軋む歯車・3
「……多勢に無勢って、まさにこのことだよな」
自らが選んだとはいえ、途切れることのない教徒とクリーチャーの攻撃に、
苦々しい表情でレオが呟いた。
ただ敵を足止めするだけのはずなのに、それがこんなに大変なことだとは、夢にも思わなかった。
状況を甘く見ていた、というのは確かにあるだろう。
セプター達の集中を途切れさせることができれば、クリーチャーは一時でも攻撃の手を止めるはず。
ただそれで、良いはずだった。
だが、レオが予想していた以上に、ジェム教徒が多過ぎたのだ。
これまでに何体のクリーチャーを召還したのか、レオ自身もはや覚えていない。
額からは幾筋もの汗が伝い、吐く息は荒い。
何度となくクリーチャーの攻撃を受け、吹っ飛ばされては立ち上がった。
それでも、手を止めるわけにはいかなかった。
(こいつらを先には行かせない。早くフィー達と合流しなくては)
ただその思いだけが、満身創痍のレオを動かす原動力となっている。
「ナイトは右、リリスは…左だっ!!」
魔力を補充するためにブックに組み込んでおいたエコーは、既に二枚とも使ってしまった。
自身に残された僅かな魔力と剣だけで、多くのクリーチャーと教徒達を足止めしなければならない。
(――こうなったら、とことんやってやるぜ!)
鞘に収まったままの剣を握り直して、レオは鋭く視線を走らせた。
「それにしても…。こいつら、本当に嫌な目をしているな……」
ぼそっ、とレオは呟く。
広間に現れる教徒達は皆、生気を欠いたような眼差しでレオに襲いかかってくる。
まるで、誰かに操られているみたいに…。
――――――操られている? まさか…!?
突進してくる教徒をすんでの所で躱し、鞘ごと剣で後頭部を殴りつける。
教徒は地に突っ伏し、気を失ったようだ。
しかし、殴ったレオもまたふらふらとよろめき、辛うじて剣で身体を支える。
体力も魔力も、限界が近い。
(ま、まずいな…。あと何枚カードを使える…?)
肩で息をしながら、レオはカードを一枚引き抜いた。
「…これは!!」
はっとレオは顔を上げる。
教徒達の表情を一人一人見比べ、もう一度カードに視線を戻した。
「……そうか…! こ、これならきっと!!」
ゆっくりと息を吸い込み、そして吐き出す。
何度かそれを繰り返し、自分に向かってくるクリーチャーと教徒がいないことを確認してから、
レオは天に向かって高々とカードを掲げた。
『あなた方は良いセプターらしい』
『良かったですね! きっとこれなら妹さんは助かりますよ!』
(アルダ様……! フィー……!)
指先に力を込め、残り少ない魔力を一枚の石版に注ぐ。
カードから強い光が溢れ、広間一面を覆い尽くした。
妹クレアの命を救ってくれたカード。
あれから、常にブックに組み込んでいる、大切なカード。
今、またこの力を借りる時が来た。
消去の呪文――イレイジャーのカルドセプト――、その力を。
目映い光を浴びた教徒は一人、また一人とくずおれる。
倒れたまま意識を失った者、しばらく呆然と座り込んでいた者、
きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回している者…。
クリーチャーへの魔力の供給が途切れたため、ゴブリンやゾンビ、
そしてスケルトン達が次々とカードの姿に戻っていった。
消去の光が放出されきったのか、石版はふわりとレオの手に戻ってきた。
(大丈夫…これで絶対、大丈夫だ……)
祈るような思いで、しばらくの間固唾を呑んで見守っていたが。
「あ…あれ、ここは一体…?」
「…わ、私……、今まで何を……!?」
光を浴びた教徒達が、次々と意識と正気を取り戻していく。
各々の瞳に輝きが戻っているのが、何よりの証拠だ。
「や、やった…!! うまくいった、ぞ……うわああぁっ!!」
バランスを崩して、レオがどすんと尻餅をついた。
そんな状態でも剣を手放さなかったのは、さすがというべきか。
「…す、すみません。あの、私は一体…?」
レオから比較的近い位置でうずくまっていた青年が、レオの姿を認め、声を掛けてきた。
(――さて、どこから話して良いものか…)
腰をさすりながらそんなことを考えていたレオの背後に、ゆらりと迫る人影があった。
慌てて振り仰ぐと、瞳に邪悪な色を湛えた痩せぎすな男が、ロングソードを振りかざしている。
「し…しまった!」
大剣を構える力も、ここから飛び退く力も、ましてやカード一枚扱うだけの魔力すら、
レオには残されていなかった。
ただ、振り下ろされる剣を呆然と見上げるしかなかった。
(フィー、すまない……)
反射的に目を瞑ると、眼前で金属がぶつかり合う甲高い音が響いた。
「…ここは、私に任せてくれ」
その声に恐る恐る目を開けると、ファイターと思しきクリーチャーの剣が、
男のロングソードからレオを守っている。
先程レオに声を掛けた青年が一歩進み出て、自らもファルコンソードのカルドセプトを開こうとしている。
「あ…ありがとう…」
力ない声に、青年は爽やかな笑みを返した。
「礼を言うのは、私達の方だよ。君が、私達を教団から解放してくれたのだろう?」
「い、いえ…。俺…一人の力じゃ、ないです…」
「それでも、今私達が元に戻れたのは、君のおかげだよ。
本当に、本当にありがとう」
そう言って、青年は痩せぎすな男に斬りかかっていった。
呼吸を整えたレオが周囲を見渡すと、セプターのうち何名かは教団の呪縛が解けていないようだった。
