青空とお日様の下で
「王子様、そろそろ刈り入れ時っすよ!」
燦々と降り注ぐ日差しの下。
イティバル城。
セラス湖で永い眠りについていたシンダル族の古代遺跡であり、
今ではアンビシオン軍の本拠地として戦いに赴く者達、
そして彼らを迎える者達が集う場となっている。
「ゴドウィン軍に目立った動きがないので、今のうちに羽を伸ばしておいてください。」
軍師ルクレティアの穏やかな微笑みに見送られ、ユウリは城の見回りを始めることにした。
もう少ししたらゲオルグに稽古つけてもらおう、とか。
先日ドワーフ達とレルカーの人達が小競り合いをしていたけど、
またどこかで不満の声が上がっていないか、とか。
たまにはスバルの釣りに付き合ってあげなくちゃね、とか。
そんなことを考えながら外廊を進むと、畑仕事に勤しむゲッシュが目に留まった。
ゲッシュもまたユウリの姿に気付き手を振ってくるので、階段を下り畑の方へ歩みを進めた。
「うわ…。」
ユウリには、トマト・メロン・ブドウなどが収穫の時を今か今かと待ち兼ねているように見えた。
(そういえば、色々苗を見つけてはゲッシュさんに預けていたっけ…。)
あの小さな苗がこんなに成長して、自分たちのお腹を満たしてくれるんだ。
その事に感動を覚えて、しばらくユウリは言葉無く畑に見入っていた。
一方のゲッシュはというと、まるで我が子でも自慢するかのように、誇らしげに胸を張っている。
「すごいね。もうこんなに成長していたんだ。」
「お天道様と綺麗な水と、肥料と愛情。
これらがうめぇ作物を育てるのに重要なことっすよ!」
満足そうに頷くゲッシュ。
己の仕事に自信と誇りを持った、清々しくも迷いのない笑顔。
「ゲッシュさん、楽しそうだね。」
「そりゃあもちろん! これが俺の仕事っすから!
あぁ、そうだ王子様。これ、食べてみてくださいよ!」
手近に実っていた赤々と熟したトマトを丁寧にもぎ、籠に引っかけてあったタオルで丹念に拭いてから、
ユウリに向かってぽいっと放り投げた。
難なくトマトをキャッチし、我が手に収まった真っ赤な果実をまじまじと見つめる。
「ちょうど良い感じに熟してるから、甘くて美味いっすよ!」
破顔するゲッシュとトマトを交互に見つめた後、意を決したユウリはゆっくりと口を付ける。
柔らかな果肉から零れ出る、ほのかな酸味とまろやかな甘みが口いっぱいに広がる。
微かに香るのは、土の匂いとお日様の匂い。
「…おいしい。」
サラダや野菜ジュース・カレーの隠し味など、その丸い姿を違う形に変えてしまっている
トマトの味しか知らなかったユウリは、飾りのない素直な味に感動し、
そのまま正直な感想を口にした。
「本当っすか!? いや〜良かったっす!!」
ユウリの言葉に、ゲッシュはついガッツポーズを見せる。
「レツオウさんや、世の中のすげえ料理人達がこのトマト達に手と愛情を加えて、
違った味を引き出してくれるっすけど、ありのままっていうのもまた格別っすよ!」
「うん。…本当に、そうだね。」
太陽宮で何不自由ない生活を過ごしていれば、きっと一生気付くことがなかったであろう、
ささやかな発見。
自然の恵みを徐々に胃袋に収めながら、ユウリはしばらく、
嬉々として収穫を続けるゲッシュの様子を眺めていたが。
「僕もやってみたい。」
「……は?」
唐突なユウリの言葉に、ゲッシュの声が裏返った。
「野菜の収穫。」
「なっ、何言ってるっすか!? 王子様にそんなコトさせるわけにはいかねっすよ!!」
「…でも、ゲッシュさん見てると楽しそうだし。」
「いやっだからっ、これが俺の仕事っすから…。」
「え〜っと、ここから切り離しちゃって良いのかな?」
「わーっ、わーっ、王子様ーっ!!!」
解放軍のリーダーであり、何よりこのファレナ女王国の第一王子であるユウリを
力尽くで止めることなどできず、おろおろと制止の声をあげるしかないゲッシュだったが、
ユウリは全く意に介さず、見よう見まねで赤く熟したトマトの実をひとつ、またひとつもぎ取っていった。
「全く、あいつはどこにいるんだ…?」
昼食後、一息ついたら稽古をつけて欲しい。
そう言って朗らかに笑った張本人の姿が見えず、ゲオルグは大仰に息をついた。
自室や軍議の間にその姿はなく、シルヴァからは午前中に医務室に顔を見せたきりだと言われ、
ユウリと親しいトーマやシュン・ランに尋ねてみたが結局居場所はわからず終いだった。
(このだだっ広い城を隈無く探せというのか…。)
げんなりとした表情を浮かべながら、塔を後にする。
やや強い日差しと心地の良い風に迎えられ、ほんの少し顔をしかめる。
