待っているから。
「子津く〜ん、今日の帰り、空いてる?」
「・・・え?」
昼休みの終わりを予告する、5時限目開始10分前の予鈴が響き渡った。
教室移動のため音楽室へ向かっていた子津を引き留めたのは、聞き慣れた声。
「あ・・・兎丸君、こんにちはっす。」
「こんにちは〜。」
律儀に挨拶する子津に対し、ピッと手を挙げて挨拶を返す兎丸。
兎丸も教室移動らしく、理科の教科書や筆記用具を抱えている。
「でね、でね、子津くん今日の帰り、時間有る?空いてる?」
「はぁ・・・?」
自分を見上げる兎丸の表情は、どことなく嬉しそうだ。
「え、ええと・・・今日は確か、部活はお休みっすよね?」
久しぶりの休みだから嬉しいのかなぁ、と兎丸の笑顔につられるように、子津も微笑む。
今日は羊谷監督が所用のため不在であり、
また2ヶ月に1回のグラウンド整備の日でもあった。
そんな訳で、テスト期間を除くと、今日は十二支高校野球部久しぶりのオフとなる。
「そうそう!だからさ、時間、空いてるよねっ?」
兎丸の一見にこやかな笑顔には、有無を言わせぬ迫力を持っている。
その迫力に気圧されるように、無意識のうちに一歩後ずさる子津。
「ん・・・ん〜、そうっすね・・・。」
かしかしと軽く頬を掻いて、廊下の天井を見上げて考え込む。
部活の無いこんな日だからこそ、自主練習に打ち込もうと考えていた子津だったが、
兎丸の熱心な誘いを蹴ってしまうのは忍びなかった。
考えてみると、アンダースロー会得のため別メニューに取り組むようになってから、
子津の自主練習はすっかり習慣となってしまい、
子津にとって兎丸達とのんびり話をする時間は、昼休みと部活前、
そして部活中の休憩時間位しか無くなっている。
しかも子津は週番のため、昼休みも教室と職員室とを何度も往復し、
みんなとゆっくり昼食を摂る余裕さえ無かった。
あれこれ考えた子津は、結局、今日は兎丸の話に乗ろうと結論を出した。
「そうっすね、部活は無いから、時間空いてるっすよ。」
柔らかく微笑んで、兎丸に答えを告げた。
「ホント!?やったぁ!!じゃあね、掃除が終わったら、
みんなで子津君のクラスへに迎えに行くから!」
「え・・・みんな・・・って?」
「もちろん!!シバ君や犬飼君、辰羅川君にお猿の兄ちゃんも一緒だよ!」
チッチッチ、と軽く人差し指を振る。
「えっと・・・どこへ行くんすか?」
「それはまだヒミツ!行ってみてからのお楽しみだよ。」
首を傾げて尋ねる子津の問いを、満面の笑顔で交わす兎丸。
「じゃ、ぼくこっちだから。約束だよ、子津君!!」
またね〜、と軽やかに階段を駆け下りる兎丸。
(兎丸君、何か嬉しそうっすね・・・。良いことでもあったっすかね?
それとも久しぶりの休みだから、嬉しいんすかね・・・?)
兎丸の姿が見えなくなるのを確認すると、子津は音楽室へと歩みを進めた。
「なぁ、スバガキ、ほんっとーに子津ッチューは行くって言ったんだろうな?」
HR後の清掃時間。
階段清掃担当の猿野が、通りかかった兎丸を呼び止めた。
「あ、兄ちゃん。だーいじょうぶだって!
子津君は確かに今日は空いてるって言ったもん!!」
自信満々に兎丸は答える。
「まぁ、そんなら良いけどよ・・・。」
箒を持ってはいるが、全然清掃作業が進んでいない猿野であった。
「兄ちゃん早く掃除済ませちゃいなよ。あんまり遅いと、置いてっちゃうかんね?」
「何だコラァ?今回のイベント企画者であるこの俺様を置いてくとは、
良い度胸してんじゃねーか?」
力一杯、箒を振り回す猿野。
「うわっと・・・も〜っ危ないなぁ、兄ちゃん。
だいたい、発案者は犬飼君だかんね〜。でもって、ぼくがお店情報提供者だも〜ん!」
箒の柄を間一髪でくぐり抜ける。さすがの運動神経といったところか。
「ほ〜ら、さっさと掃除するするぅ!!」
暴れる猿野から離れ、兎丸が逃げ出した。
「るせー!!俺様を置いてったら承知しねぇぞ!?」
兎丸の背に向かって叫んだが、同じ清掃当番のクラスメイトに睨まれ、
渋々猿野も清掃を再開した。
一方、1−Dの教室では。
「・・・置いていくぞ、辰。」
「い、犬飼君、お待ちなさい。」
今まさに隣のクラスに乗り込もうとしている犬飼と、
パソコンをいそいそ片付ける辰羅川の姿が見える。
「とりあえず・・・早くしろ。」
「・・・わかりました。」
辰羅川はやれやれと肩を竦め、席を立つ。
1−Eの廊下に、まだ猿野・兎丸・司馬の姿は見えない。
「・・・チッ、何やってるんだ、あいつら。」
廊下を見回し、犬飼は不機嫌そうに舌打ちをする。
