散歩日和
「コロク、散歩に行く時間だよ。」
プレアデス城の酒場の外でお座りしている犬のコロクに向かって、トーマスが声をかける。
コロクは何故か風呂敷を背負っている。中身は石だという情報が流れているが、それを見た者は少ない。
「今日は良い天気だね。絶好の散歩日和だよ。」
「・・・クゥゥゥ。」
コロクは、城内で結構人気が高い。
犬が苦手な者などもいるのだが、大概の人間はコロクに餌を与えたり、頭をなでたりしている。
コロクもまた、城の人間が好きらしく、時折城内を勝手に走り回っては、色々な人に甘えているらしい。
特に、トーマスには良く懐いている。
コロクを平頭山で見つけ、城で飼うことを決めたのがトーマスだから、らしい。
(今日は少し遠くまで行ってみようかな。)
トーマスはそんなことを考えながら、コロクの歩みに合わせて城門へ向かう。
広場を通りかかった時、
「城主殿。」
背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには私服姿のパーシヴァルが立っていた。
「あ、こんにちは、パーシヴァルさん。」
「どちらへお出かけで・・・?・・・犬、ですか・・・。名は確か・・・。」
「コロクですよ。これから散歩に連れて行くところなんです。」
「城の外へ、ですか?」
「はい。今日は天気が良いですし、時間もありますから。」
「・・・そうですか。」
正直なところ、パーシヴァルは特に犬好きというわけではない。
ましてコロクに対しては、自分で勝手に扉を開けて部屋に出入りする
『変わった犬』だと認識している。
だから、コロクの散歩には特に興味はないが・・・。
「それでは私もご一緒させていただいてよろしいですか?」
「は、はい。でも時間は大丈夫ですか?」
「馬を走らせようと思っていたところですが、後ででも出来ることです。それに・・・。」
ぽん、とトーマスの肩を軽くたたく。
「城の外には何がいるかわかりませんよ?」
護身用の剣を持参していたのが幸いした。
一方のトーマスは、いつもの剣を持ってきていないらしい。
「・・・すみません。」
「まぁ、何も出てこなければそれで良いのですがね。さて・・・、そろそろ出発しましょうか?」
「は、はい!」
コロクを挟んで、並んで歩き始める。
行ってらっしゃーい!と、元気に声をかける門番のセシルに手を振って、城の外へ出る。
湖沿いを南に向かって歩く。
時折吹く風が心地良い。
まさに、絶好の散歩日和である。
「いつも城主殿が散歩へ連れて行ってるのですか?」
ふと疑問に思い、尋ねてみる。
「はい、普段はムトやセシル達と交代で行ってます。
実は、シバさんも時々コロクを散歩に連れて行ってるらしいんです。」
「・・・それは意外ですね。」
リザードクランの勇猛な戦士には、意外な一面があるらしい。
「ふふ・・。・・・あ、でもこの話は他の人には内緒にしてもらえませんか?
シバさんは、その話をされるのを嫌がっていると聞いたものですから。」
「承知しました。ここだけの話、ですね。」
柔らかい笑顔でトーマスに答える。
「は、はい。」
少し照れたように、頷くトーマス。
コロクは、トーマスの足にまとわりつくように歩いている。
それが少々面白くないが、せっかく2人で話をする機会を得たのだから、
あまり神経質になることもないだろう。
しばらくは湖に沿って歩いていたが、広い空地に出たので、
ここでコロクを自由に走らせることにした。
「コロク、あまり遠くに行っちゃダメだよ。」
トーマスは、優しくコロクの頭を撫でる。
コロクは、クゥゥと鳴いてトーマスの右足に擦り寄った後、軽快に走っていった。
「コロクは、ずいぶんと城主殿に懐いているのですね。」
「え、そうでしょうか?・・・うーん、最初にコロクを見つけたから、かなぁ?」
首を傾げて考え込む、そんな仕草が可愛いと思ったが、パーシヴァルは別のことを口にした。
「あの木の下で、休んでいきませんか?」
「はい、そうですね。結構遠くまで来ちゃったから、ちょっとだけ疲れました。」
「まぁ、確かに疲れましたが、良い運動にはなりましたね。」
樹齢が相当長いと思われる木の下に腰を下ろす。
「・・・何だか、不思議ですよね。」
俯きながら、辛うじて聞き取れるくらいの小声で、トーマスが呟く。
「何が、ですか?」
同じく声を落とし、尋ねる。
「今は闘いの最中で、グラスランドもゼクセンも、ハルモニアさえも巻き込んだ闘いが
続いているっていうのに、こうしているとまるで最初から闘いなんか無くて・・・、
ずっと平和に過ごしてきたんだ、これからもずっと平和なんだって・・・。
そんな勘違いをしてしまうんです。」
「・・・そうですね。こうしていると、本当に闘いのことを忘れてしまいます。
我々は一刻も早く、この闘いを終わらせなければなりませんが、
今はこのようにゆっくり過ごせる時間が尊いものとなります。」
おそらく、今は休養の時なのでしょう、とパーシヴァルは続ける。
「休養の時、ですか・・・。・・・ふぁ・・・。」
つい漏らしてしまった欠伸を慌てて押し留めたトーマスだったが。
「少し眠りましょうか?幸い、この辺りには何も出てこないようですし、夕刻までには
まだ時間がありますよ?」
パーシヴァルは優しく笑い、穏やかな口調で提案する。
そんな表情で言われたら敵わない、などと考えながら、
「え・・・えっと・・・は・・い・・・。」
あやふやに頷くしかないトーマスだった。
「では、こちらへ。」
トーマスの腕を取り、自分の方へ引き寄せる。
「え・・・うわ!」
突然のことで何が何だかわからない、といった状態のトーマスであったが、次の瞬間、
自分がパーシヴァルの腕の中にいることに気付き、うろたえた。
「え・・・えーと、あの、・・・あの、パーシヴァル・・・さん?」
「何でしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・重く、ないですか?」
何だか見当違いなことを訊いていると思ったが、今のトーマスにはそれが精一杯だった。
「いえ、全く。それよりも、疲れているのでしょう?ゆっくりお休みください。」
少々意地悪そうな笑顔を見せるパーシヴァルに対し何か言おうとしたが、
腕の中が心地良くて、何も言い返せなくなってしまった。
しばらくはそのままおとなしくしていたが、ふと
「・・あたたかい・・・ですね・・・。」
半分眠りの世界に行ってしまったような声でぽつりと呟く。
「おやすみなさい、トーマス。良い夢を・・・。」
眠りを邪魔しないようにそっとトーマスの前髪をかき分け、額に口付ける。
「・・・・・・おやすみ・・・なさぃ・・・」
コロクが二人のところへ駆け寄ってきたが、トーマスが眠っていることを
理解したのか、再び走っていってしまった。
(悪く思うなよ、コロク。)
そんなことを考えながら、パーシヴァルもまた、浅い眠りについた。
END