鳥のうた
げき怒の紋章を入手するため大空洞に寄った帰り道。
城まではさほど離れていないから、瞬きの手鏡を使わずに帰ろうという
ゲドの提案により、ヤザ平原を横切りプレアデス城に戻る途中。
「やっと手に入って良かったですね、げき怒の紋章。」
攻撃魔法担当のアラニスが笑いかける。
彼女は、久しぶりに遠征に同行できて大はしゃぎだった。
「・・・そうだな。」
笑顔は見せないが、何となく喜んでいるような雰囲気のゲドが答える。
これで城の「欲しい物リスト」から一つ項目が減ったので、喜ぶのも当然ではある。
「さっきのストーンゴーレムにはビックリしたが、俺達もずいぶんレベルアップしたみたいだしな。
問題なしだな。」
回復担当のジョー軍曹にも笑顔が見える。
目的を果たせたという安堵感からか、皆の表情は明るい。
帰り道の戦闘も、あまり苦にならないようだ。
「・・・あれ?今、何か・・・。」
みんなの後について歩いていたトーマスが不意に立ち止まり、
今来た道を戻るように駆けていった。
「・・・?どうかしましたか?トーマス殿?」
パーシヴァルがトーマスの後を追う。
ゲドを始めとする各メンバーも、一体何事かと顔を見合わせ、トーマス達の後に続いた。
「・・・あ。」
草陰に、それはいた。
純白の羽がうっすらと血に染まり、苦しそうな声で鳴いている一羽の小鳥。
傷の痛みからか、か弱く震えている。
「た、大変だ・・・急いで手当てしないと・・・。」
トーマスは小鳥に余計な刺激を与えないよう、静かに抱き上げた。
振り返った先には、トーマスの後を追いかけてきた遠征メンバー。
サポート役で同行していた、医者のトウタが小鳥の様子を見て青ざめた。
「・・・これはひどい。早く城に戻りましょう。」
「はい!」
「それにしても、お前ってコロクとか鳥とか、拾ってくるの好きだよな。」
普段は遠征から戻るとすぐ昼寝しに帰ってしまうジョアンだが、
さすがに小鳥の様子が気になったらしく、トーマス達と共に医務室に直行した。
「そ、そうかな・・・?」
治療に当たっているトウタとミオの邪魔をしないように、小声で話す。
小鳥の様子が心配なのか、トーマスの表情は曇ったままだ。
「それにしても、良く見つけられましたね。」
そんなトーマスに優しく声をかけるパーシヴァル。
「・・・はい、かすかにでしたが、声が聞こえたような気がして、それで・・・。」
俯いてしまい、最後の言葉はほとんど聞き取れない。
「大丈夫ですよね?絶対にあの子元気になりますよね?」
トーマスを見上げるアラニスは、今にも泣き出しそうだ。
「・・・大丈夫だよ。トウタ先生とミオさんがついているからね。」
アラニスに精一杯の笑顔を見せるトーマス。
「・・・・・これで、大丈夫。」
トウタの声に振り返る一同。
「傷は深いので安静にしなければいけませんが、ご飯を食べさせて
ゆっくり休ませれば、元気になりますよ。」
「・・・良かったぁ。」
ほっとするトーマス。アラニスは少し涙ぐんでいる。
「・・・そうとわかったら、昼寝でもするかな・・・。」
お先に、とジョアンは医務室を出て行った。
「あ、あの・・・トウタ先生。僕がこの子の世話をしても良いですか?」
小鳥の世話を名乗り出たのは、第一発見者でもあるトーマスだった。
「それは構わないよ。大きめの鳥籠を用意して、そこで休ませてあげなさい。
時々診療に行くからね。」
「は、はい、ありがとうございました。」
トウタに深々と頭を下げる。
「私も、時々遊びに行っていいですか?」
「もちろんだよ、アラニス。」
トーマスに、やっと笑顔が戻った。
それからしばらくの間、トーマスは遠征に出かけるのを我慢し、
傷ついた小鳥の世話に明け暮れた。
本を読んでいる時、城の様子を綴った日記にその日の記録をつけている時など、
気がつくと視線は鳥籠の方を向いていた。
小鳥が静かに眠っている時にはふと笑みを漏らし、籠の中でぱたぱたと歩く姿には
傷が開きはしないかと冷や冷やしながら様子を眺めていた。
トウタ先生の指示どおり、大きい鳥籠を用意し、毎日綺麗な水と食料を用意した。
時々、アラニスが小鳥の様子を見にトーマスの部屋へ来ることがある。
今日も、アラニスが軽やかな足取りで小鳥のところへやって来た。
「もう歩けるようになったんですね。」
小鳥を眺めるアラニスは幸せそうに目を細める。
「うん、少しずつね。完全に良くなるにはもう少しかかるって、
トウタ先生が言っていたけど。」
「そうですかぁ・・・。あ、あのね、トーマスさん・・・。」
それまで熱心に小鳥の様子を眺めていたアラニスが、トーマスの方に向き直る。
「・・・どうしたの、アラニス?」
「この子、お城で飼っちゃダメですか・・・?」
懸命なアラニスの訴え。
「・・・それは・・・。」