彼らは恐らく、元々ジェム教団に傾倒していた者達か、入信をきっかけに公然と悪事を働いていた者達なのだろう。
それでも、広間に集まった教徒の多くが自分自身を取り戻し、今度は残された数少ない『真の教徒』を捕らえるためにカルドセプトの力を解放し始めた。
その様子に安堵して、レオがよろよろと立ち上がる。
頼りない足取りで螺旋階段に向かって歩き始めた時、頭上からどたどたという騒々しい足音が聞こえ始めた。
「レオーっ! どこにいるのーっ!?」
「ちょっとぉっ! レオってば〜っ、大丈夫〜っ?」
「無事ですかな〜っ!?」
ロードランナーの背に乗った仲間達の姿が見えると、レオは無理矢理笑顔を作って、
緩やかに手を振って見せた。
「――来たか」
ロードランナーをカードに戻し、一歩また一歩とフィー達は、背を向けたままのバルベリトに近づく。
硬い表情を貼り付かせたフィーをちらりと窺ってから、アーティファクトがバルベリトに視線を移した。
「さて、バルベリトよ。おぬしに聞きたいことがある」
「私が…答えられることかな?」
「おぬしはジェミナイについて、何か知っているのであろう?」
「…フフフ、知らぬはずがなかろう。
我がジェム教団は、究極絶対神ジェミナイ様を崇めているのだからな」
「……! そう、であったか…。やはり…。
しかし究極絶対神とは…何たる罰当たりな……」
ぶつぶつと独り言を呟くゴリガンに代わって、今度はフィーが口を開いた。
「ルシエン様やレオの妹さんに呪いをかけたのは、あなたですか?」
「――フフフ…それは、『影のような姿をした者』ではないのかな?」
「そ、そうだ…。確かに…黒い、影……。
あいつは…あいつは、黒い服を着ていたわけではなかった…!」
マナの呪文で魔力を補充したレオが、バルベリトの声を聞いて愕然とした。
レオの妹――クレアを苦しめた憎むべき敵。
「その、『影のような存在』こそがジェミナイ様だ。
もっとも、今はまだ神としてではなく、一人のセプターではあるがな」
「ジェミナイ、は…ここにはいないんですね?」
「そう…。あのお方はこの上――天空の祭壇で、フィー、お前を待っている」
「……」
ぎり…、とフィーは唇を噛み締めた。
やっぱりわかっているのだ、この男は。
この先に待つ存在が何か、そしてこの後何が起こるのか、を。
「上ってくるが良い、祭壇へ。
そここそ、本当の決着をつける場にふさわしい…。
そして、そこでこそ、全てが明かされるのだからな…」
バルベリトはマントを翻し、上につながる階段へと歩みを進めた。
硬い表情が和らぐことのないまま、フィーは賢者の後ろ姿をじっと見送った。
しばらくは誰一人、言葉を交わすことがなかったが、やがてゴリガンがゆっくりとフィーに向き直った。
「…フィー殿。こうなったら、我々も天空の祭壇へ行くしかありませんぞ」
「うん。わかってる」
「…ねえ、バルベリトがあの階段を上ってるっていうことは、
この上がその『天空の祭壇』につながっているってことよね?」
「そうでしょうな。それは、間違いないでしょう」
「だったら、さっさとこんなところ出て、ちょっとだけ休みましょうよ。
フィーだって、こんな空気の悪いところにいつまでもいたくはないわよね?」
ね? と顔を覗き込まれて、フィーの表情に笑みが戻る。
「そう…だね。確かにちょっと息苦しいから、外に出たいな。
レオは大丈夫? 疲れているよね…?」
「いや、俺は大丈夫だ。こんなところで休むのは俺もごめんだね」
「…うん。確かに」
「よ〜し、そうと決まったら出発よ!」
戦いの疲れを見せずに、セレナは意気揚々と歩き出す。
ゴリガン、フィー、そしてレオが後に続いた。
「うっ…わ…!」
扉を開けると、そこは洞窟の外でもあった。
飛び込んできたのは、無限に広がる蒼穹。
吹く風は心地良く、聖地で感じていた重苦しい空気までも吹き飛ばしてくれるかのようだった。
「ねえねえっ! 見て、あれ!」
セレナが指差す先、空高い位置に浮かぶ小さな島が見える。
「きっと、あれが『天空の祭壇』なのね…」
「どうやら、そうみたいだな。他にそれらしきものはないようだし」
「でも、どうやって上るのかしらね〜」
「階段…は、ないみたいだね」
「…クリーチャーで上るしかないのか」
「今のところは、それしか方法がないようですな」
「じゃあ、ちょっとだけここで休憩しましょ!」
各々が腰を下ろしてくつろぎ、風に身を任せながら上空の浮島を見つめている。
水筒の水で喉を潤し、果実を干したものをゆっくりと噛みしめる。
それだけでも、戦いの疲れが癒されていくのだから不思議だ。
ついにここまで来た。
雲一つ無い青空にぽっかりと浮かぶ、小さな島。
あそこに、『声の主』――ジェミナイがいる。
あと少しで、願いが叶うわ。
早く…私とあなたで、あいつの息の……
聖地で聞こえてきた、あの声が頭の中でよみがえる。
仰向けになってぼんやりと空を見上げていたフィーが、すっ…と浮島に向かって手を伸ばす。
時折強い風が菫色の外套や前髪を揺らしながら過ぎていっても、伸ばした手をそのままにしていた。
あの浮島で待つ人物に会った時に。
一体何を手に入れて。
一体何を失うのだろう。
「最後の場所、か……」
仲間達の耳に届かないように、ぽつりとフィーは呟く。
塞がったはずの背中の傷が疼き、ほんの少し表情を歪めたが、それに気づく者は誰もいなかった。
End