夜の風(パーシヴァルトーマス)
湖から吹く風は、夏の終わりを告げるかのような爽やかさを含んでいる。
寝苦しい季節ももう終わりかなぁ、と、ぼんやり考えながら、
トーマスは船の甲板に佇んでいた。
少し前に、ゴロウ自慢の柚子風呂でうたた寝してしまい、
鼻まで湯船に浸かったところで慌てて目を覚ました。
風呂で居眠りするなんて、トーマスは自分の失態を恥ずかしく思ったが、
ゴロウは、「よっしゃ!これでヤツに一歩近づいたぜ!」とガッツポーズを見せた。
そして、ゴロウは嬉しそうにイチゴ牛乳をトーマスに手渡した。
慌ててお金を払おうとするトーマスだったが、「今日は俺の奢りだ」と止められてしまった。
風呂上がりで火照った身体を、しばらく夜風に晒していたが、
ゴロウから貰ったイチゴ牛乳を、そっと頬に当てる。
「冷た・・・。」
トーマスは甲板に腰を下ろし、イチゴ牛乳の蓋を開ける。
ほんのりと甘い香りが漂ってきた。
甘い物好きなトーマスには、たまらない香りだ。
漆黒の空に輝く星々。
牛乳瓶を傾け、トーマスは夜空の星に見入っていた。
綺麗な星空に、甘いイチゴ牛乳。
トーマスにとっては、至福の時と言えよう。
これであと一つ・・・欲しいものが手に入れば。
不意に、ギシ・・・、と船の階段が音を立てた。
こんな時間に誰だろう? と、トーマスは首を傾げながら、
階段に視線を移した。
風呂上がりの気怠い身体を動かしたくなくて、
トーマスから歩み寄ることはないが。
・・・もしかしたら。
望んでいるものが手にはいるかもしれない。
かすかな期待を胸に秘めて、階段から現れる人物を待った。
「・・・おや、こんばんは、城主殿。」
「・・・こんばんは、パーシヴァルさん。」
「どうしたのですか、こんな時間に、このような場所で?」
パーシヴァルから、微かに、アルコールの香りが漂ってくる。
酒場で飲んできたのだろうか?
僕はお酒飲めないからなぁ・・・。
僕だって大人になれば、パーシヴァルさんとお酒飲むようになるのかなぁ?
そのようなことをぽやーんと考えたトーマスであったが。
「え、えっと、お風呂に入ったんです。それから、ゴロウさんからイチゴ牛乳を貰って、
せっかくだから星でも見ながら飲もうかなって思って・・・。」
既に空になった牛乳瓶を、パーシヴァルに見せる。
さすがに、パーシヴァルがここに来ることを望んでいた、
・・・とまでは言えなかったトーマスだった。
「そうでしたか。ここで涼んでいたわけですね?」
「は、はい。パーシヴァルさんは、どうしてここへ?」
「騎士団の連中と飲んでいたのですが、少々飲み過ぎましてね。
本当はあなたのところへお邪魔するつもりでしたが、時間がもう遅いですから、
ご迷惑をかけないよう、せめて近くまで・・・と思い、ついでに酔いを覚まそうかと、
ここへやってきました。」
酔っている割には、あまり普段と変わらない口調。
そして、ゼクセンの女性達を虜にする微笑み。
「そ・・・そうですか・・・。」
やっぱり、この人は自分の望んでいる言葉をくれる。
顔が火照っているのは、湯上がりのせいだけではないだろう。
「で・・・では、しばらくここで酔いを覚ましていきませんか?」
精一杯のトーマスの申し出。
火照った顔に、心地よい風が当たる。
「もちろん、喜んで。」
恋人の申し出を断るはずがないパーシヴァル。
失礼します、と一言添えて、パーシヴァルはトーマスの側に腰を下ろした。
しばらくは、言葉を交わさずに星を眺めていた二人だったが。
不意に、トーマスが腕を伸ばし、パーシヴァルの腕にしがみついた。
「・・・本当は、ここにパーシヴァルさんがいたらいいなぁ、って、思っていました。
まさか、・・・本当に来てくれるなんて・・・。」
辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、トーマスが呟いた。
滅多に自分から甘えてこないトーマスだが、この時は違っていた。
パーシヴァルは優しく微笑んで、空いている手でトーマスの髪を撫でた。
「私も、ここであなたに会えて、嬉しいです。
てっきり眠っていると思っていましたから・・・。」
そっと囁いて、トーマスの額に唇を落とした。
綺麗な星空に、甘いイチゴ牛乳。
そして、待ち望んでいた人。
トーマスは至福のひとときに身を委ねていた。
End