桜餅
「よし、今日はここまで!!お疲れさまでした!!」
「「「お疲れさまでした!!」
部活の終了と解散を告げる牛尾主将の号令に続いて、十二支高校野球部員が
一斉に声をあげる。
時は土曜日の午後3時。
普段なら日が暮れるまで練習三昧であるはずなのだが、
明日は他校との練習試合があるため、早々に練習は切り上げられた。
1年生はグラウンド整備や道具の後片付けに走り、2年生は野球部部室へ足を運ぶ。
もっとも、野球をこよなく愛する、自他共に認める『野球LOVE』牛尾主将は
1年生に混じって嬉しそうにグラウンド整備をしているのだが。
「蛇神!蛇神!!」
部室へ向かう足を止め蛇神が振り返ると、鹿目が駆け寄ってきた。
「蛇神、足速すぎるのだ。もっとゆっくり歩くのだ。」
見上げてくる瞳には、明らかに不満の色が浮かんでいる。
「すまぬ。少し考え事をしていた故。許してはもらえぬか。」
蛇神は努めて穏やかに話す。
ご機嫌斜めの鹿目の宥め方を熟知しているようだ。
「い、いいのだ。もう気にしないのだ。それより・・・。」
先程までの機嫌悪そうな表情はどこへやら、少し照れたような笑みを浮かべる。
普段の鹿目の支配者ぶりを知る者は、きっと驚愕のあまり我が目を疑うことだろう。
態度がでかくて生意気、それが大多数の者の鹿目像である。
でも逆らうと後が怖いので、彼に刃向かう者は誰もいない。
そんな鹿目が、身内以外では唯一人だけに見せる表情。
「帰りに、うちに寄って欲しいのだ。この間借りた本を返したいのだ。」
上目遣いで蛇神の様子をうかがう。
他の野球部員が見たら、『明日は嵐か台風か』と大騒ぎであろう。
「・・・そうか、では寄らせてもらう也。」
「わかったのだ!そうと決まったら、早く帰るのだ。」
弾けんばかりの笑顔を見せたかと思ったら、鹿目は部室に向かって駆けだした。
「蛇神〜!早くするのだー!」
子供のようにくるくると表情を変える鹿目に苦笑すると、蛇神は部室へ向かって歩みを早めた。
「お邪魔する也。」
「気を遣わなくて良いのだ。早く上がるのだ。」
鹿目家の縁側に案内される。
「今お茶を淹れるのだ。あと本も持ってくるのだ。だから蛇神はゆっくりしてるのだ。」
「すまぬな。」
縁側に腰を下ろし、一息つく。
落ち着いた日本家屋の造りは、蛇神の心も癒してくれるかのようだ。
遠くで、鹿目の声と落ち着いた声の女性との会話が聞こえる。
あの話し方から想像すると、相手は鹿目の祖母であろう。
(そう言えば、鹿目は祖母殿を大事にしている也・・・)
ふと、笑みを漏らす。
「お待たせしたのだ。」
緑茶の香りと共に、桜の葉の香りがした。
「おばあちゃんが桜餅を買ってきてくれたのだ。一緒に食べるのだ?」
盆を静かに置いて、蛇神の隣に腰を下ろす。
「かたじけない。」
「大宮堂の桜餅は美味しいのだ。蛇神、食べたことあるか?」
「大宮堂は大福で有名也。桜餅は食べたことはないが・・・。」
「蛇神もきっと気に入ると思うのだ。」
はい、と桜餅が載った皿を手渡す。
「・・・春の匂いがするのだ。」
くすくすと、嬉しそうに鹿目が笑う。
「真に、春の匂い也。」
鹿目の笑顔につられるように、蛇神も微笑む。
2人はしばらく無言で桜餅を口に運んでいたが。
「明日の試合、絶対に勝つのだ。」
ぽつりと、鹿目が呟いた。
「絶対に勝つのだ。僕達が、勝つのだ。」
緊張した面持ちで、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「無論。我らに迷いはない。」
そっと鹿目の髪を撫で、蛇神が続ける。
鹿目はゆっくりと瞳を閉じて、蛇神に身体を預ける。
「鹿目には、我が・・・皆が付いている故。」
「・・・頼りにしているのだ。」
その言葉とともに、身を起こし、蛇神と向かい合う。
夕陽が差し込む縁側。
二つの影が、再び寄り添う。
「・・・桜餅の味がするのだ。」
「・・・春の味也。」
顔を見合わせて、2人くすくす笑い合う。
END