頑張れ、ワカゾー!
「・・・とりあえず、これはどう解くんだ?」
「あぁ、これっすか?・・・えっと、これはここの公式を使うっすよ。」
日差しは既に夏の強さを放っている。
本来ならば夏の大会に向け厳しい練習が行われるはずの、土曜日の午後。
しかし、学生にとって辛く苦しい『期末テスト』を目前にしては、
部活も休止せざるを得ない。
そんな訳で、野球部も例に漏れず部活は無し。
子津と犬飼を始めとする野球部1年6人組は、学校の図書室でテスト勉強を始めた。
午前中の授業を終え、中庭で昼食をとった後、図書室へとやって来たのだ。
ここなら勉強に集中できると、辰羅川が提案したのだった。
彼らの他にも、教科書とにらめっこをする者、単語帳を片手に問題を出し合う生徒などで、
本来静粛であるべきなのに、図書室は場違いな程ざわついていた。
「わかった、とりあえずやってみる。」
「はい、頑張ってくださいっす。」
「・・・ああ。」
極上スマイルに励まされ、犬飼はいそいそと問題に取りかかった。
そんなやりとりの側では・・・。
「あ〜あ、何かもう飽きちゃった。
ねっねっシバ君、勉強やめて帰ろうよ!?」
「・・・・・・・・(困惑)」
「何言ってるのですか、兎丸君?まだ始めてから、30分も経っていませんよ?」
ずり落ちる眼鏡を直しながら、声を潜めて辰羅川が指摘する。
「だぁって〜、勉強、つまんないんだもん。」
両手を頭の後ろに組み、椅子を揺らしながら兎丸はぶーぶー文句を言う。
ゲームをプレイする時の集中力はどこへやら、意外と飽きっぽい面を見せる。
しかし、そんな兎丸の性格を理解している司馬が、何やら閃いたらしい。
「・・・・・・・・(提案)」
「え、何、シバ君?・・・・・・・
そっか、わかったよ、あと30分だけ、頑張ってみるよ。」
「・・・・・(にこ)。」
「だから、帰りにゲームショップに付き合ってね!約束だよ!」
「・・・・・(了承)。」
「・・・・・・やれやれ。」
額に手を当てて溜め息を零す辰羅川のすぐ側で・・・。
「だあぁぁーっ、わかんねー!!!」
英語の教科書を片手に、突然、猿野が暴れ出した。
「猿野君、静かにしてください。ここが図書室であることをお忘れですか?」
険しい表情で辰羅川が睨む。
眼鏡がキラーンと光ったのは気のせいか?
「そんなこと言ってもよぉ、わかんねーモンはわかんねーって!
俺は日本人なんだぜえ!?外国の言葉なんてわかるかいっ!!」
「声のトーンを落としてください!」
ビシッ!
低いが、威圧的な声色に、さすがの猿野がたじろぐ。
「・・・ふぁーい・・・・・。」
渋々、英語の教科書に視線を落とした。
「・・・・・バカ猿が・・・。」
数学の問題に取り組んでいた犬飼が、
シャープペンシルをバンッ! と机に叩きつける。
集中の糸が切れたらしい。
「ま・・・まあまま、問題に集中するっすよ。」
椅子から立ち上がりかけた犬飼を、子津が宥める。
「・・・ね?」
「・・・・・・わかった。」
ふうっ と溜息をついて、椅子に座り直した。
「シバ君シバ君、30分経ったよ。もう帰ろっ?」
「・・・・・・(こく)」
実際は30分経っていないのだが、兎丸は待ちきれなかったらしい。
いそいそと教科書を片付けだした。
「じゃあね〜みんな、勉強頑張ってね。」
「・・・・・・(軽くお辞儀)」
他人事のような台詞を残す兎丸と司馬が、図書室を後にする。
「兎丸君、司馬君、お疲れっす。」
二人ににこにこと手を振る子津だったが。
「・・・ここに来てまだ一時間も経っていないというのに・・・。」
辰羅川はがっくりと肩を落とす。
不意に、その方をちょいちょい、と突かれた。
「なぁなぁモミーちゃん、この訳なんだけどさ、ち〜っと教えてくんない?」
「あぁ、ここですか。まず、この as if はですね・・・。」
一方、徐々にではあるが、猿野のテスト勉強は軌道に乗ってきたらしい。
とはいえ、一事が万事辰羅川『先生』の指導を仰いでいるので、
辰羅川自身の勉強は全く進んでいないように見えるが。
しかし、羊谷監督の『赤点とった奴は予選に出さんぞ!』発言があったため、
勉強嫌いの猿野でさえ、必死になった。
時計の針が午後三時を回った頃。
「おや、もうこんな時間ですか・・・。
遅くならないうちに書店に行かなくては。
猿野君、この辺で切り上げましょう。」
腕時計を見た辰羅川が、英語の教科書を閉じた。
「え、もう帰っちゃうんすか?」
子津が顔を上げる。
「はい、申し訳ありませんね。
私たちの事は気にせず、お二人とも試験勉強を続けてください。」
申し訳なさそうに言う辰羅川の隣では。
「っは〜、やっと終わったぜい。」
机に突っ伏して、ぐったりする猿野。
「何を言っているのですか猿野君? まだ勉強は終わりではありませんよ?」
「・・・・・・はぁ?」
疲れ果てた目で、辰羅川を見上げる。
「・・・もしかして、今日は私の家で試験勉強をするという約束をお忘れですか?」
辰羅川の眼鏡が、再び光った・・・ような気がする。
「わ・・わ・・・忘れてねーって!