トーマスは答えられなかった。
コロクの時のように、城の仲間として迎えればいい、
そんな考えが頭をよぎったが。
「ダメ・・・ですか・・?」
泣き出しそうな表情になるアラニスに対し、
その頭を撫でてやる事しかできないトーマスだった。
「ずいぶん、元気になりましたね。トーマス殿の介護のおかげですね。」
「・・・いえ、僕は・・・ただ、トウタ先生の指示どおりにしただけで・・・。」
遠征から戻ってきたパーシヴァルに紅茶と焼き菓子を用意する。
そんなトーマスの表情は、どこか寂しげだ。
「どうか、しましたか?」
「・・・え?あ、いえ、何でもないですよ。」
笑ってみせるトーマスだが、その笑顔はいつもの笑顔ではなかった。
「・・・情が、移りましたか?」
できる限り穏やかに、尋ねてみる。
「・・・そう・・・なんでしょうか・・・?」
トーマスの答は曖昧だが、この話はもうしたくないという空気を察し、
彼の用意してくれた紅茶と焼き菓子を頂く事にした。
「うん、そろそろ良いでしょう。」
小鳥の診察にやって来たトウタ先生から、ついにその言葉を聞く事になった。
「・・・はい。」
覚悟を決めたらしいトーマスは、静かに頷く。
「・・・帰してあげるんですね?」
「・・・・・はい。この子には、帰る所があるでしょうから・・・。」
「そうですか・・・。」
トウタ先生は静かに目を伏せた。
「アラニスには・・・黙っていてもらえませんか?
彼女を悲しませる事になるとは思うんですが・・・。」
「わかりました。この子を見つけたのはあなたなのですから、
納得のいくようにすると良いでしょう。」
「・・・ありがとう、ございます。」
トウタ先生に、静かに頭を下げる。
翌朝、まだ太陽が姿を見せる前、トーマスは一人鳥籠を抱えて外に出た。
空気は澄んでいるが、肌を刺すように冷たい。
ジャケットを羽織ってきて正解だった、そんな事を考えながら
トーマスは噴水の脇を通り過ぎた。
城門にさしかかった時、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「一人でヤザ平原へ行くのは危ないですよ。」
トーマスに追いつき、息を整えて静かに微笑むパーシヴァル。
「・・・どう、して・・・・・?」
「いえ、何となく、ですが。・・・ご迷惑でしたか?」
何故、この人にはわかってしまうんだろう、そんな事を考えたトーマスだったが、
ここで同行を拒否するわけにはいかず、消え入りそうな声で呟いた。
「・・・わかりました、お願いします。」
「ありがとうございます。」
少しずつ、空の色が青に変わっていく。
静寂の中を、2人は一言も言葉を交わすことなく歩く。
しばらく歩いて、トーマスは小鳥を放す事にした。
そこは、トーマスが最初に小鳥を見つけた場所だった。
「元気でね。ちゃんと家に帰るんだよ。」
そう小鳥に声をかけ、トーマスは空に向かって小鳥を放した。
籠の中から再び自由な空へ帰る小鳥。一度トーマス達の頭上を旋回した後、
木々の間をくぐり抜けるように飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった。
「アラニスには・・・悪い事しちゃったかな・・・。」
鳥の飛び立った方向を見つめ、ぽつりと呟いた。
しばらくの間トーマスはその場を動こうとしなかったが、パーシヴァルは何も言わずに
トーマスに付き添った。
「あの小鳥は・・・ちゃんと自分の家へ、帰れるでしょうか・・・?」
振り返る事なく、トーマスは尋ねる。
「・・・恐らくは。」
トーマスの背中に向かって、静かに答える。
「みんな・・・やはり元いた場所へ・・・帰るんですよね。
本来、自分たちがいるべき場所へ・・・。」
その言葉で、パーシヴァルは気がついた。
最近見せる、トーマスの寂しそうな表情は、小鳥の事だけではなかったのだと。
自分達も、闘いが終わればあの城を去る日が来るのだと。
何故今頃になってそんな事に気付いたのかと、自分の至らなさを恨んだ。
トーマスは、依然として小鳥が去った方向を見つめ、一歩も動こうとしない。
きっと、今はどんな言葉を並べても、トーマスには届かないだろう。
また、どんな慰めの言葉を言ったところで、それが一時的なものである事も、
彼にはわかってしまうだろう。
それならば、せめて今自分がこうして側にいる事を忘れないで欲しい。
パーシヴァルは静かにトーマスに近付き、背後からそっと抱きしめた。
「・・・・・ごめん、なさい・・・。」
ぽつりと、トーマスが呟く。その瞳は閉ざされていて、何も映っていない。
パーシヴァルの腕に自分の手を重ね、何かに耐えるように
頑なに瞳を閉ざし続ける。
朝日が昇り、空がその青みを増してゆく。
長く、ほろ苦い一日が始まる。
END