疲れた時には





疲れている時には、甘い物が良い。
・・・誰の言葉だったろう?



「よいしょっと・・・、えっと、とんがり帽子がみっつとチューリップ帽がふたつ、はねかざりがよっつ、
亀甲の服がみっつと、出来のいいローブがいつつに出来のいい皮鎧がふたつ、
高級な服がみっつ・・・これでいいのかな?」
「うん、ありがとうムト。」


ビュッデヒュッケ城地下倉庫。
かつては住人の少ない、寂れた古城だったが、新生「炎の運び手」の本拠地となった現在は、
同じ志の元集ったシックスクランやゼクセンの民で賑わっている。
人が増えた分、様々なアイテムが預けられ、小さな倉庫には既に足の踏み場もない。
もう整理しきれない・・・と嘆くムトのため、不要になったアイテムを徐々に下取りして
もらうことにした。

「とりあえず、今日はこのくらいかな。」
「うん。とりあえず、歩く場所は確保できたよ。」
「良かった。下取りしたお金を貯めてもっといい装備を買ったり、城の修理費用の一部に
充てることも出来るしね。」
「うん、うん、さすがトーマス様だね。」
感服したように何度も頷くムト。
「これからもマメに整理しないとね。」
「うん。もう少しで下取り屋さんが来るから渡しておくね。
じゃ、これがこの間の下取り代金だよ。」
「ありがとう。じゃ、またねムト。」
「また遊びに来てね〜。」
皮袋に入ったお金を受け取り、トーマスが1階に向かって歩き出す。
「・・・トーマス様?」
突然、トーマスの背に向かってムトが呼びかけた。
「・・・何?」
振り返るトーマスの表情が、ほんの少し曇っている。
「トーマス様、どこか、痛いの?」
「・・・え?」
「ちょっと、元気ないよ?トーマス様。」
「そんなこと無いよ、ムト。
・・・でも、ありがとう。」
「あまり無理しちゃダメだからね、トーマス様は城主様なんだから。」
ムトなりの精一杯の気遣いに、トーマスは柔らかな笑顔で答えた。
再び歩き出したトーマスに向かって、ムトはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「さてと・・・このお金と、この間の劇の収入と合わせて・・・。
少しは修繕費の足しになるかなぁ・・・?」
革袋を大事そうに抱え、ふぅ、とトーマスが息を吐き出した。
足取りが、妙に重く感じる。
疲れているのかな・・・?
「と、とりあえずセバスチャンさんのところへ行かないと。」
革袋を落とさないようしっかりと握りしめ、深呼吸を一つすると、トーマスは宿屋に向かった。



「で、では、このお金は、壁の修理費用に充てましょう。」
少しでも「火の車」である城の財政を円滑に運用するため、セバスチャンは汗を拭きながら
考えを巡らせ、お金の使い道を決定した。
「はい、お願いします。」
トーマスは、ほっと胸をなで下ろした。

衣・食・住は、生きていくうえで基本中の基本である。
着る物・装備については、行動範囲の広がった「炎の運び手」の遠征によって、
宝箱や掘り出し物などからより良い装備を入手することが出来るようになった。
食料についても、バーツを始め農作物造りに従事する者が増えたため、ある程度は
自給自足が出来るようになり、また交易などで調味料やワインなどが入手できる。
問題は、「住」である。
元々財政難に苦しんでいたビュッデヒュッケ城では、これまでは城の改修がほとんど出来ない
状態であった。
出店希望者など、徐々にこの城に人が集まってきてから、改修箇所の優先順位を決めて、
少しずつではあるが壁や天井の修理を始めた。
快適とまでは言われなくとも、せめて苦情が出ないくらいには城を修理したい・・・
密かにトーマスは考えていたのだ。