忘れるわけ・・・ないだろ・・・。」
がばっと跳ね起きて、慌てて否定する。
心なしか猿野の頬が、赤い。
「それは良かった。あなたには、今回のテストでは
何としても全教科平均点以上とってもらいますからね、頑張りましょう。」
「な・・・なんだって〜!???」
「だから図書室では静粛に!!」
つい声を荒げる辰羅川。
「・・・ゴホン。・・・わ、私としたことが・・・。
では、犬飼君、子津君。我々はこれで失礼しますよ。
さっ猿野君、早く教科書を片付けちゃってください。」
猿野を引きずるように、辰羅川は図書室を去っていった・・・。
「・・・嵐のような人たちっすね・・・。」
「・・・・・全く。」
辰羅川・猿野に限らず、勉強していた他の生徒が一人・また一人と
図書室を離れていき、犬飼と子津の他はあと4・5人程度がまだ勉強に励んでいた。
一番騒々しかった(?)猿野が帰ったこともあってか、
少しずつ室内に静寂が訪れてきた。
「・・・なぁ。」
声を潜めて、犬飼が問いかける。
「はい、何ですか?」
「とりあえず・・・俺達はどうする?」
ここで切り上げるか、このまま勉強を続けるか、ということらしい。
子津はちらりと時計を見た後、少し考えた。
「ごめんなさいっす。もう少し残っていいっすか?
あと3ページ、今のうちにやっておきたいっすから。」
「そうか・・・、そうだな。とりあえず、まだここは閉まんねーだろ。」
試験期間のため、校舎は午後5時で閉まる。
まだ時間に余裕は、ある。
「そうっすね。ありがとうございます。」
にこにこと、嬉しそうに微笑んでいたが。
「この後は・・・俺ん家で続き、するか?」
意味有り気に見つめてくる瞳に、頬が真っ赤に染まる。
「・・・は・・・はい・・・。お邪魔・・・させてもらうっす・・・。」
ぽつぽつと、恥ずかしそうに喋る彼は、やはり可愛い。
俯く子津の髪をそっと撫でる。
「じゃ、じゃあ、もう一頑張り、するっすよ。」
「ああ。」
再び、二人はそれぞれの教科書に向き直った。
時計の針は午後四時を指している。
黙々と数学の問題に取り組んでいた犬飼が、おもむろに顔を上げた。
「なぁ、子津、ここの計算・・・・・。」
子津の方を向いた一瞬。
犬飼は2・3度瞬きをして、固まってしまった。
・・・こくりこくり。
子津がシャープペンシルを持ったまま、船を漕いでいた。
先程子津が言っていた、数学の教科書3ページ分は、しっかりと終わらせている。
さすがと言うべきか・・・。
「・・・おい・・・。」
出来る限り力を抜いて、腕を揺すってみる。
しかし、子津は一向に起きる気配を見せない。
それどころか、ゆっくりと犬飼に寄り掛かってきた。
・・・窓側の、本棚に隠れた席を選んで正解だった。
こんなところを、他の生徒に見られたと知ったら、きっと子津は狼狽え、
傍から見ても気の毒になる位動揺するだろうから。
軽く息を吐き、子津を支えるように、その背に腕を回した。
まだ全校生徒の下校を促すチャイムは鳴らない。
「・・・とりあえず、これじゃ勉強にならねーだろ。」
穏やかな寝顔を見せる可愛い恋人に毒づくと、その黒髪に顔を埋めた。
見た目より柔らかいその感触を楽しむ。
「後で、3倍にして返せよな。」
照れ隠しに、そんなことを言ってみる。
「下校チャイム10分前に、起こしてやるよ。」
そう呟いた彼は。
規則正しい寝息を立てる恋人しか、知らない笑顔を見せていた。
END