夜の風(辰猿)





祭り囃子が聞こえる。
出店の立ち並ぶ神社の境内は、大勢の人々で賑わっている。
父親に手を引かれた子供が、綿菓子を買ってくれと駄々をこねている。
また、扇子や団扇を片手に談笑しながら歩く女性達の姿も見える。


「っしゃあ、次はあっち行こうぜ!」
生成地に鷹をあしらった浴衣を身にまとい、からころと下駄の音を響かせて、
猿野が駆けだしていく。
「あまり急ぐと、ぶつかりますよ。気を付けてくださいね。」
「だーいじょーぶだって!!」
猿野は振り返って、ぶんぶんと手を振る。
ラムネの瓶を片手に、先を急ごうとする猿野を、肩を竦めながら見つめる。
「・・・全く、小さな子供みたいですよ、あなたは。」
この呟きは、きっと雑踏に紛れて本人には届いていないだろうが。
「信二、早く、早く〜!!」
「わかっていますよ。あぁ、ほら、ちゃんと前を向いて歩いてください。」
紺染め京浴衣姿の辰羅川は、軽く団扇を仰ぎ、やれやれと溜め息を零しながらも、
猿野の後について行く。
境内に吹く風は、人々の熱気を包んで流れていった。


「何かさ〜、出店の焼きそばって、こういう所で食うと無性に美味く感じるんだよな〜。」
人波を避け、神社裏手の階段に腰を下ろし、先程買った焼きそばを頬張る。
「楽しそうですね、天国。」
「ん、楽しー!」
即答。
「やっぱ、夏祭りって良いよな〜。
俺、夏生まれだからかな、夏祭りと聞くと、血が騒ぐんだよな。」
「なるほど・・・。もしかして、御輿とかがあったら、率先して担ぐ方ではありませんか?」
「ん〜、そうかもな・・・。」
襷がけで御輿を担ぐ猿野の姿が想像できて、ふと辰羅川が笑みを零す。
一方の猿野は、割り箸を持つ手を止め、突然辰羅川に向き直った。
「あ・・・あのさ、今更聞くのも何だけど・・・、こういうの、迷惑じゃ・・・無かったか?」
「え?」
「何か、俺が一方的に信二のこと振り回しちまってるけど、疲れてないか?」
「何をおっしゃいますか?せっかくの夏祭りですし、私も十分楽しませてもらってますよ。」
「本当か?良かった〜。信二ってさ、こういう五月蠅いところって、
もしかして嫌いなんかな〜?って、今更ながら思ったから、さ・・・。」
「とんでもない。あなたと一緒だったら、どんなところでも楽しいですよ。」
これは本心だった。
辰羅川自身、確かに人混みや騒がしい場所へ、自ら進んで行くことはない。
しかし、猿野と一緒だったら、どんなに騒がしい場所も、まるで苦にならない。
むしろ、賑やかで騒々しい世界を楽しむことさえ出来るから不思議だと思っている。
「そ・・・そっか・・・?」
頬をかしかしと掻いて、照れくさそうに猿野は笑った。
「それに、たまには羽目を外しませんと、息が詰まりますよ。」
「だろ、だろ?こういう時は、楽しまにゃあ損だって!」
そう言って、猿野は辰羅川の手を引っ張って立ち上がらせた。
「どうしましたか?」
「次行くぞ、次!綿菓子買って、型抜きやって、ヨーヨー釣りと、えっとそれから・・・。
花火までもう時間ねーんだから、全速力で屋台回るぞ!!」
「わかりました。そう引っ張らなくとも、お供しますよ。」
「そうこなくっちゃ!!」
顔を見合わせて笑い合う。

花火が始まる頃には、猿野の頭にはお面、両手には綿菓子とヨーヨー、
射的でゲットしたバケツ型の貯金箱が握られていた。
「・・・まさか、お面まで買うとは・・・アンビリーバブルですよ。」
「いーじゃん、お祭りなんだし、こーいう時くらいさ。ザケルゥ〜!!」
猿野は顔を反らし、お面を辰羅川に向ける。
「・・・電撃は、出ませんよ?」
猿野の子供っぽい仕草に、肩を震わせて笑いを堪える。
「それもそうだ。」
猿野も、声高らかに笑い出す。

夜空に、色とりどりの花火が打ち上がった。
「たーまや〜!!」
あちこちから、歓声が上がる。
「この場所、結構穴場だな。」
「そうですね。至近距離ではないですが、混雑を避けられるという点では申し分ないです。」
先程、焼きそばを食べた場所に、二人は戻っていた。
階段に腰を下ろしても、花火はよく見える。
「・・・きれーだな・・・。」
「綺麗ですね。」
夏の星空を彩る、大輪の花。
どちらからともなく手を繋ぎ、二人は無言で花火に見入っていた。

締めくくりのスターマインが打ち上がり、それとともに夏祭りも終わりを告げた。
祭りに来ていた人々が、徐々に帰宅の途につく。
ある人は満足げに、またある子供はまだ帰りたくないと、泣きながら両親に引きずられ
境内を後にした。
「・・・終わっちまったなー・・・。」
「・・・名残惜しいですか?」
「ん〜・・・そうだな・・・。」
しばらくは花火が打ち上がった方角をぼんやり見つめていた猿野だったが、
「なぁなぁ、信二っ。まだ時間大丈夫か?」
「え、ええ、構いませんけど?」
「花火は見るのも良いけどさ、やっぱ自分でする方がもっと楽しいって思うわけだ。」
「つまり・・・、これから花火をしよう、ということですね?」
「あったり〜!!」
ぱあっと、猿野は大輪の花火のような、華やかな笑顔を見せる。
「悪くないですね。では、早速花火を買いに参りましょうか?」
辰羅川はやんわりと笑顔を返し、立ち上がって、猿野に手を差し伸べる。
「さっすが信二!話がわかるぜぃ!」
その手を取って、ようやく猿野は腰を上げた。


ほんの少し火薬のにおいを含ませて、
涼しげな風が二人の間を通り過ぎていった。



End


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