それから。
風が木々の香りを運んでくる。
さわさわと心地良い音を立てて、木々がざわめく。
「帰って・・・きちまったか・・・。」
澄み切った青空を見上げ、ダニーは呟いた。
こうして見ると、魔界も人間界も大して変わりは無い。
青い空。青々と茂る木々の葉。鳥の囀り。
違う点があるとするならば。
自分を「ボーイ」と呼ぶ声は、もう聞こえてはこない。
人使いが荒いし、厳しいし口うるさい。
最初に会った頃は、何故自分の本の持ち主がこんなじじいなのかと天を仰いだものだったが。
流れる雲を目で追いながら、ダニーは人間界でのことを思い出す。
魔界の王にはなれなかったが、後悔はしていない。
Mr.ゴルドー言うところの「仕事をやりとげた」からだろうか。
そして、なんだかんだ言いながら、Mr.ゴルドーと過ごした短い時間は、
ダニーにとってかけがえのない大切な時間であったからだろう。
「へへっ、ガラじゃ、ねぇよなぁ・・・。」
じわりとにじむ涙をごまかすように、ダニーは鼻の頭をこすって見せた。
今は遠い人間界に思いを馳せるダニーは、ふと小さな島国で会った子供の姿が頭に浮かんだ。
魔界の王を決める戦いでは、王候補の100人の「魔物の子」が人間界に送り込まれた。
互いに戦い、本を燃やし合い、最後に人間界に生き残った者が次の魔界の王となるルール。
くだらねぇなぁ・・・と心の片隅で思いながらも、自分もその「王候補」である限り、
戦いは避けられなかった。
戦いを挑み挑まれ、何とか生き残ってきたダニーが最後に会った「魔物の子」は、
これまで会った他の子とは違っていた。
他の子と違い、会っていきなり戦いを仕掛けてくることがなかった。
お腹が空いているからと、自分が食べていたたいやきを分けて欲しいと申し出てきたのだ。
戦いを挑んだのはダニーだった。
しかし、決着はつかなかった。
小さな子供のくせに、腕っぷしが強い。
取っ組み合った結果その子供と和解(?)し、自分が運んできた芸術品を
その子供に見せることになったのだが・・・。
まるで、自分に小さな弟が出来たようで、ほんのわずかの間ではあったが、
その子供と過ごすことが出来て楽しかった、とダニーは思う。
しかし、その子供も、「魔界の王候補」の一人。
自分は本が燃えたことで魔界に強制送還されたが、これから先起こるであろう
辛く厳しい戦いの中で、果たしてあの子供は生き残ってゆけるだろうか。
もう一度青空を見上げ、誰に聞かせるでもなくダニーは言葉を紡いだ。
「・・・頑張れよ、ガッシュ。」
その声は、流れる風の音にかき消された・・・ような気がしたが。
「・・・ガ・・ッシュ・・・・・?」
「わぁっ!!?」
不意に、背後からか細い声が聞こえ、ダニーは飛び上がった。
(だっ・・・誰か・・・いた・・のか・・・??)
自分の独り言を聞かれたという気恥ずかしさに加え、唐突に背後から聞こえてきた声に
心臓が飛び出るくらい驚いたダニーは、すっかり動揺しまくっていた。
がさがさ、と、茂みの陰から現れたのは、ピンクの髪の可愛らしい女の子だった。
その手には、花で編んだ冠が握られている。
「・・・お兄ちゃん・・・ガッシュを・・・知っているの?」
その子は、怯えたような表情で恐る恐る尋ねてきた。
ようやく呼吸が整ってきたダニーは、
(・・・オレの顔って、そんなに怖そう・・・か?)
ほんの少し肩を落としたが。
「ああ、知ってるよ。・・・お前、ガッシュの友達か?」
ダニーは気を取り直して、少女を安心させるように、にかっと笑ってみせた。
「・・・・・うん!」
ガッシュの知り合いとわかって安堵したのか、ダニーの笑顔に安心したのか、
ようやくコルルは咲き誇る花のような笑顔を見せた。
「そうなの・・・ダニーお兄ちゃんは、ガッシュと戦った訳じゃないのね・・・。」
「・・・まぁ、な。最初は敵だと思って戦いを挑みはしたけどよ・・・。」
草むらに腰を下ろし、ダニーとコルルは「共通の友達」ガッシュのことを語り合った。
「・・・ガッシュ、頑張っていた・・・?」
ダニーを見上げながら、コルルは尋ねた。
「ああ。・・・一緒にいた時間は短かったけど、あいつは、あのちっこい身体で頑張っていたよ。」
「よかったぁ・・・。」
ほっと胸をなで下ろすコルル。
「私ね・・・、ガッシュと戦ったの・・・。
別の人格が出てきて暴れた私を、・・・ガッシュが止めてくれたのよ。」
俯きながら呟くように話すコルル。
きっとその小さな胸が壊れるくらい、辛く苦しい戦いだったに違いない。
「そっか・・・。」
幼いコルルを労るように、そっとダニーはピンクの髪を撫でた。
「私・・・ガッシュに王様になって欲しい。
他にどんな強い人がいたって、・・・ガッシュは負けないって・・・
やさしい王様になってくれるって・・・、信じているの。」
その声に、コルルの想いの強さが滲み出ている。
「あぁ。・・・きっとあいつなら、良い王様になれるさ。
・・・ちょっとマヌケで、目が離せないヤツだけどな・・・。」
「うふふ。」
花の冠を握りしめたまま微笑んだコルルだったが、不意に立ち上がった。
「どうしたんだ、コルル?」
視線の高さが逆転し、今度はダニーがコルルを見上げる形となった。
「はい、ダニーお兄ちゃんにあげる。」
コルルは、手にしていた花の冠をダニーの銀色の髪に載せた。
一瞬、目をぱちくりと瞬かせたダニーだったが、冠が落ちないよう気を遣いながら
コルルに笑って見せた。
「ありがとな、コルル。」
「良いのよ。だって、ダニーお兄ちゃんは友達だもん。」
にこにことこぼれるような笑顔を見せるコルルの頭を、ダニーはもう一度撫でた。
「おう、コルルと俺は友達だ。」
「うんっ!!」
穏やかな風に身を委ね、ダニーとコルルは青空を見上げ、
未だ人間界で戦っているであろう小さな友達を思い浮かべた。
((ガッシュ・・・))
(頑張れよ・・・)
(頑張って・・・)
END