これからも
上野公園は家族連れやカップル、仕事仲間と思われる集団などで賑わっている。
夜桜見物に備えているのか、場所取りに余念がない青年もいる。
「おぉーっ、さすが休日!混みあってるなぁ。」
カンナが感嘆の声を漏らす。
「俺たち、ひょっとして、出遅れたかな?」
大神は苦笑する。
よくよく考えてみれば、雲ひとつ無い晴天、ほぼ満開に近い桜、
そして休日とくれば、行楽客がごった返すのは無理もないことである。
「まぁいいさ、二人分のスペースくらい、すぐに見つかるって。」
大神に軽くウィンクして見せる。
「ああ。それもそうだな。」
カンナに応えながら、大神は、今日という日を選んで良かったとも思った。
明日は帝国歌劇団(華撃団)の久しぶりの休日。
巴里華撃団と力を合わせ、帝都を守り抜いた春。
舞台「ああ、無情」が大盛況のうちに幕を閉じ、
米田一基総支配人(総司令)の引退、トップスタァ神崎すみれの引退、と
慌ただしい時を過ごした歌劇団へ、ようやく許された束の間の休日である。
歌劇団のメンバーは思い思いの休日を楽しむことにした。
米田より正式に総指令の職を引き継いだ大神一郎にとっても、
待ち望んでいた休日である。
そして、その休日の過ごし方は、大神の心の中でしっかりと計画が立てられていた。
目指す人を見つけ、大神は中庭に歩みを進めた。
中庭で空手の稽古をしていたのだろう、タオルで汗を拭きながら
木陰に腰を下ろしてくつろいでいるその人、桐島カンナに、大神は声をかけた。
「やぁ、カンナ。稽古していたのかい?」
「あぁ、そろそろ上がろうかなって思ってたところだ。隊長は?」
大神に顔を上げ、屈託のない笑顔でカンナは答える。
「カンナ、俺はもう・・・隊長じゃないよ。」
苦笑混じりに指摘する大神。
あ・そっか、とごまかすように笑ってみせるカンナ。
「君を捜していたんだよ、カンナ。
明日の休日なんだけど・・・何か、予定あるのかい?」
「明日かい?・・・んー・・・特に予定は入れてないけど?」
「そうか・・・。もし良かったら、一緒に上野公園へ花見に行かないかい?
・・・その・・・考えてみたら、2人きりで花見に行ったこと無かったからね。
ダメかい?」
「そ、そっか・・・そういえば、この時期はいつもどっちかが
帝都にいなかったもんな・・・。
わかった。行こうぜ、花見に。」
「ありがとう、カンナ。」
「良いってことよ。へへ、楽しみだなぁ。」
「あぁ、楽しみにしているよ。」
2人は、しばらく木陰で語り合った。
そして翌日。
帝都は朝から澄み切った青空が広がっている。
カンナは朝早くから厨房でお弁当の準備をしていた。
「やっぱ花見って言ったら、弁当は欠かせないよな〜。」
カンナは鼻歌交じりでおにぎりを握っている。
「おはようカンナ。」
そこへ、ひょっこりと大神が顔を出す。
「おはよう、隊長!!もうちょっとで弁当できるぜ。」
「ありがとうカンナ。
・・・それにしても、『隊長』って癖、なかなか抜けないね。」
苦笑いする大神。カンナはしまった!と言う表情でおにぎりを握る手を止めた。
「ご、ごめん、大神さん。そ、その・・・」
しどろもどろで謝るカンナに、大神は笑ってみせる。
「ところで、そのおにぎりが最後かい?」
「あ、ああ。もうちょっと待ってくれるかい?」
「良いよ。できたら、早速出発しよう。」
「そうだな。」
お互いに、笑顔で頷き合う。
「よーし、できたぜ、大神さん。」
「お疲れ様。それじゃ、行こうか。」
「ああ。じゃぁ、帝鉄の駅まで競争だぜ!」
何でもトレーニングに結びつけたがるカンナであったが、今日はそういう訳にはいかない。
「いいっ!?カンナ、ちょっと待った!!」
まさに走り出そうとするカンナに、大神が急ブレーキをかけさせた。
「な、何だよ、大神さん・・・。」
逸る気を削がれて、カンナは口を尖らせる。
「走って行ったら、せっかくの弁当が台無しになるだろ?」
そう言って、大神は弁当の包みを指差す。
「そ・・・そうだな・・・。」
頭をかいて、シュンとするカンナだった。
「カンナ、あの木の下はどうかな?」
上野公園をしばらく歩いたところに、樹齢の長そうな桜の木を見つけた。
ちょうど2人くらいは余裕で座れるスペースもある。
「良いねぇ。そうしようぜ、大神さん。」
目指す木に向かって歩き出した時、小さな子供連れの家族とすれ違う。
その子供が、大きな瞳を見開いて、感嘆の声をあげた。
「あーっ!!カンナだぁ!!」
その子供は、どうやら帝劇の舞台を見たことがあるらしい。
活劇女優として名を馳せるカンナは、特に子供達に人気がある。
カンナ自身も子供達が大好きで、舞台後のファンサービスを欠かさないばかりか、
迷子の世話までしているくらいだ。
「何だい?あたいの事知ってるのか?」
「うん!僕、カンナの孫悟空、大好きだもん!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。」
そう言ってカンナは子供の視線の高さまで腰を下ろし、がしがしと子供の頭を撫でる。
大神は、一歩離れたところで、その様子を誇らしげに見つめていた。
カンナの笑顔は、子供達に元気を与えてくれる。
それだけじゃない。
自分だって、これまで何度彼女の笑顔に助けられてきただろう。
カンナの笑顔が、力強い励ましがあったからこそ、
自分はどんな危機も乗り越えて行けたのだ。
だからこそ、自分は最後の戦いのパートナーに、カンナを選んだのだ。
ともに戦い、ともに生きていくパートナーに。
子供達と別れた2人は、ようやく桜の木の下へ腰を下ろした。
「あの子、また舞台見に来てくれるかなぁ・・・。」
子供とその両親が去った方向を眺め、カンナが呟いた。
「きっと、また来てくれるさ。君の舞台を見に、ね。」
大神は笑顔を返した。
「あぁ・・・・。そうだな。
さて、そろそろメシにするかい?」
満面の笑みをたたえて、カンナは大神に問いかける。
「そうだな、いただくよ。
せっかく君が、俺のために用意してくれたんだからね。」
「おっ、おいおい大神さん・・・」
臆面もなく言ってくる大神にぱっと顔を赤らめるカンナ。
大神は、弁当の包みを持つカンナの手に、そっと自分の手を添えて、囁いた。
「これからも、よろしくな、カンナ。」
END