トーマスから革袋を預かり、セバスチャンはカウンターの陰にこっそりと設置した隠し金庫に
下取り代金を革袋ごと保管した。
穏やかで暖かい風が吹くこの季節。
しかし、セバスチャンは季節に関係なく、汗をかいているような気がする・・・。
汗を拭き拭き帳簿にペンを走らせるセバスチャンを眺めながら、
ぼんやりとトーマスは考えた。
「こ、この城にもずいぶん出店希望者が増えましたから、これからは賃貸料の収入も
見込めますね、トーマス様。」
「は、はい、そうですね。ただ、元々この城は修理が必要な箇所がたくさんありますから・・・。
この城に住む人に、少しでも快適に過ごして欲しいですし・・・。」
眉をハの字に下げ、頬に手を当てながらトーマスが考え込む。
俯くトーマスに、やや疲れの色が見えた。
「も、もちろんですよ。・・・トーマス様?」
「え・・・、あ、はい、何か?」
手を頬から慌てて離し、慌ててセバスチャンに向き直る。
「つ、疲れているようですが、どこか具合でも悪いのですか?」
「い、いえ、何でもありませんよ。で、では、僕は城の見回りに行ってきます。」
「む、無理はしないでくださいね。・・・あ、そうでした、トーマス様、これを・・・。」
セバスチャンが差し出したのは、キャンディーの入った袋だった。
「ここに宿泊されたお客様のお子さんからいただいた物です。
わ、私は一ついただきましたから、あとはどうぞ、トーマス様。」
「ありがとうございます、セバスチャンさん。」
「疲れた時には甘い食べ物が良いと言いますからね。
そ、それと、何かありましたら、連絡してくださいよ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
丁重に礼を交わすと、トーマスは広場に向かって歩き出した。


「・・・そんなに疲れているように、見えるのかな・・・?」
噴水の前で立ち止まり、トーマスは水面に向かって顔を伸ばす。
「・・・・・・・・・弱ったなぁ。」
水面に映っているのは、いかにも『疲れています』と言いたげな、自分の顔。
がっくりと肩を落とし、深い溜息を一つ。
城の門を守るセシルが自分に向かって手を振っている。
軽く手を挙げてセシルに応えるトーマスは、
「・・・セシルはいつも元気だなぁ・・・。」
ぽつりと呟いた。
噴水の飛沫が頬を濡らしても、冷たさはもう感じない。
清々しいまでの青空と、心地良い日差し。
このまま仕事を放り出して日向ぼっこをしたい・・・
そんな誘惑に負けてしまいそうになる。
「・・・ふぅ。」
噴水に腰を下ろし、セバスチャンからもらったキャンディーをひとつ取り出す。
赤い包みを解いて、きらりと輝く宝石の粒を口に放り込む。
「・・・・・・・甘い・・・。」
肩から力がすうっと抜けていくような感じがする。
イチゴの香りと甘さに、ほんのりと幸せを感じるトーマス。
「そういえば、この袋、どこかで見たことが・・・?」
キャンディーの袋を改めて見つめるが、すぐには思い出せない。
「・・・まぁ、いいか・・・。」
袋の中身を落とさないように、トーマスは腰を上げ、噴水から離れようとしたその時。
セシルが城の外に向かって懸命に手を振っている。
「・・・誰か帰ってきたのかな・・・?」
思い当たるのは、カレリアへ情報収集に向かった炎の英雄ゲド率いる遠征メンバーか、
ブラス城へ騎士団の編成について打ち合わせに出かけている
銀の乙女クリス率いるゼクセン騎士団のどちらかだ。
足が自然と門の方へ向かう。
もしかしたら・・・と言う期待を胸に秘め、トーマスは駆けだした。


「皆さん!おかえりなさい!」
誰に対してもはきはきと応対するセシルらしい、弾んだ声が聞こえてくる。
「ご苦労様、守備隊長どの。」
軽やかな身のこなしで馬上から降り立ち、銀の乙女はきっちりと結い上げた髪を輝かせて
控えめに微笑んだ。
クリスに続き、他の騎士団員も次々と馬から下りた。
鎧のぶつかる鈍い音が、あちこちで響く。
「お疲れ様でした。ブラス城の様子は、いかがでしたか?」
クリスに歩み寄ったトーマスはさっと視線巡らせたが、目指す人の姿は、まだ見えない。
「第2・3編隊のについては問題なかったので、引き続き警備を任せることにした。
ところでトーマス殿、アップル殿は?」
クリスの返答に、慌てて視線を戻す。
「か、会議室で、ルシアさん達と打ち合わせをしていました。きっとまだそちらにいるかと・・・。」
「わかった。・・・トーマス殿も、ご苦労様。
サロメ、後は頼む。」
「承知しました。では、皆さん。ここで解散しましょう。」
サロメの一言で、騎士団員は己の馬を厩舎へと連れて行った。