さて、どこから探すか…と周囲を見渡したところ、程なく目指す人物の姿を認め、
ゲオルグは足早に階下へ向かった。
「よいしょ、よいしょ。」
「王子様っ、あーもう良いっすからっ!!」
軽快に弾むユウリの声と、明らかに困惑しているゲッシュの声。
「何をしている?」
しばしの間2人の様子を眺めていたゲオルグだったが、
さすがに他の者に『王子様の畑仕事』などは見せられないと判断し、
やや厳しい口調で2人の作業を中断させた。
比較的柔軟な性格のルクレティアや独自のノリを見せるミアキスならともかく、
ユウリに何かあると途端に目がつり上がってしまうリオン、
規律や形にうるさそうなガレオンなどに見つかったら、果たしてどうなることか…。
「あ、ゲオルグだ。」
「どわあっ!? き、騎士様ッ!?」
案の定、正反対の反応を見せる2人。
ユウリはにこにこと笑って籠いっぱいのトマトを差し出してみせる。
ゲッシュはというと、目に見えておどおどしている。
「見て見て、ここでこんなにトマトが採れたんだよ。」
「す、すんませんっ!」
「どうしたのゲッシュさん、何で謝ってるの?」
深々と頭を下げるゲッシュを、ユウリは首を傾げて不思議そうに見つめた。
「…いや、どうせこいつが自分からやるって言い出したんだろう。」
「そうだよ。だからほら、頭を上げて。」
「…お前が言うな。」
間髪を容れずに飛んでくる、心底呆れたような言葉。
ユウリは恨みがましい表情でゲオルグを見上げる。
己の親友であった彼の父親よりも、この国の女王であった母親の面影を色濃く残す少年。
まだあどけなさの残る顔立ち。
そんな顔で睨まれても…とは思ったが、敢えて口にしないことにした。
「どうして? だって、すごく楽しかったよ。」
「…いや、それはわかる。
だがな、中には『王子様に畑仕事させるとは言語道断!』と受け取る者もいるだろう?」
「え? でもそれは…。」
「不敬罪でゲッシュが責められたら、お前はどうする?」
「――う…。」
何故ゲッシュがあれ程までに自分を止めようとしたのか。
そして、今何故ここまで申し訳なさそうに頭を下げるのか。
「……ごめんなさい。」
今更ながら、ユウリはその理由に気付いたのだ。
…項垂れる姿は、まるで捨てられた子犬だな。
ユウリに見つからないよう笑みを堪え、ぽんぽんっとその頭を撫でる。
柔らかな白銀の髪は、太陽の光を受けてその輝きを増している。
「まあ、わかればいい。
それよりも、稽古はどうするんだ?」
「え?」
見上げると、太陽が西に傾きかけている。
空の色もややオレンジ色をましてきている。
「うわ、もうこんな時間?」
釣りは…今度にして、見回りは日が暮れてからにして…。
ユウリの頭の中で、さらさらととスケジュールが書き換えられる。
「稽古、お願いします。」
籠を抱えたまま、ユウリは頭を下げる。
「いいだろう。」
くるりと背を向けて、ゲオルグが歩き出す。
「本当にごめんなさい。でも、楽しかった。」
「あ、王子様! これ、差し入れっすよ!」
トマトの籠をゲッシュに預けてユウリも後に続こうとするが、ゲッシュが籠から2つ、
トマトを投げて寄越した。
これもまた、いとも簡単にキャッチする。
「ありがとう!」
「頑張るっすよ〜!」
自分のせいで不快な思いをさせたはずなのに、それでも自分に激励の声をかけてくれる。
ユウリはそんなゲッシュへ、左手を突き上げることで応えて見せた。
「何だ、それは?」
「今日の戦利品。」
自らの手で収穫したトマト。
零れるような笑顔で、真っ赤な果実を見つめている。
太陽宮で、王子だ殿下だと腫れ物に触るような扱いを受けてきた頃には、
自分の手で作物を収穫するなど、夢にも思わなかった。
このイティバル城には多くの人が集まっている。
自ら剣を振るい戦う者、負傷した戦士を治療する者、最高の食材を育てる・獲る者、
極上の料理を提供する者、娯楽によって笑いや安らぎを与える者…。
生い立ちや信条は異なっていても、皆同じ目的の下この城に集ったのだ。
彼らとの出会いはユウリの心に様々な影響を与えている。
苦難の果てに辿り着いた場ではあるが、今この時、この出会いを大切にしたいとユウリは強く思った。
「はいっ、どうぞ。」
「…?」
「差し入れ。チーズケーキよりこっちの方が身体に良いよ。」
「そ、そうか…?」
「うん。だから、これ食べたら稽古つけてくださいね。」
あどけない笑顔で見上げられ、隻眼の剣士は視線を泳がせながらトマトにかぶりつく。
清々しい味と、大地と太陽の香りが広がった。
End