突撃宣言





「さて…。そろそろスノードリフトとやらを退治しに行くわよ」

一枚の地図を囲むように座っていたギルド「ステラマリス」の面々に、さっと緊張が走った。
そして、声の主――不敵に微笑むブロンドのギルドマスターに視線を移した。


その日は、いつもより少し早い夕食をとった。

太陽がまだ高い位置にある時間帯。
ギルド「ステラマリス」の一行は『翠緑ノ樹海』地下五階からエトリアの街へと戻ってきた。
手持ちの道具が底をついたこと、メンバーに疲れが出始めたことなどが主な理由ではあったが、
執政院より下された「スノードリフトを倒せ」というミッションをいよいよ遂行するために、
一度エトリアの街へ戻った方が良い…というのが、真の理由だった。
探索中は、メンバーの誰もそのことを口には出さなかったが……。


『翠緑ノ樹海』と呼ばれる第一階層の探索は、序盤こそまごついたものの、
メンバー同士で連携をとれるようになってからは順調に進んでいる…といって良いだろう。
もっとも、スノードリフトを倒すためには、地下五階のさらに奥へと進む必要がある。
狼たちのボスであるスノードリフトを倒した先にも、多くの強敵が待ち受けているのだろう。
どこまで続くのか誰も知らない、深い深い迷宮の先に存在するものは――。
まだ見ぬ敵に対する恐怖と不安、どこまで続くのか予想がつかない樹海の探索に対する
期待と昂揚が、メンバー一人一人の表情に色濃く現れている。


「わかっていると思うけど…。
できるだけ無駄な戦いはしないで、まっすぐスノードリフトのところへ突っ込むわよ」
ギルドマスター――「ステラマリス」のリーダーであるレインの言葉に、一同は無言のまま頷いた。
「じゃあ、これ。もう少し整理しようか。確かこの辺りで狼達が待ち伏せしていたわよね」
とんとん、レインが地図を指し示した。
「ああ、…そういえば、そうだったな」
言うや、オルフェンが地図に黒い丸を記した。
樹海を徘徊する強敵―f.o.e.―を表す印を。

探索中、樹海の地図を埋めていくのはレンジャーであるオルフェンの担当となっている。
樹海に初めて足を踏み入れたとき、誰が地図を書くかで大いにもめたことがあった。
レインは篭手を身につけた手では細かい作業なんかできないと言い張り、
アルティールが書いた地図は落書きの如く乱雑なため誰にも理解できず、
ハミルは丁寧だが間違いが多すぎてマッピングを任せる訳にはいかない…。
残る二人で、正確で素早いオルフェンが主に地図を作成し、
同じ後衛のフォーレスがサポートを務めることで、マップ担当はどうにか定着していった。

「…さすがに、これでは線が汚すぎる」
オルフェンはふう…と息をついて、消えかかった線の上にくっきりと新たな線を引き始める。
「そんなこと言って。オルフェンはいつも正確な地図を書いてくれるから、
こっちは助かってるわよ、本当に」
「まあ、この程度なら…な」
褒められて決して嫌な気はしないのだろう。
オルフェンはややずり下がったマフラーをかけ直し、ふっと目を細めた。
しばらくは地図を囲んでああだこうだと騒いでいたが、
メディックのフォーレスがはた…とその動きを止めた。
「そうだ、私は施薬院へ薬を調達しに行ってきます。
今のうちに必要な分を確保した方が良いでしょうからね」
「悪いわねフォーレス。そっちは任せるわ」
「わかりました」
穏やかな笑みとともに腰を上げる。
眼鏡の青年が白衣をはためかせ扉の向こうへ歩み去るのを見送ってから、
レインは再び地図作成の輪に加わった。

「このルートを回った方が近い…ということか」
「そうねぇ。こんなところに隠し通路があるなんて思わなかったけど」
「うんうん。あたし、全然気づかなかったよ〜」
そんな会話と、カリカリと線を描く音がしばらく続いていたが。