(・・・パーシヴァルさんは・・・?)
胸に広がり始めた不安を振り切るように、騎士団の顔を一人一人確かめる。
そして、後方に控えていたパーシヴァルがようやく姿を現した。
「ただ今戻りました、城主殿。」
端整な顔立ち、馬を走らせたとはとても思えない、綺麗にまとまった髪型。
柔らかく、甘い微笑み。
「・・・お帰りなさい、パーシヴァルさん。」
見上げるトーマスの表情も、蕩けそうなくらい、甘い。
「・・・おや?」
ふと、トーマスの持つ袋に目が留まった。
「あ・・・これですか?セバスチャンさんが、お客様からもらったものだそうなんです。
この袋に、見覚えがあるんですけど・・・・・・えーと・・・・・・。」
しばらく腕を組んで考え込んでいたトーマスだったが、
「・・・・・お、思い出した!」
目の前でくるくる表情を変えるトーマスを、パーシヴァルは穏やかな表情で見つめる。
ゼクセンの女性達がうっとりと見惚れてしまうような微笑みを湛えて。
「・・・これ・・・確か、以前パーシヴァルさんからいただいたこと、ある・・・。」
「覚えて頂けて、光栄です。」
そっと手を伸ばし、トーマスのまだ幼さの残る頬に触れる。
ひんやりとした手甲の感触にびくりと身を竦めたが、すぐにその緊張は解かれた。
「・・・少し、疲れていませんか?」
労るように、トーマスの頬を撫でる。
トーマスはそっと瞳を閉じて、パーシヴァルの手に自分の手を重ねる。
「・・・そう、かもしれません。で、でも、もう大丈夫です。」
「それは、何故ですか?」
少々意地の悪い笑みを見せるが、
「さあ・・・どうしてでしょうね?」
見上げるトーマスの表情には、確かに疲れが見えるが、この上なく幸せそうだ。
「城主殿、明日のご予定は?」
トーマスの頬に添えられた手を、今度は眼前に差し出す。
「えっと・・・明日は休みです。・・・一応。」
パーシヴァルの手を取り、ほんの少し肩を竦めて、笑顔を返す。
「それでは、明日は遠乗りに出かけませんか?
誰にも邪魔されない、休息にはうってつけの場所へご招待しましょう。」
柔らかい微笑みとともに、トーマスの手の甲に唇を落とす。
「わっ・・・ちょっ・・・パーシヴァルさん!こ、こんなところで!?」
顔を真っ赤にして懸命に抗議するが、さすがに手を振り払うような真似は出来ない。
結局、恥ずかしい気持ちを懸命に堪えて、
パーシヴァルのするがままに任せるしかないトーマスだった。
「どんなに忙しくとも、休養は必要ですよ?」
「・・・わ、わかりました・・・。」
「では、私達の城に戻りましょう。」
口付けた手をそっと握り、導くようにトーマスの手を引いて歩き出す。
「・・・はい。」
真っ赤に染まった顔を見られたくないのか、トーマスはほんの少し俯いて、
パーシヴァルの後について行く。


己の馬を厩舎へ導くパーシヴァルと、1歩後ろを歩くトーマス。
繋がれた手はそのままに、2人は笑顔を交わし合った。



疲れている時には、甘い物が良い。
でも、大切な人の笑顔がそこにあれば、
どんな疲れも癒される気がする。
だって、その人の笑顔は、どんなお菓子よりも甘いのだから。



End


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