軋む歯車・2
長い螺旋階段を駆け上がり、辿り着いたのは薄暗い礼拝堂。
中心部へと続く廊下は幅が狭いうえ手すりなどは一切なく、階下から照らされる明かり以外に頼る光がないため、礼拝堂まで渡るためには細心の注意が必要だった。
奥の廊下から螺旋階段が続いているが、天井までの高さはあまりないようだ。
乱れた息を落ち着かせながら、一歩また一歩と礼拝堂の中心へと向かう。
廊下を渡りきったところで周囲をぐるりと見渡せば、
不気味な骸骨と巨大な石像が薄暗い礼拝堂を取り囲んでいる。
「……やだ。気味が悪い」
「悪趣味…としか言いようがありませんな」
セレナとゴリガンの言葉に、無言でフィーが頷く。
これが、かつて『聖地』と呼ばれていた場所だと、誰が信じるのか。
洞窟へ足を踏み入れた時から感じていた重苦しい空気は、階を上るごとに深くなり、
身体にまとわりつくような不快感を伴っている。
…くす、くす
――声が、また聞こえた。
…くすくす。
やっと…ここまで来たわね。
まあ、今のあなたなら、あんな人達なんて軽〜くひと捻りできるでしょうけど、
こんなところで負けちゃった…なんてバカな真似、しないでちょうだいよ。
ちゃんと、私が待っている『最後の場所』まで来ることね……。
――いい気なものだ。そうやって、何もかも見通して一人で笑っているのか。
ひどく不愉快そうに、フィーは天を振り仰ぐ。
薄暗い天井とそこにつながる螺旋階段しか見えるものはない。
しかし、その先に必ずいる。
声の主――ジェミナイ――が。
…もうすぐ、もうすぐよ。
あと少しで、願いが叶うわ。
早く…私とあなたで、あいつの息の……
――あいつ? ――息の?
一体何を言っているのか…?
「待っていたぞ」
威厳のある低い声に、フィーの思考は遮られた。
天井からゆっくりと戻した視線の先には、礼拝堂の中央に悠然と立つ黒ずくめの賞金稼ぎ、
そして金の鎧を身に纏った賢者の姿が。
ようやくここまで辿り着いた。
しかし、そう思う反面、ここがまだ最後の場所ではないことをフィーは理解している。
目指すべきはこの先、『声の主』がいる場所――――。
「何だぁ、思ったよりも早かったな。全く、使えねー奴らだぜ。
…って、ひいふうみぃ……。一人足りねーじゃん。
ははぁ〜、そうか。あの坊主が一人残ったんだな。泣かせるねぇ〜」
「ライバーン、おぬしという奴は……」
相変わらず嘲るような口ぶりのライバーンに、ゴリガンが悲しげに俯いた。
「さあ、我らとお前で、決着をつけようではないか」
賢者バルベリトの声には応えず、フィーは険しい表情で男二人を睨み付けた。
「あの人達を止めて」
「あれは、我が教団の信徒。私が長年かけて集めた、優秀なセプター共だよ」
「今すぐ、攻撃をやめさせて」
「そうはいかぬよ。元はといえば、あれはお前の力を消耗させるために広間へ集めたのだ。
少々計算が狂ってしまったようだが、ここに我らがいる限り、お前は後戻りなどできぬのだぞ」
「…だったら、」
誇らしげに笑うバルベリトを見据え、ゆっくりとフィーは息を吐いた。
「だったら、ここであなた達を倒して、レオを助けに行く」
「愚かなことを。我ら二人に敵うとでも思うのか?」
「――私だってセプターよ。あなた達が二人で戦うって言うなら、私も戦うわ。
フィーと二人で、あなた達の化けの皮をはいでやるんだから!」
ずいっと前に進み出て、フィーの横に並ぶセレナ。
手にはしっかりと、カルドセプトを束ねたブックが握られている。
「セレナ……」
「大丈夫よ、フィー。さっさとやっつけちゃって、早くレオを迎えに行きましょ」
「……うん!」
ぽんっと肩を叩かれ、厳しかったフィーの表情が一瞬和らぐ。
「…ほほう、これは面白い。
仲間が傷つき倒れる姿を見れば、フィーよ、お前の心に憎しみが生まれ、より闇に近くなる。
私にとっては好都合というものだ」
一対二であろうと二対二であろうと問題ではない、と言いたげにバルベリトは含み笑いを浮かべる。
その笑みが癇に障ったのか、セレナは屹度賢者を睨み付けて言い放った。
「悪いけど、傷つき倒れるのはあなた達の方よ! あまり私達を見くびらないことね!!」
「はっ、ムダだぜ。俺達には勝てね〜よ」
「そんなこと…やってみなければわかりませんよ」
ブックケースから何枚かのカードを引き抜いて、フィーもまた体勢を整えた。
「フィー殿、セレナ殿。どうかお気をつけくだされ」
ゴリガンの言葉に力強く頷き、フィーとセレナは悠然と構える男二人目指して駆け出した。
赤い眼の猟犬が吐き出す炎を避けつつ、紅蓮の恐竜が猟犬の首に噛みついた。
縦横無尽に動き回っていた囮人形は、萎縮の呪文で消滅してしまった。
双頭の山羊に、猛々しい剣闘士が襲いかかる。
かつては『聖地』と呼ばれたはずのこの地が、壮絶な戦いの場と化している。
「おかしい…。今回は楽に勝てるはずだったのによぉ…」
予想外の展開に、隻眼の男は頭を抱えた。
