秘密
突然、闇の色に染められた心。
おぞましいと忌み嫌う反面、
次第にその闇を心地良いと感じるようになってきたのは、私だけの秘密。
「いよいよね・・・ゾフィス。」
古城のテラスに佇み、強く吹き付ける風をその身に受ける。
「ああ・・・そうだね、ココ。」
ココの側には、冷たい刃のような瞳を持つ、魔物の子。
「準備は万端だ。
我が軍団を前に、奴らは何も出来ないだろうよ。」
「そうね・・・ここで、あの弱い人たちを倒して、あなたは魔界の王になるのよ。」
月明かりの元、ココが妖艶な微笑みを浮かべる。
そこで不敵に笑い返すのが、いつものゾフィスだが。
しばらく考え込むように腕を組んだかと思うと、自信に満ちた顔が歪んだ。
「どうしたの・・・ゾフィス?」
「ココ・・・ずっと私の側にいるのですよ。」
「・・・・?当たり前じゃない、そんなこと。
一体どうしたの?突然・・・?」
「いえ・・・深い意味は無いのですがね・・・。
ただ、あなたが私の側にいないことを考えると、心細くなるのですよ。」
ゾフィスはココの手を取り、見上げてくる。
「あなたらしくないわね、ゾフィス。
私はいつだってあなたの側にいるわよ。いつまでも、ね・・・。」
ココは壊れ物を扱うように、優しくゾフィスの肩に腕を回した。
そこには、慈愛に満ちたココの微笑みがあった。
「私には、あなただけよ、ゾフィス。
あなたが王になるためなら・・・、私は何だってやるわよ。」
「・・・わかっていますよ・・・。」
いつもの不遜で不適なゾフィスは、ここにはいない。
まるで、母親が側にいなくて不安のあまり泣き出しそうに表情を歪める子供のようだ。
「大丈夫・・・大丈夫よ、ゾフィス。
例え何があろうとも、私があなたを守ってあげるわ。」
子供をあやす母親のような穏やかな表情で、ココはそっとゾフィスの背を撫でる。
ゾフィスは安心したように、ゆっくりと瞳を閉じる。
「・・・ありがとう、ココ。」
ようやく、ゾフィスは顔を上げた。
もうそこには、不安げな表情はなかった。
ココは花が咲き綻ぶような笑みを見せ、ゾフィスの額に優しく柔らかいキスをした。
「ゾフィス、今日はもう休んだ方が良いわ。明日から・・・忙しくなりそうだもの。」
「わかっているよ・・・ココ。」
ゾフィスはココを抱きしめ返す。
母親に甘える子供のように。
「お休みなさい、ゾフィス。私はもう少し、ここで夜風に当たっているわ。」
「ああ、お休み、ココ。」
寝室へ向かって緩やかに歩き出したゾフィスの背を見つめながら、
ふと、ココの脳裏に彼女の親友の顔が浮かんだ。
幼い頃から共に支え合い、助け合ってきた親友。
しかし、今は互いにとても遠い存在。
「・・・・・シェリー・・・。」
呟く声は、風にかき消された。
「・・・ごめんなさい、シェリー。
私はもう、あの頃の私には・・・戻れないのよ。」
その瞳には、確固たる意志が宿っている。
狂気に駆られた色ではなく、かつて彼女が宿していた何者にも屈しない、強い色。
「・・・彼には、私が必要なのよ。
・・・・・もちろん、私にだって彼が必要。
だから・・・今更、元の生活なんかには、戻らないわ・・・。」
強い風が吹き付けるが、ココは全く意に介さないようだ。
「大好きよ、シェリー。私の、大切な親友。
・・・・・でも、私とゾフィスの邪魔をするなら・・・、
例えあなたが相手でも、・・・容赦はしないわ。」
一筋の涙が、ココの頬を伝った。
近いうちに、この遺跡は戦場と化す。
例えどんなに厳しい戦いになろうとも、私は彼を王にする。
彼のために。そして、私自身のために。
突然、闇の色に染められた心。
彼によって目覚めた、私の闇。
その闇をおぞましいと忌み嫌い、深い憎しみを抱く反面、
闇に浸食される事を、いつしか望むようになった私。
切り裂かれるような痛みと蜜のような甘さに身を委ねるうちに、
いつしかその快楽から抜け出すことを放棄した、私の心。
この快楽が永遠に続くことを望んでいる。
それは、誰も知らない私だけの秘密。
END