「清掃がまだ終わっていないのでしょう。
それに当の子津君が、週番だというじゃないですか。もう少し、時間は掛かりますよ。」
「・・・わかってる・・・。だが、時間が、惜しい。」
辛うじて辰羅川に届く程度の声で、犬飼は呟いた。
少し困ったような笑顔で、辰羅川は1−Eの教室を見つめた。
「・・・・・わかっておりますよ。」
今日、子津を連れてみんなで遊びに行こうと提案したのは、意外にも犬飼だった。
部活に加えハードな自主練習と、過酷なメニューをこなし続ける子津に、
せめて1日くらい息抜きをさせてあげたい・・・そういう気持ちからであった。
(・・・まさか、犬飼君が人の心配をするようになるとは・・・。
子津君には、本当に感謝しないといけませんね。)
子供の頃からバッテリーを組んでいた辰羅川にとって、
時として周囲が目に入らなくなる犬飼の性格には、頭を悩ませていたのだ。
しかし十二支高校野球部に入って、子津と会って、少しずつ犬飼は変わり始めた。
安堵の溜め息を零す辰羅川は、ふと駆け寄ってくる足音を聞いた。
「あーっ、やっぱり犬飼君達に先超された〜。残念〜。」
「・・・・・(先を越された?)」
兎丸&司馬の1−Fコンビ、走って到着。
廊下を走ってはいけません。
続いて。
「わりーわりー。掃除、長びいちまったぜぃ。」
背後から、言葉の割に全く悪いという感情が伝わってこない猿野、到着。
「とりあえず・・・おせーぞ、バカ猿。」
「なんだとぉ!?掃除当番外れてるヤツに言われたかねー!!」
野球部1年名物(迷物?)、猿野vs犬飼バトル開始か?
・・・と思いきや。
「あぁ、もう2人とも。1日に何回ケンカすれば気が済むのですか?
今日くらいはケンカは控えてください。良いですね!?」
ぴしゃりと言い放つ辰羅川に、賛同する兎馬コンビ。
「そうだそうだー。兄ちゃん、辰羅川君の言うこと、ちゃんと聞かなきゃダメだよ〜?
わかってるよね〜??」
「・・・・・(犬飼君も、落ち着いて。)」
「・・・・・ちっ。仕方ねぇな。」
「わぁったよ・・・。」
みんなの必死の制止(?)で、バトル勃発は回避された。
「よろしい。では、子津君を迎えに行きましょう。」
「はーい!!」
「おう!!」
隣のクラスへ行くのに、妙に気合いの入りまくった5人が、そこにいた・・・。
「失礼します。」
職員室のドアから、子津ともう一人の週番らしい女生徒が出てきた。
「さーって、あたしは部活に行くかな。じゃ、子津君、お疲れっ!」
「お疲れさまっす。」
軽く手を挙げ、駆けだして行く女生徒。
・・・・・廊下は走ってはいけません。
「・・・さて、ボクも急がないと・・・。」
迎えに行く、という兎丸の言葉を思い出し、教室に向かって子津は歩く速度を早めた。
階段を下り、教室へ向かう廊下にさしかかったところで。
「よう、遅かったな。」
陽気な声にぶつかった。
「え・・・?」
視線を向けた、その先には。
「ほら、早く来いよ。みんな、待ってんだぜ?」
両手を振ってにこにこと笑っている兎丸。
静かに片手を上げ、照れくさそうに微笑んでいる司馬。
ふんわりと柔らく微笑む辰羅川。
他の人にはわからないが、控えめな笑みを見せる犬飼。
手招きして気さくに笑う猿野。
仲間達、5人の笑顔が待っていた。
・・・そういえば、前にもこんな風に、みんなが待っていてくれたことがあったっす・・・。
目の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、子津は5人の待つ場所へ向かった。
「すみませんっす。すっかり待たせてしま・・・。」
「あーん、良いってことよぉん。明美、ぜんっぜん平気だからね〜!」
子津の言葉を遮るように、明美が華やかに笑い返した。
「・・・・・いつの間に着替えたんですか?全く、デンジャラスな・・・。
さて、子津君、早く支度してきてくださいね。ここで待っていますからね。」
「・・・・・(コク。)」
「今日は久しぶりに、みんなで遊びまくるんだかんね?ねっ、子津君!!」
「・・・とりあえず、待ってる。」
「あ・・・・・はい、ありがとうございます。
すぐ戻ってくるから、待っていてくださいっす!」
涙が零れそうなのを必死に堪え、子津は教室へ駆け込んだ。
(今日だけは・・・自主練休んでも・・・良いっすよね・・・?)
廊下から聞こえる仲間達の声に微笑みながら、子津は鞄を抱えて席を離れた。
「お待たせしましたっす、みんな!!」
そこには、心の底から嬉しそうな、子津の笑顔があった。
END