてから、ようやくレオはバンニップを喚び出した。
既に多数のゾンビを斬り払っているサムライ、そして鋭い嘴と爪でスケルトンの骨をバラバラに粉砕しているグリフォンを援護するように、バンニップが勢いよく水を撒き散らし、教徒達を混乱させる。
「……ああ言った手前、こいつらを大人しくさせないと、カッコつかないよな」
苦い笑みを浮かべて、レオは更にカードを引き抜いた。
「お前達なんかに、フィーの邪魔はさせないぜ!」
頭上に掲げたカードから、眩い光が放たれた。
続く