ようこそ、劇場へ!





プレアデス城の一角には劇場がある。演劇に情熱を傾ける仮面の男、
ナディールの熱烈な呼びかけによってできた施設である。
そこでは定期的に劇が行われ、城に住む者はもちろんのこと、近隣の街から
わざわざ演劇を見るために城に駆けつける者までいるほど好評である。
そんな、ナディール率いる「劇団 炎の運び手(仮)」の、ある日の出来事。


      その1  乙女の憂鬱


「一体どういう事だ?私は、もう金輪際舞台には出ないと、はっきり申し上げたはずだが!?」
「いいえクリスさん、あなたには絶対に次の芝居のヒロインを演じていただきます。よろしいですね?」
プレアデス城の酒場には、ゼクセン騎士団長クリスと劇場支配人ナディールの二人だけがいる。
クリスは怒りをあらわにしているが、ナディールは全く怯んでいない。
とはいえ、素顔は仮面に隠され、真相は定かではないが。
「なっ、何故そこまで・・・。先日の『帝国の愛』で、もう懲りたであろう!?
私は・・・芝居には向かないと・・・。」
「劇団 炎の運び手(仮)」の記念すべき第一回公演の演目、『帝国の愛』で
クリスは赤月帝国最後の皇帝バルバロッサ役を演じた。
クリス自身は舞台に上がることに抵抗があったが、ナディールの強烈かつ執拗な説得
(それは既に説得とは言わないが)に屈し、今回限りという条件で渋々参加することとなった。
しかし、容姿端麗で凛々しい騎士団長クリスも、舞台に上がればただの女性なのか、
棒読みで相当はしょった台詞を辛うじて口にするのがやっとだった。
そのことがクリスにとって相当苦い思い出となったのか、幕が下りた後、
「もう二度と舞台には立たない!」と宣言したのである。
しかし、ナディールは、あぁそんな事もありましたねぇ・・・と呟いた後、
「ですがクリスさん、あなたのお姿を一目見たいと、この劇場に詰めかけるファンが
相当いらっしゃるのですよ。ご存じありませんでしたか?」
「そ・・・そのような事は知らぬ・・・とにかく!舞台に立つ以外なら、
できる限りは手伝わせて頂く。しかし・・・」
ナディールはこめかみに手を当て、大げさに失望感を表した。
「あぁ・・・何という事でしょう・・・。大物女優が二度と舞台に立たぬとは・・・。
我が劇団にはあまりに大きい損失・・・。クリスさんの麗しいお姿を心待ちにしている
ファンの方々を裏切ることになろうとは・・・!」
「・・・・う・・・」
ナディールの勢いに、やや押され気味のクリスであった。
「次の演目は『ロミオとジュリエット』!許されぬ恋に殉じる、悲劇的な男女の物語!
周囲の反対を押し切り、己の愛を貫く凛とした女性であるジュリエットを演じられるのは、
クリスさん、あなたしかいないのですよ?」
「な・・・何と言われようと・・・私・・・は・・・。」
「・・・あぁ、何という悲劇!我が『劇団 炎の運び手』も、もはやこれまでのようです・・・。」
「・・・何もそこまで・・・。」
ナディールはちらりとクリスの方を向いたかと思うと、嘆かわしいと言わんばかりに
首を左右に振ってみせた。
「本当に残念です。既に、ロミオ役はジョルディさんと決まっていたのに・・・。」
「・・・な!何!?ぐ、軍曹どのが!?」」
ナディールの嘆きに根負けしそうになったクリスは、ジョー軍曹の名を聞いたとたん、うろたえた。
「あなたが舞台に上がらないと知ったら、ジョルディさんもさぞがっかりすることでしょう・・・。」
ナディールは、一体どこで情報を掴んだのか、ゼクセンの誉れ高き騎士団長クリスは、
ダッククランの歴戦の勇士であるジョー軍曹がお気に入りであるという事を知っていたのである。
