ようこそ、劇場へ!2
ここは、プレアデス城1階にある劇場。
劇場支配人である仮面の男ナディールは、劇団「炎の運び手」(仮)第3回公演
「ウィリアム・テル」の配役に頭を悩ませていた。
「フフフ・・・我が劇団『炎の運び手』にササライさん、ディオスさんと
新しい団員が加わりました。まさかこれほどまでに団員が増えようとは、
何と、何と素晴らしい事か!
・・・あぁ、それにしても、次回公演の配役はどのようにいたしましょうか・・・。
私の、支配人としての力量が問われる大事な公演となる事でしょう・・・。フフフ・・・。」
プレアデス城に住む者誰一人として、ナディールの素顔を見た者はいない。
その仮面の奥に隠れている素顔は、苦悩を浮かべているのか、
恍惚と笑みをたたえているのか、知る由もないのである。
「フフフ・・・そうですね・・・次は、あの方に舞台に立っていただきましょう。」
ナディールの頭の中で、ついに配役が決まったらしい。
その2 戦慄の舞台・・・?
「あ・・・あの、本当に良かったんですか?劇に出ていただいて・・・。」
今日は、劇団「炎の運び手」(仮)第3回公演「ウィリアム・テル」の上演日。
もうすぐ開演というところで、従者役を担当するトーマスが、領主役として初舞台を踏む
ササライにおそるおそる尋ねてみた。
「別に構わないよ。この城にお世話になっている者としては、当然の事だと思っているから。
それに今度、掃除当番だってやらせてもらう事になっているしね。」
ササライの笑顔は清々しく、そして穏やかだ。
「え・・・でも、ササライさんはハルモニアではとても偉い方なのでしょう?
そこまでしていただいては・・・。」
トーマスはすっかり恐縮している。
「・・・それでは、この城を守るため常に一生懸命頑張っている城主殿のために・・・
というのではどうかな?それでは、理由にならないかな?」
トーマスを正面から見据え、とびきりの笑顔を見せる。
「え・・・ええっ!?」
今度は、動揺の色を隠せないトーマス。
「ダメかな?」
「え・・・えっと、あの、それは・・・。」
しどろもどろで、答が出てこないトーマス。
一方のササライは、決して笑顔を絶やす事はなかった。
「・・・全く。本当は俺が領主役だったはずなのに。」
離れた場所からササライとトーマスの会話を眺めていたパーシヴァルは、
憮然とした表情で呟いた。
本来、自分とトーマスが領主と従者という役柄で共演するはずだったのに、
ササライのデビュー話が持ち上がり、パーシヴァルは降板させられたのである。
2人で同じ舞台に立つ機会はほとんどなく、せっかく巡ってきたチャンスを
ササライに邪魔された形となったため、面白くないのである。
「・・・俺の時と違って、いきなり殴ったりしないんですね、パーシヴァルさん。」
パーシヴァルを睨みつけながら、嫌味を言ってみせるヒューゴ。
以前、トーマスに抱きついた時に殴られた事を、まだ根に持っているらしい。
そう言うヒューゴも、トーマスが他の人と楽しそうに(?)話しているのは面白くないようだ。
「要注意だな。」
「要注意、ですね。」
おかしなところで、同盟ができあがってしまった、らしい。
舞台の幕が上がる。
舞台前方では、ウィリアム・テル役のジャック、そして息子役のセシルが緊張した面持ちで
スタンバイしている。
「どうした、ウィリアム・テル・・・」
正直な話、ササライはお世辞にも演技が上手とは言えなかった。
台詞は棒読みで抑揚がなく、その仕草には感情がまるで表れていない。
ただ、笑みをたたえたその表情だけが唯一の救いか。
「さ、さすがは領主様です。」
先程の舞台裏での出来事を思い出さないよう、精一杯演技に集中しようとするトーマス。
しかし、普段以上にぎこちなさを露呈する結果となってしまった。
