夜の風(犬子)
滅多にないイベントにぶつかった。
「不吉の象徴」なんて言う奴もいるけど、
そんな事、とりあえず俺達には関係ねぇ。
夏の大会が終わっても、野球部は決して練習量が減る事はなかった。
来るべき秋の大会に向けたハードな練習が、連日部員達を待っていたのだ。
「じゃあね〜!おっ先〜。」
「・・・・・・・(また、明日。)」
一年生の仲良しコンビ、兎丸&司馬が部室から離れていった。
早く帰りたい派の兎丸と、いつも彼に付き合わされる司馬の両名は、
1年生の中で最も早く部室を去る。
普段は、遅くまで自主練習する子津が一番遅く帰るのだが、この日だけは違っていた。
いそいそと制服に着替え、慌てながらスポーツバッグにタオルなどを詰め込んでいた。
「とりあえず・・・急ぐぞ、子津。」
既に支度を終えた犬飼が、部室の扉の前で待っている。
「はいっす。・・・じゃ、みんな、お疲れ様でしたっす。」
「おう〜お疲れ〜。・・・って、なんだ、子津っちゅーのヤツ今日は早えーじゃん?」
俺より早く帰るなんて、めっずらしーの・・・と、着替え途中の猿野が首を傾げた。
「兎丸達程じゃないけど、おめーが早すぎんだよ!」
背後から、明神が茶茶を入れる。
「うるせー!!」
猿野、明神にヘッドロックを仕掛ける。
「ギブギブ!!」
明神、堪えきれずタップする。
「っしゃ、タップしたな!?俺様の勝ち!!」
椅子に片足を上げ勝利の雄叫びをあげる猿野。
「お遊びはその位にして・・猿野君、帰りますよ?」
眼鏡のずれを直しながら、呆れたように猿野をたしなめる辰羅川。
「おっといけね、遊んでる場合じゃなかった。」
猿野は、慌てて着替えを続ける。
「・・・っ、俺・・・遊ばれてる・・・?」
滝のような涙を流すのは、猿野のプロレス技にギブアップした明神・・・。
「・・・さすがに、真っ暗っすね・・・。」
川岸を下流に向かって、二人手を繋いで歩く。
十二支駅から、電車で2駅分移動し、この河原にたどり着いた。
周囲にはぽつぽつと、民家の明かりと思しき光が宿っている。
二人のはるか後方に橋がある。車通りの多い国道だから、その周辺は煌々と明るい。
「そうだな。・・・とりあえず、星を見るのにはちょうど良い。」
見上げると、満天の星空。
この辺では、知る人ぞ知る穴場らしい。
「・・・綺麗っす・・・。確かに、良い場所っすね。」
視線を星空から、犬飼に移す。
普段は滅多に笑顔を見せない犬飼がそっと微笑んだ。
つられるように、子津も笑顔を返す。
「座るか。」
「はいっす!」
スポーツバッグを足下におろし、河原に並んで腰を下ろした。
さら、と風が流れる。
部活の終わった身体には、心地よい風だった。
「・・・ボク、今年は火星の最接近の年だって、つい最近知ったっすよ。」
「・・・とりあえず、俺もだ。確か、最接近は27日だったな。」
「そうっすよ。火星の接近は過去何度もあったけど、今回みたいな最接近は
6万年振りだって、ニュースで言ってたっす。」
「・・・そうか・・・。」
「・・・・・でも・・・。」
「・・・何だ?」
「火星が地球に接近する年には、戦争が起こったり病気が流行ったり・・・
昔から色々あった、みたいなんすよね。」
「・・・・・。」
「ボクの見たニュースでは、火星の接近は不吉の象徴だって、言ってたっす・・・。」
「・・・とりあえず、関係ねぇ。」
「・・・はい・・・?」
「他がどうであろうと、とりあえず、こうして俺達が星を見ていることとは、関係ねぇ・・・。」
「ふふ、犬飼君らしいっすね。」
「・・・そうか?」
「だからこそ、犬飼君と火星を見ようと思ったのかもしれないっすね・・・。」
「・・・何だ、それは?」
「だって・・・」
暗くてよくわからないが、振り返った子津の顔が赤い、ような気がする。
「犬飼君だったら、迷信とか良くない言い伝えとか、全部はね除けて
前に進んでいきそうっすよ・・・。」
「そう・・・なのか?」
「そういう気がするっす。ボクは・・・、逆に、迷信とか真に受けちゃって、
全然前に進めない・・・。そんなボクの背を、いつも犬飼君は押してくれる・・・。
だから、ボクは、前に進めるっすよ?」
「・・・そんなことはない・・・。」
「はい・・・?」
腕を伸ばし、子津の小さな身体を包み込んだ。
暖かな子津の体温と、頬に当たる風の心地よさに、そっと目を伏せる。
「俺は・・・お前が側にいてくれるから・・・前に進めるんだ。
とりあえず、一人で何でも出来るわけでは、ない・・・。」
微かな声は、風に流されていきそうで。
しかし、腕の中の子津にはしっかりとその声は届いた。
「・・・・・。」
「同じだ、・・俺も、・・・・・お前も。」
「・・・はい。」
夢を見るようにうっとりと目を閉じ、犬飼の背にそっと手を回した。
滅多にないイベントにぶつかった。
「不吉の象徴」なんて言う人もいるけど、
そんな事、ボク達には関係ないことっす。
End