歌声(幻水3:クリス&軍曹)





プレアデス城の広場から湖に向かって階段を下りる。
いつ通りかかっても客の絶えない、若きシェフが忙しそうに立ち回るレストランや、
長年の夢だったという自分の店を持って張り切っている青年が
にこにこと客を出迎える交易所の脇を、颯爽と歩く。

「銀の乙女」と呼ばれる女性は、その象徴でもある銀色に輝く鎧を今日は身に纏っていない。
普段はキッチリと結い上げている豊かな銀の髪は、夕日を浴びてキラキラ輝きながら、
さらさらと肩で揺れている。

特に目的があるわけではない。
ただ、自然と足が湖に向かっていた。
午前中は騎士団の鍛錬、午後から開催された会議は順調に話がまとまったため早々に切り上げられた。
ほんの僅かの時間だが、予期せず与えられた休息を静かに過ごしたい・・・と思った時には、
既に湖へ足が向いていた。

左手に見える畑から、バーツが手を挙げてクリスに挨拶する。
軽く手を振ってその挨拶に答えると、武芸指南所や鍛冶屋・牧場へ続く道の手前で
右側にそれ、湖に沿って歩き去った。


いざ行け その斧槍を取れ
我らが水の聖地を護れよ


穏やかな風に乗って、微かな歌声がクリスの耳に届いた。
「・・・先約がいるのか・・・?」
歩みを止めて一瞬引き返そうかと考えたが、聞き覚えのある声に引き寄せられるように、
再びクリスは歩き出した。
歌声の主に会うために。


「・・・こんにちは、軍曹どの。」
頬が紅潮するのを抑えることができない。
夕日に照らされていることで目の前の相手がどうか気付きませんように・・・と心の中で祈る。
「やあ、騎士団長。」
歌声の主、ジョー軍曹が湖の畔に腰掛けたままこちらを見上げてくる。
「邪魔をしてしまったようだな・・・。」
「あ?いや、そんなことはないさ。」
律儀に断りをいれてから、クリスはジョー軍曹の隣に腰を下ろす。
「・・軍曹どのは歌が上手だな。」
「そうかぁ?そんなことはないぞ。
・・・さっきのは、ダック戦士の間で昔から歌われている歌でね。
戦いの前に戦士を鼓舞するために作られた歌だとか。」
「そうか・・・。」
柔らかい笑みを見せたクリスが、視線を湖面に向けた。
「・・・私は、歌は得意ではないから、羨ましい。」
肩を竦めてほろ苦い笑みを浮かべる。
「?何か言ったか?」
「・・・すまない、何でもない。」
顔を上げたクリスには、自嘲的な笑みはなかった。

太陽が徐々に姿を隠し始める。
空も次第にオレンジ色から藍色へと変わり始めてきた。
しばらくは、言葉も無く湖を眺めていたが。
「明日はよろしくな。」
腰を上げ、今度は軍曹がクリスを見下ろす。
「え・・・あ、遠征のことか。こちらこそ、よろしく。」
クリスも倣って立ち上がり、凛とした表情で言葉を返す。
明日からはまた戦いの日々。
炎の英雄ゲドを筆頭にカレリアから山道を越え、ルビークまで遠征へ行くことになっている。
その遠征メンバーに、クリスもジョー軍曹も含まれている。
「軍曹どの・・・一つ、頼みがあるのだけど・・・。」
「ああ、何だい?」
ややためらった後、意を決してクリスが申し出る。
「さっきの歌・・・もう一度歌ってくれないか?」
目をぱちくりさせた軍曹だったが、クリスの意をくみとって陽気に笑って見せた。
「わかった。俺の歌で良いならな。」
「・・・感謝する・・・。」
2人、城へ向かって並んで歩き始める。

「・・・明日も頑張ろうな、クリス。」
「全力を尽くそう。」


いざ行け その剣を取れ
我らが集う大地を護れよ



End


タイトルは 「実験的お題の箱庭。」 様からお借りしました。


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