邪教団――力あるセプター集団――の教主であり、自身もまた強力なカード使いである賢者と手を組んで戦っているので、デュナンからここまで散々黒星をつけられまくってきた小憎らしいセプターを、今日こそは完膚無きまでに叩きのめすことができる…男はそう信じて疑わなかったのだろう。
しかし、眼前の有様は、男の計画から大きく逸脱している。
強力な味方と思っていた賢者のクリーチャーは召還条件の厳しいものばかりで、
いざという時戦力にならない。
魔力搾取や拘束などの嫌らしい呪文を活用しているのがせめてもの救い…といえるだろうか。
かくいう本人は、立て続けにセレナの妨害――沈黙のスペルにより、
クリーチャー召還ができない状態となっている。
また、男が自ら作り上げた拠点を守っているミノタウロスは、フィーが使用した睡眠の巻物によって眠らされ、魔力を奪うことができなくなってしまった。
「油断しちゃダメよ、フィー」
「わかってる。セレナも気をつけてね」
一方、少女二人は非常に呼吸が合っていた。
セレナが火属性と地属性のクリーチャーを好んで使用しているのをずっと見てきたので、
セレナと同盟を組む時、常にフィーは火属性に的を絞ってブックを組んでいる。
元もと火属性クリーチャーを愛用しているフィーにとっては、
『いつもより火のクリーチャーが多めになる』程度のことであるのだが。
侵略を果たした剣闘士を壁化の呪文で防御型クリーチャーへと変身させ、
巻物攻撃を得意とする魔法使いを強化の翼で援護する。
また、敵の拠点を移動系スペルで回避させ合う事も忘れない。
少しずつ、しかも確実に、互いに魔力を高めてゆく。
これまでに何度か同盟を組んで戦った経験が、一方的な展開を生んだと言えるだろう。
各々が強力なカードを抱えているとしても、所詮即席ペアである彼らでは到底歯が立たない。
「じゃあ、これで決めさせてもらうね」
フィーが突然、バルベリトが召還したカロンの前に躍り出た。
「血迷ったか。貴様に我がカロンを倒せるのかね?」
「別に、倒す必要はないですよ」
すかさず、フィーは続け様にカルドセプトを解放する。
フィーの魔力により実体化されたのは、燃え盛る尾を持つ昆虫――ピラリス。
そして、炎の力を秘めたアイテム――ファイアーアムル。
今回は順調に火の領地を確保できたので、ピラリスの力は大幅に上がっている。
更に、ファイアーアムルの効果によって、攻撃力が更に跳ね上がる。
「な、何っ……!?」
「悪く、思わないでくださいね」
フィーがすぐさま指示を出す。
ピラリスはカロンに向かって、一直線に飛んでいった。
炎を纏った尾で、カロンに鋭い一撃を加える。
しかし…、強烈な打撃を受けてもカロンは倒れない。
カロンを倒すためには、巻物か呪文を使うしかない。
なぜなら、カロンには通常攻撃を無効化する力を持っているからだ。
――召還者の魔力と引き替えに。
「ぐおおおおぉぉおっ!!」
バルベリトが苦悶の声を上げ、がっくりと膝をつく。
カロンはバルベリトの魔力を消費して生き長らえた。
だが、魔力を失ったバルベリトとしては、たまったものではない。
条件の厳しいクリーチャーの召還、また相次ぐ戦闘に、バルベリトの魔力は既に底が見え始めていた。
そんな状態で魔力を消費させられたら、痛くないはずがない。
「お、おのれ…。やりおるわ…」
恨めしげに睨み上げる賢者の視線をフィーは真っ向から受け止め、静かに言葉を返す。
賢者と初めて対峙した時に感じた『怖い』という思いは、既にフィーの中にはなかった。
「…私たちの、勝ちです」
その言葉を合図に、バルベリトは召還していたクリーチャー全てをカードに戻した。
あまりにもあっけない幕切れに狼狽えていたライバーンだったが、
「なっ…何なんだよ、…くそっ。この世にはフィーを倒せる奴はいねーのかっ!?」
忌々しげに舌打ちし、猛然とこの場を走り去ってしまった。
「やったわね、フィー!」
「お見事ですぞ! フィー殿、セレナ殿!」
セレナとゴリガンが駆け寄ってくる。
そこで、ようやくフィーもほっとした表情になったが、すぐさま階下を見下ろした。
剣戟の響きとクリーチャーの咆哮、そしてセプターの悲鳴が微かに聞こえてくる、階下を。
「早くレオのところへ行こう。ゴリガンも急いで!」
フィーは素早く一枚のカードを取り出し、召還したロードランナーの背に飛び乗る。
セレナとゴリガンもフィーに倣う。
「戻ってきたら、色々と話を聞かせてもらいます」
未だ片膝をついたままの賢者にそう言い残し、フィーはロードランナーの首をそっと撫でる。
ロードランナーは甲高い声で鳴き、軽やかな身のこなしで礼拝堂を走り去っていった。
「……ふ、ふふ…くくくっ…」
静寂が戻った礼拝堂に一人残されたバルベリトは、腰を下ろしてくぐもった笑い声を漏らした。
しかし、それは今なお、何かを企てているようなものだった。
「フィーよ。確かに…『お前』は、この世界の覇者にふさわしい…」
続く