すると、ササライは笑顔のまま・・・。
「外したら、彼はもう生きてはいけまい。」
サー・・・・・・ッ。
会場全体から、何故か血の気が引く音が聞こえたような気がした。
ササライの隣りに立っていたトーマスも、大きな瞳を何度も見開き、
額からは一筋の汗が流れてきた。
(け・・・決して間違ってる訳じゃないけど・・・ちょっと・・怖い・・かも。)
ジャックも、自分の台詞を一瞬忘れてしまったらしく、周囲をきょろきょろ見渡した後、
ようやく思い出した台詞を口にする。
「・・・・・は、外したら・・・謝る・・・。」
「お、お願いします!ジャックさん!!ぜ、絶対に!当ててくださいね!!」
セシルは瞳に涙をためている。
元々、この劇のウリは「本物の武器を使う事」であり、息子役を演じる者は
下手をすると怪我ではすまされない・・・という危険と常に隣り合わせであるため、
キャスティングの際に辞退する者が多かったという。
更に、先程のササライの台詞である。
セシルの心にはすっかり恐怖心が植え付けられた。
「が、が、頑張れ!リ、リラックスだ!!」
民衆役のゴロウも、明らかに動揺している。
ジャックがセシルの頭上にあるリンゴに狙いを定める。
緊張の一瞬。
・・・・・・サクッ!
ジャックの放った矢は、リンゴのど真ん中に綺麗に刺さっている。
こんな時でも、正確に標的を仕留めるジャックの腕前は、さすがである。
観客から、安堵の溜め息が漏れる。
席を立ち、拍手する者もいた。
セシルの瞳からは大粒の涙があふれている。
そして、領主ササライの一言。
春の日差しのような穏やかな笑顔はそのままで。
「おのれウィリアム・テル。」
観客どころか、舞台全体が凍り付いたような気がした。
(こ・・・怖い・・・・・・・・。)
すぐ隣りにいるトーマスは、完全に固まってしまった。
悠然と舞台を去るササライの姿に、はっと我に返り慌ててついて行く。
劇は、親と子の感動の場面、のはずが・・・・・。
「うえぇぇぇぇん!怖かった!怖かったよぉー!!」
覚えてきた台詞はどこへやら、すっかり泣きじゃくっているセシル。
ジャックは、震える手でそっとセシルの頭を撫でている。
ゴロウは天を仰ぎ、ぼそっと呟いた。
「・・・ひとっ風呂浴びるか・・・。」
「劇は初めてだったけど、貴重な経験をさせてもらったよ。
もう一度、あの舞台に立ってみたいね。」
自分の出番が終わったササライは上機嫌だった。
「そ・・・そうですか・・・それは、良かっ・・・た・・です。」
少しずつ恐怖心が治まってきたらしいトーマスに、わずかながら笑みが戻ってきた。
「・・・さて、わたし達の出番はこれで終わりだから、どうかな、トーマス君。
お茶でも飲んで一休みしようか?」
言うが早いか、ササライはトーマスの手を取り、舞台袖から出て行こうとする。
「あ、あの、ササライさん・・・?まだ、劇は終わって・・いませんよ?」
慌てて、ササライを止めようとするトーマスだったが。
「後の事はみんなに任せても良いだろう。
それよりも、ハルモニアには色々と良い茶葉があるんだよ。
是非君にも味わってもらいたいからね。さぁ行こう。」
どこまでも自分のペースを崩さないササライに、すっかり振り回されてしまっている
トーマスだった。
それから、劇の直後に姿を消してしまったトーマスを捜しに、
パーシヴァルとヒューゴが走り回っていた、らしい。
「・・・さて困りましたね。あの神官将様には、違う役の方がふさわしかったようです。」
さすがのナディールも、今回の配役は失敗した、と思っているようだ。
「しかし・・・全てが思うようにならない・・・これもまた舞台の醍醐味。
あぁ・・・何故、劇とは!舞台とは!!このように恐ろしくも美しいものなのでしょう・・・!」
すっかり自分の世界に入ってしまったナディールであった。
END