(さて、これでクリスさんも舞台に上がる気になってくれるでしょう・・・フフフ。)
そう心の中でほくそ笑んだナディールであったが、その予想は見事に裏切られた。
「だ、ダメだ!絶対にダメだ!!軍曹どのの前で・・・。」
(軍曹どのの前で、恥をかくわけにはいかない!!あのような醜態を
これ以上さらすわけには・・・!)
怒り故か、気恥ずかしさ故か、顔を真っ赤にして猛然と拒絶するクリスに対し、
「い、一体どうされましたか、クリスさん・・・?」
これは計算外とばかりに問いかけるナディール。
やはり、仮面からはその表情は読みとれないが。
そんなやりとりの中、不意に酒場のドアが開き・・・
「やぁ、ナディール。次の劇のことで話があるって?」
渦中の人(?)、ジョー軍曹が入ってくる。
「いらっしゃい、ジョルディさん。ちょうどクリスさんと、次の劇のことで
打合せをしていたところですよ。素晴らしいタイミングです。」
まさに、ナディールにとってはグッドタイミング、形勢逆転も夢ではないとばかりに、
ジョー軍曹に助けを求める形となった。
「おっ、そうか?やぁクリス、あんたも呼ばれてたんだな。」
「ぐ・・・軍曹どの・・・こ、んにち、は。」
機械仕掛けのおもちゃのように、言葉も仕草もガチガチになるクリス。
(軍曹どの・・・。今日も目元は涼しげで、ふわふわの羽毛は素晴らしく温かそうだ・・・。
是非一度その手を・・・い、いや!まずい!今はそのような事を考えている場合ではない!
このままでは・・・!なっ、何とかしなくては!!)
「では改めまして。お二人には今回主役を演じていただきます。演目は『ロミオとジュリエット』です。
有名な物語ですから、内容はあえて説明しなくともご存じかと。」
クリスの猛反対を既に忘れ去ったかのように、一人で話を進めるナディール。
(ど、どうする・・・どうすれば・・・!)
焦燥感で青ざめた表情を見せるクリス。
そこへ、
「まぁ、気楽に行こうや。ここんとこ闘いが続いていたし、せめて劇を見に来る客には、
良い夢見せてやらないとな。」
大役にクリスが緊張していると考えたのか、軍曹はクリスの左腕をぽんぽんと軽く叩き、
笑ってみせる。
「ぐ、軍曹ど・・の・・・。」
クリスの顔が再び紅く染まる。
その様子を肯定と判断したのか、ナディールは二人に台本を手渡し、
「それではお二方、よろしくお願いしますよ。四日後に開演ですからね。」
と勝手に話を締め、深々と頭を下げた。
「まぁ、やるだけやってみるさ。じゃ、よろしくな、クリス。」
クリスの葛藤を知らず、台本片手に、空いている方の手をひらりと振って、
軍曹は酒場を後にした。
「よろしいですね、クリスさん。もう、後へは引けませんよ?」
ナディールは念を押すが、
「・・・・・」
クリスは依然として頬を染め、固まったままだ。
「クリスさん・・・?」
おそるおそる、クリスの顔をのぞき込むナディール。
すると・・・、
「・・・承知した。我が剣に懸けて、絶対に舞台を成功させてみせる・・・!」
先程まで猛反発していたのが嘘のように、新たな使命感に燃えるクリスであった。
そして颯爽と酒場を後にした。
(やれやれ、これで何とか人気女優を失わなくて済みそうです。フフフ・・・。)
ナディールはしてやったりとほくそ笑んだ。


さて、四日後の舞台はというと・・・。
緊張するあまりほとんどの台詞を飛ばしてしまうクリスと、
アドリブで何とかフォローするジョー軍曹・・・。
とりあえず、観客には楽しんでもらえたようだ。

「さて、次は何の劇にしましょうか・・・。」
演劇に魂を捧げる男、ナディールの頭の中には、次のプランがあるらしい・・・。



END


back | template by vel