北風と手袋
「ふぅ・・・すっかり寒くなったなぁ。」
日課である午後の見回りの途中。
プレアデス城内に特に異常はなく、扉を開けて一歩城の外へ出た瞬間、
肌を刺すような冷たい風がトーマスを迎えた。
「この辺りは、雪は降るのかな・・・?」
灰色の雲に覆われた空を見上げて、ぽつんと呟く。
北風に押されるように、広場からレストランへ続く階段を下りる。
吹き付ける風の冷たさに、身を固くしながら心持ち早足で歩く。
手袋でも持ってくれば良かったかな、と思いながら、かじかむ両手に息を吹きかける。
こんな寒い日でもバーツは畑仕事を欠かさないし、ペギィは威勢の良い声とともに
誰かの剣を鍛えている。
みんな元気だなぁ、などと考え、ふと寒がりな自分に苦笑いする。
牧場を通り抜けると、金属のぶつかり合う音と規則正しい掛け声が聞こえてくる。
ゼクセン騎士を始め、カラヤ・リザード・ダック各クランの戦士達が集まって、
合同で剣の訓練をしているようだ。
彼らに向かい合う形で、バズバ・パーシヴァル・ジョー軍曹・レオが指導に当たっている。
今ではもう当たり前の光景であったが、プレアデス城が本拠地になって間もない頃は、
それぞれの部族同士で小競り合いが絶えなかった。
いがみ合い、衝突する中で、それでも互いの実力を素直に認め合うようになってからは、
同じ目的を持つもの同士打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。
「みんな・・・すごいなぁ。」
力強く剣を振るう戦士達を目の当たりにし、トーマスは感嘆の思いを口にした。
トーマスは剣の扱いに未だ慣れていないからか、戦士達を見つめる瞳に
うっすらと羨望の色が宿っている。
訓練の邪魔をしないようにと、トーマスは木陰からそっと様子を眺める事にした。
訓練といえども、誰一人として笑顔を見せたりふざけたりする者はいない。
普段は穏やかで優しいダック戦士達でさえ、厳しい顔つきで訓練に打ち込んでいる。
そして、彼の前では常に柔和な微笑みを見せる黒髪の騎士も、
険しい表情で訓練の指導に当たっている。
「よし、そこまで!」
バズバの駆け声で、戦士達は剣を収め、整列する。
「解散!」
互いに、軽く礼を交わす。
武器を片付ける者、食事に向かう者、風呂へ直行する者・・・皆思い思いにその場を後にする。
「じゃ、俺達もここで解散するか。」
「あぁ。それじゃ。」
バズバ達もまた、それぞれの持ち場に戻っていく。
「・・・おや?城主殿。」
木々の影から半分だけ姿を見せているトーマスに気付き、パーシヴァルが歩み寄る。
「こ、こんにちは、パーシヴァルさん。訓練お疲れさまでした。」
木陰からひょっこり姿を現し、やや緊張した面持ちで挨拶する。
「ありがとうございます。城主殿は、城の見回りですか?」
「あ、はい。一通り見回ったところです。」
「そうですか、では城に戻りましょうか。今日は気温が低いですから、
風邪をひくようなことがあってはいけませんからね。」
そう言って静かにトーマスの手を取る。
「・・・えっ、あ、あのっ・・・?」
咄嗟のことにわたわたと動揺するトーマス。
「・・・やはり。とりあえず、これを使ってください。少しは温かくなるはずです。」
パーシヴァルは、手に持っていた袋から取り出した物をトーマスに差し出す。
それは、革製の丈夫そうな手袋だった。
「・・・あ、手袋・・・。」
「すっかり手が冷えていますよ。」
トーマスの返事を待たずに、その手に手袋をはめる。
「あ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。
さぁ、城に戻って温かいお茶でもご一緒にいかがですか?」
そこにあるのは、いつもの温かい笑顔。
風を遮るだけではなく、気のせいか手袋自体がとても温かく感じる。
「そ、それじゃ、この間買ったばかりの緑茶を淹れましょうか?」
せめて、この温かい気持ちを共有できれば。
「それは楽しみですね。」
「は、はい!」
城へ向かって、並んで歩く。
もう肌を刺す冷たい風も気にならない。
苦手な冬も、少しは快適に過ごすことができるかもしれない。
パーシヴァルと並んで歩きながら、そんなことを考えるトーマスだった。
END