夏の夜の花





「うわ〜、すごい人っすね・・・。」
「とりあえず、予想以上だ・・・。」


毎年7月の第3金曜日に行われる、花火大会。
部活が終わったその足で乗り込んで行ったは良いが、
埼玉でも有名な花火大会だけあって、大勢の見物人でごった返している。


「これでは、間近で見るのは無理っすね・・・。」
残念そうに呟くが。
「平日だからな。早々に準備する連中には適わねぇ。」
人混みに流されないよう、子津の手をしっかりと握る。
「とりあえず、行ける所まで行ってみる。はぐれるなよ。」
「あ・・・はいっす。」
子津は一瞬驚いたような表情をしたが、頬を染めて頷いた。


夜空を彩る美しい光を少しでも近くで見ようと前に進む人々に、時折ぶつかり、謝る。
またぶつかっては、謝る。
押し合いへし合いで自分の場所を確保することさえ難しい。
「しかし、こう人が多いと・・・うわっ・・・!」
急に子津の横にいた女性がぶつかってきて、子津はバランスを崩した。
転びそうになった身体を、犬飼が慌てて抱き留める。
ごめんなさい、と謝りながら、ぶつかってきた浴衣姿の女性が通り過ぎていった。
「大丈夫か?」
「はっ、はい・・・ありがとうございます。」
「なあ、子津・・・別の場所に行かねえか?」
「えっ?」
「この状態じゃ花火を見るどころじゃねぇ・・・。」
人混みに辟易したらしい犬飼が溜息をつく。
「そうっすね。・・・もしかしたら、どこか穴場があるかもしれないっすね。」
「じゃ、行くか。」
「はいっす。」
どちらからともなく、再び手を繋ぐ。
二人は人混みを避けるように、その場を離れた。

花火大会が行われている河原を、下流に向かって歩き続け、
ようやく人が少ない場所を確保できた。
「・・・とりあえず、此処なら、どうだ?
花火からは、結構遠くなっちまったが・・・。」
振り返ると、そこには、はにかむような笑顔。
「でも、ここなら落ち着いて見られるっすよ?
そ・・・、それに・・・犬飼君と一緒だから・・・どこだって・・・。」
花火の音にかき消されそうな位、小さな声だったが。
繋いだ手に少しだけ力を込める。
「とりあえず・・・・俺もだ・・・。」
二人は微笑みを交わし合い、視線を夜空に浮かぶ花火に移した。


大輪の花が次々と夜空に浮かんでは、消えた。
「・・・綺麗っすね・・・。」
子津は一心に、夜空に浮かぶ華やかな光を見つめ続ける。
花火の光に照らされて輝いて見える子津の横顔を眺めながら、
「あぁ・・・。」
微笑んで応える。
正直な話、犬飼自身は別に花火大会に興味は無かったのだが、
部活の休憩時間中に花火大会の話題が出た時、子津か行きたそうな
表情をしていたので、思い切って誘ってみたのだ。
案の定、子津は嬉しそうに話に乗ってきた。
こうして喜んでもらえるのなら、誘った甲斐があったというものだ。

「実は、ボク、花火好きなんすよ。
線香花火が一番好きだけど、こういう派手な花火も、たまには良いっすね。」
「そうだな。悪くない。」
答えながら、犬飼はふと、伊豆の合宿で子津が線香花火をしていたことを思い出し、
花火の光は子津に似合っていると、ぼんやりと思った。



最後の花が燦然と輝き、花火大会は幕を閉じた。
「終わっちゃったっすね・・・。」
名残惜しそうに、子津が呟く。
「ああ・・・。」
「誘ってくれて、嬉しかったっす。ありがとうございます。」
花火に負けない位の眩しい笑顔を向けられ、ぼっと顔が熱くなった。
「い、いや・・・。」
頬に宿る熱はなかなか治まりそうになく、焦りが口調に表れてしまったが、
それでも犬飼は、必死に言葉を紡ぐ。
「ら、来年・・・」
「え?」
「来年も・・・見に来よう。花火。」
「・・・・・。」
「来年も、再来年も・・・ずっとだ・・・。」
真剣な犬飼の視線に見据えられ、
「はい。ボクで良かったら・・・。」
子津は柔らかな笑顔で答えを返す。
「あ、あの、でも・・・。」
「・・・どうした?」
「でも・・・その前に、8月のお祭り・・・付き合ってくれるっすか?」
上目遣いで見つめる瞳が愛しくて、包み込むように抱きしめた。
「もちろんだ。」
腕の中の子津に囁くと、子犬のように頬をすり寄せてきた。
「・・・約束っすよ?」
「約束だ。」
どちらからともなく顔を見合わせ、くすくす笑い合う。
そして互いの手を相手の頬に添え、指切りの代わりに唇を重ねた。


夏の夜。

来年も再来年も、ずっと、ずっと。
2人で夜空に咲く花を見に行こう。



END


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