「あ、あのー…」
左手側からの遠慮がちな声に、レインは顔を上げた。
声の主は、眠そうに目をこすっている。
「どうしたの、ハミル?」
「…すみません、レインさん。
少し早いのですが、今日は休んでも良いでしょうか?」
「なになにー、お子ちゃまはもうお休みの時間ー?」
彼の真向いで胡座をかいていたアルティールが、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「か、からかわないでくださいよ、アルティールさん…。
少しでも身体を休ませた方が…良いと思ったんです…から」
反論する声にやや力がない。
ギルド最年少ということもあるが、今日は次々と現れる狼やウーズを相手に、
仲間達の身を守りながら剣を振るったのだから、疲れているのは無理もない。
「そうねぇ…。今日はハミルが一番頑張ったからね。
探索は明後日の朝からだから、それまでゆっくり過ごすと良いわ」
「ありがとうございます…。では、失礼します」
丁寧に頭を下げてよろよろと退室する少年の姿に、レインは苦笑いをこぼした。
「あの子ったら…。こんな時くらい、肩の力を抜けば良いのに」
「ちぇーっ、つまんないのー。ほんとお子ちゃまよね、アイツ」
「そういうアルも、もう休みなさい」
「ええ〜っ!? あたしまだ全然眠くないよ!」
「何言ってんの。疲れたーって、顔に書いてあるわよ?」
「え、う、うひょっ!?」
むいっと頬を摘まれて、アルティールは素っ頓狂な声をあげる。
「こっちは大丈夫だから、今日は休みなさい。
休むことだって、探索にはとても大事なことよ?」
にっこり笑うレイン。しかし、頬を摘む指は離そうとしない。
しばらくはじたばたともがいていたアルティールだったが、いつまでもレインが頬を引っ張って放さない。
「むむむ……わひゃった。レインがほう言うにゃら…もうやひゅむよ…」
その声に、ようやくレインの手が離れる。
渋々…といった感じではあるが、アルティールはそろりと重い腰を上げる。
小部屋で寝衣に着替えて、のそのそと毛布を被った。
「お休み。明後日は朝六時集合よ。遅れたら置いていくからね」
「……ふぁ〜い…お休みぃ…」
欠伸をこらえながらの、気が抜けた返事。
ベッドに入るや、アルティールはあっという間に規則正しい呼吸を繰り返し始めた。
レインとオルフェンは顔を見合わせ、こっそりと苦笑した。
「…アイツも十分『お子ちゃま』だろうが…」
「ふふっ、そうよね……。
さあ、私達もちゃっちゃと片付けちゃいましょう。
明日一日は、気が済むまでダラダラ過ごすんだからね」
「わかった、急ごう」
二人は、再び地図とにらめっこを始めた。
議論と思案の末に、二人は線を重ね引き、f.o.e.や宝箱を示す印を書き加え、
伐採・採掘・採取ポイントを重ね書きしていった。



ランプの灯が、じり…と音を立てて揺らめいた。

レインは椅子に腰掛け、少し前に完成した地図を隅々まで眺める。
そして、できる限り楽なルートを探し出す。
地図ができあがったところで、レインはオルフェンにも休むよう促し、
オルフェンは素直にそれに従った。
「ん〜…。ちょっとめんどくさそうだけど、ここから突っ切って行った方が早そうね…」
既にぐっすりと眠っているアルティールの邪魔をしないよう、ぼそりと呟いた。
入念に道順を確認し、頭の中に叩き込む。
何度となく足を踏み入れたフロアは別としても、地下四階・五階は道筋が複雑なため、
モンスターの襲撃に気をとられて行き先を見失わないよう、十分注意する必要がある。

スノードリフトを撃退することで、新米冒険者からようやく一歩踏み出せる――。


――コン、コン。
控えめなノックの音で、思考は中断された。


「おや、まだ起きていたのですか」
そっと顔を覗かせたのは、施薬院へ出かけていたフォーレスだった。
「おかえりなさい。ずいぶん遅かったのね」
「施薬院ですっかり話し込んでしまいました。
治療効果の高い薬を作るための材料の話とか…つい」
部屋に入るよう声をかけたレインに、お土産です…と言って、
眼鏡の青年はスープで満たされたカップを差し出した。
カップから立ち上る湯気を吸い込んで、レインはほっと息をついた。
「ありがと」
「部屋の明かりが見えたので、宿屋の厨房でいただいてきました。
厨房の女将さんが特別にタダにしてくれましたよ」
「……あの糸目にバレたら、倍の額を要求されそうね……」
「…そうかもしれません」
宿屋の受付で、にっこり笑って徐々に宿代をつり上げていく男の顔が頭をよぎるが、
今は考えない方が良いのかもしれない…。

「…いよいよね」
「そうですね」
机に広がる地図を横目に、スープを一口啜る。
あっさりした野菜とコンソメの味が口に広がった。
「目指すのはエトリア一のギルド。スノードリフト退治はその一つのステップに過ぎないわ。
だから……絶対に成功させる」
カップを両手で支えるように持ち、独り言のようにレインが呟いた。


(いい? 私の目標はエトリア最強のギルドよ!
富とか名声とか、そんなものはどうだっていい。
迷宮という、得体の知れない謎に真っ正面から挑む気がある奴だけ、私についてきなさい!)


初めて会ったとき、目の前の女性は大胆にもそう言い放った。
最初は、ずいぶん大きく出たな…と思ったものだが、彼自身もまた
『誰も到達していない樹海の最奥』への憧憬を密かに抱き続けていたので、
何のためらいもなく彼女のギルドへ加わったのだった。
「わかっています。私たちの連携はずいぶん良くなってきましたし、みんな力をつけてきました。
全力で、スノードリフトを倒しましょう」

青年の言葉に、レインは晴れやかな笑顔を返した。



目指すのは、大きな謎のごく一部。
そこから更に続くであろう彼らの道は、厳しくて険しい。

それでも、彼らは先へと進む。
「迷宮」という謎が、存在する限り。


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