薄鈍色の空の下・前編





かつては美しい花が咲き誇っていたという、イルヤ島。
今では、その面影は微塵も無い。


紋章砲による襲撃を受けたあの日からずっと雨が降り続いていると、誰かが言っていたっけ。
頭の片隅でぼんやりとそのようなことを考えながら、シルベストリは町の中心部だった場所へ、
歩みを進める。
クールーク兵士と異形のモンスター達を極力避け、かつて広場であった場所に足を踏み入れた。
大地は分厚い灰に覆われ、生活の営みがあったはずの街は無惨にも破壊され尽くしている。
目の前に広がるのは、ただ、積み上げられた瓦礫の山。



別にこの場所が気に入っているとか、そう言う訳ではない。




ただ、ここには・・・、他の仲間と一緒に来たくなかった。




瓦礫に寄り掛かり、力無く腰を落とす。
降りしきる雨を避けるでもなく、虚ろな瞳で天を仰いだ。


「・・・あんまり長居しちゃいけないよね。みんなに心配かけちゃうし・・・。」
誰に語るでもなく呟いた言葉は、雨音にかき消された。
言葉とは裏腹に、しばらくはここを離れたくないという思いが心の奥を支配している。



クールークに支配された群島諸国を解放するために結成された、解放軍オラシオン。
自分はそのリーダーであるから、勝手な行動は許されない。

ただ解放軍のリーダーであるという事実だけなら、これ程までに思い悩むことも無かっただろう。


全ての元凶とも言うべき、左手に宿る忌まわしい紋章。
今でも、ちりちりと微かに疼く。

いつかは自分も、他の宿主同様にその生命を喰われる日が来るのだろう。
既に覚悟は出来ている。
目に前に突きつけられた現実から逃げるつもりは無い。
ただ、今は少しだけ。


心の弱い自分自身と向き合う場所が、欲しかった。


天から降り注ぐ薄鈍色の雫は、髪を、服を、肌を濡らす。
心の中にまで、その色が浸食してくるような錯覚に囚われる。




「・・・何をしている?」


突然投げかけられた言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
虚ろな瞳が映すのは、鈍く輝く鎧に身を包んだ、一人の軍人。

自分は、夢でも、見ているのだろうか。



目の前には、こんな所で会うことなど無いと思っていた人物。
・・・いや、冷静に考えれば、今やイルヤ島はクールーク前哨基地である。
あり得ない・・・とは断言できない。
ただ、こんな廃墟と化した島にはおよそ似つかわしくない人物とは言えるだろう。

クールーク第一艦隊艦長、トロイ。



有るはずのない人影を認め、歩み寄ってみれば。
雨に濡れたままぼんやりと空を見上げて微動だにしない、一人の少年。

自分は、夢でも、見ているのだろうか。



目の前には、こんな所で会うことなど無いと思っていた人物。
・・・かつて商戦と偽ってラズリル侵攻を企てた頃、偶然にもその命を助け、見逃したことがあった。
今では、反クールークの旗を掲げる組織の中心人物と噂されている。
この島に、同志でも捜しに来たとでも言うのか・・・・・?

オラシオン軍リーダー、シルベストリ。




「こんなところで、何をしているのかと聞いている。」

顔を上げたきり一言も言葉を発さない相手に焦れたのか、もう一度問いかける。



「・・・・・雨に、あたっていました。」
抑揚の無い声。
表情からも真意を窺うことは出来ない。
海を連想させる深い蒼色の瞳にトロイ自身は映っていても、彼は決してトロイを見てはいない。
どこかずっと遠くを見つめているように、トロイには感じられた。

「そのままでは風邪をひくぞ。」
我ながら何とも見当違いなことを言ったものだ・・・と、わずかながら自嘲の隠った笑みを浮かべる。
本来なら、今まさにここで剣を取りその生命を奪い合うべき相手であるはずなのに、
その身体を気遣うような言葉を発するとは。



実際、今ここで、その首を刎ねることなど容易い。
以前剣を交えた時と比べ、格段に強くなっているのは認めるが。

・・・・・しかし、今、それが出来ないのは何故なのだ・・・・・?


「・・・そうですね。・・・そうかもしれません。」
返ってくるのは、またしても力の無い言葉。
泣いているのか笑っているのかさえわからない、曖昧な微笑みを浮かべて。


「とにかく・・・いつまでもここにいても仕方がないだろう?」
トロイはシルベストリの左手を取り、無理にでも立ち上がらせようとする。


「・・・・・!!」

びくり、とその小さな肩が跳ねたかと思うと、勢いよく手を振り解かれた。


「・・・あっ・・・す、すみません・・・・・!」
頭を下げ謝罪の言葉を口にするその姿は、小動物のように頼り無く儚げに見える。
今自分の目の前にいる少年は、とても反勢力のリーダーには見えない。

「その左手・・・怪我でもしているのか?」
「・・・・・怪我、ですか・・・・・?
・・・じゃあ、そういう事にしておいてください。」
シルベストリが庇うように左手を隠すのでつい尋ねてみたが、
すぐにそれが無神経な質問だったということに気付いた。

左手のことを、これ以上詮索されたくないらしい。


「ついてこい。」
「え?あ、あの・・・?」
今度は、シルベストリの右手を取り、半ば強引に引き上げる。
予想以上に、その身は軽かった。
「別に命を取ろうとか、そう言うのではない。」
「・・・では・・・何故、ぼくを・・・?」
「何度も言わせるな。ここにいては本当に風邪をひくぞ。」
「・・・・・・。」
観念したのか、シルベストリはトロイの手を振り払うことは無かった。
俯き、ただ手を引かれるままにとぼとぼと歩いている。
前髪に隠れて、その表情を窺い知ることは出来ないが、
きっと先程と同じ曖昧な表情を浮かべているのではないか・・・?


(・・・全く、一体何をしているのだ・・・私は・・・?)

シルベストリに悟られないようひっそりと溜息を零し、客室として宛われた部屋へ向かった。


いつまでも降り続き、止むことを知らない薄鈍色の雨が、二人を包んだ。



続く…


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