おとなのあじ
今日は遠征も会議も無い。
プレアデス城に訪れる、久しぶりの休日。
パーシヴァルとトーマスは、メイミの新作ケーキである葡萄のケーキを囲んで、
トーマスの部屋で午後のお茶の時間を楽しもうかという時。
普段はトーマスの入れる紅茶を飲むパーシヴァルが、
「昨日珍しい物を見つけました。城主殿にお見せしようと思い、持って参りました。
今日はこれを飲んでみませんか?」
と言ってポケットから取り出した袋をトーマスに見せる。
「それは、何ですか?」
興味深げに袋を見つめ、少し首を傾げる。
その袋は小さく、手のひらに収まる位だった。
「コーヒーですよ。これ一袋でちょうどカップ一杯分らしいです。
湯を注ぐだけで簡単に淹れられるという手軽さが人気だとか・・・。
ブラス城で売っていたので、試しに買ってみました。」
「コーヒー、ですか・・・?そういえば、パーシヴァルさんは
時々食事の後にコーヒー飲んでいますよね。お好きなんですか?」
「まぁ、その時の気分によりますがね。
そういう城主殿は、コーヒーはあまりお好みではないのですか?」
「え・・・あの、僕はコーヒーって、砂糖3杯は入れないととても飲めなくて・・・。」
気恥ずかしさからか、俯きながら答える。
こういうところで、自分はまだまだ子供だと気付かされる。
「まぁ、好みがあるでしょうから、あまり気にすることはありませんよ。
コーヒーは全く飲めないという人もいますからね。」
トーマスの気持ちを察してか、フォローを忘れない。
「は、はい・・・」
ゆっくりと顔を上げるトーマス。
少しはにかんだような笑顔を見せる。
カップに湯を注ぐと、コーヒーの香りが室内を満たす。
「いい香り・・・ですね。」
「そうですね。ふむ、少しの間こうして湯に浸す、と書いてありますね。」
袋の取扱説明とカップを交互に見つめる。
2人でしばらくの間、湯に浸されているコーヒーを眺める。
特にトーマスは、見慣れない物への興味心からか、まじまじとカップを見つめている。
「さて、そろそろ良いようですね。」
それぞれのカップからコーヒーのパックを外す。
「お待たせしました。では、頂きましょうか。」
「は、はい。」
トーマスはコーヒーに、砂糖3杯とミルクを多めに入れる。
一方のパーシヴァルは・・・。
「パーシヴァルさん・・・今日も、コーヒーに何も入れないんですか?」
トーマスに言わせれば、
『砂糖もミルクも入れないでコーヒーを飲むなんて、苦くて美味しくない』
という訳だが、彼は極度の甘党なので、無理もないことであろう。
「え、ああ、そうですね。この飲み方に慣れていますから。」
トーマスの甘党ぶりを知った頃から、時々交わされる会話。
嗜好の違いはあるが、そんな会話さえも楽しくて、心地良い。
ゆっくりとカップを口に運ぶパーシヴァル。
トーマスはケーキに飾られているマスカットをフォークですくおうとしたが、
その動きを不意に止めた。視線は、パーシヴァルの持つカップに向けられている。
「どうかしましたか?城主殿?」
不思議に思い、カップを置いて尋ねる。
「あ、・・・あの・・・」
カップを目で追い、しばらく迷った後、意を決してトーマスが口を開く。
「あの、それ・・・一口、い、頂いても良いですか?」
「それ・・・とは?」
「あの、コ、コーヒー・・・です。」
「・・・・・は?・・・ですが・・・、ご存じでしょう、これには砂糖も何も入っていませんよ?」
パーシヴァルはさすがに驚いたのか、念を押してみる。
「はい、わ、わかっています。一口だけで、い、いいんです・・・。」
思い詰めたような表情で答えるトーマス。
どうやら、先程自分を「子供っぽい」と感じてから、
普段パーシヴァルが飲んでいるブラックコーヒーに興味を示したらしい。
そのことにはさすがのパーシヴァルも気付いていないようだが、
トーマスがそこまで言うのなら・・・と、カップを差し出す。
「い、いただきます。」
「・・・ご無理はなさらぬよう・・・。」
まるでこれから戦いに向かうかのような、緊張した面持ちのトーマスと、
不安と緊張の入り交じった表情のパーシヴァル。
トーマスにブラックコーヒーを差し出したことを後悔し始めたらしい。
恐る恐るブラックコーヒーを、口に含むトーマス。
その瞬間・・・・・。
「・・・・・・・・・!?」
「城主殿っ!?」
咄嗟に左手で口を押さえるトーマス。慌ててトーマスのもとに駆け寄るパーシヴァル。
彼の右手からカップを離す。
やはりトーマスにとっては、ブラックコーヒーは『苦くて美味しくない物』であったらしい。
その苦みに耐えるかのように、ぎゅっと目を瞑る。
目には涙がにじんでいる。
「・・・・・に、苦い・・・。」
「だ・・・大丈夫ですか!?」
何とかしなくては、と周囲を見回すパーシヴァルは、ふと何かを思い出し、
椅子に掛けてあるジャケットのポケットから、何かの包みを取り出す。
「こっこれを、食べてください!さぁ、口を開けて・・・!」
「うー・・・・・・っ!」
涙目のトーマスはゆっくりと左手を離し、やっとの思いで口を開ける。
「これで、大丈夫・・・な、はずです。」
包みを開き、中身をトーマスの口に運ぶ。
「・・・・・?あ、甘い・・・。」
「・・・落ち着きましたか?」
ゆっくりと首を縦に振るトーマス。
「申し訳ありません、城主殿。無理にでも止めるべきでした。
そして、これを最初にお渡しするべきでした。」
赤・黄色・緑と色とりどりの包みの入った袋をトーマスに見せる。
フルーツ味のキャンディだ。
「ブラス城へ行った時のおみやげです。」
「あ、ありがとうございます。」
トーマスはようやく落ち着きを取り戻したらしい。
しかし、ちょっと困ったような表情を見せる。
「やはり・・・無理はするものではありませんね。」
「・・・と言いますと?」
苦笑いして、トーマスは話を続ける。また、彼は俯いてしまった。
「自分がまだまだ子供だなって、思って・・・。
だ、だから、苦手なものを無理に飲もうとして・・・。」
最後の方はほとんど聴き取れない位の小声になってしまった。
パーシヴァルは微笑むと、静かにトーマスを抱き寄せた。
「・・・無理に合わせようとする必要はありませんよ。」
宥めるように、ゆっくりと栗色の髪を撫でる。
「・・・・・はい。」
自分はまだまだ子供だけれど、この人は受け入れてくれる。
この人の前では、背伸びする必要はないんだ。
そのことを理解できたのか、ようやくトーマスに本来の笑顔が戻る。
「さて、それではコーヒーが冷めないうちに、お茶会の続きをしましょうか?」
「はい。」
いつもの楽しいひとときが、今日も始まる。
END